弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

権原不明の占有者のいる不動産を安く購入して明渡を迫るビジネスモデルの留意点(弁護士法との関係)

1.権原不明の占有者の存在を気にしないビジネスモデル

 占有権原という言葉があります。簡単に言えば、物を占有する法律上の根拠のことです。

 不動産(土地や建物)には、何等かの理由により、占有権原の不明な第三者が入り込んでいることがあります。こうした権原不明の第三者が入り込んでいる物件は、なかなか買い手がつきません。

 こうした物件を安く購入し、占有者を退去させたうえで、市場価格で売却するというビジネスモデルがあります。占有者が退去しない場合、賃貸借契約を結んで収益物件にすることもあります。

 近時公刊された判例集に、このようなビジネスモデルを弁護士法違反だと判示した裁判例が掲載されていました。熊本地判平31.4.9判例時報2458-103です。

2.熊本地判平31.4.9判例時報2458-103

 本件は、被告の父から区分所有建物(マンションないしアパートの一室、本件居室)を買い受けた不動産会社が原告となって、本件居室に居住する被告に対し、所有権に基づく明渡や賃料相当損害金の支払いを請求して訴えを提起した事件です。

 原告会社は、占有者のいる不動産を買い受けた後に、占有者の明渡を実現したうえで、当該不動産を転売する取引を約50回以上行っており、立退料を提示して明渡を実現したことも約30回ありました。

 こうした業態が弁護士法73条に違反するとして、被告は本件居室の譲受行為の無効を主張し、原告の請求を争いました。

 弁護士法73条というのは、

「何人も、他人の権利を譲り受けて、訴訟、調停、和解その他の手段によつて、その権利の実行をすることを業とすることができない。」

というルールです。これは違反すると2年以下の懲役又は300万円以下の罰金に処せられる犯罪でもあります。

 こうしたルールに違反していることから父-原告間の本件居室の譲受行為は私法上無効と理解されるべきである、ゆえに原告は所有権者ではないというのが被告の立論の骨子です。

 裁判所は、次のとおり述べて、被告の行為が弁護士法73条に違反することを認め、原告の請求を棄却しました。

(裁判所の判断)

「原告は不動産の売買等を業とする会社で、平成14年の設立以降これまでに、占有者のある不動産を買い受けて任意交渉によって不動産の明渡しを実現したことが約50回あり、その目的が明渡し後の不動産を転売して利益を得ることにあったことに照らすと、原告は、他人から占有者のある不動産の所有権を譲り受けて、当該不動産の占有者との任意交渉によって不動産の明渡しを実現することを業としているものであり、このような行為は形式的には、他人の権利を譲り受けて訴訟等の手段によってその権利の実行をすることを業とする行為(弁護士法73条)であるところ、本件居室の買受もその一環として行われたものと認められる。」

「もっとも、弁護士法73条の趣旨は、主として弁護士でない者が、権利の譲渡を受けることによって、みだりに訴訟を誘発したり、紛議を助長したりするほか、同法72条本文の禁止を潜脱する行為をして、国民の法律生活上の利益に対する弊害が生ずることを防止するところにあるものと解される。このような立法趣旨に照らすと、形式的には、他人の権利を譲り受けて訴訟等の手段によってその権利の実行をすることを業とする行為であっても、上記の弊害が生ずるおそれがなく、社会経済的に正当な業務の範囲内にあると認められる場合には、同法73条に違反するものではないと解するのが相当である・・・」

「この点、原告が占有者のある不動産を買い受けて明渡しを実現したほとんどは、競売手続で不動産を買い受けたものである。」

「競売手続は不動産の所有者の債権者の申立て等によって開始されるもので、申立債権者等に劣後する占有者の利益を保護すべき要請は乏しいことから、競売手続においては、占有者の占有権原及び相効力の有無について相応の調査が行われる一方で、買受の申出が広く募られ、買受人が法的手段又は任意交渉によって申立債権者に劣後する占有者の明渡しを実現することも広く行われている。」

「そうすると、不動産の売買等を業とする者が、競売手続において所定の方法で不動産を買い受けて、法的手段又は社会通念上相当な態様での任意交渉によって申立債権者にれ劣後する占有者の明渡しを実現した場合に、その目的が明渡し後の不動産を転売して利益を得ることにあったとしても、社会経済的に正当な業務の範囲内にあり、弁護士法73条に違反するものではないと解されることが多いと考えられる。」

「しかしながら、原告の本件居室の買受けは、競売手続にける買受けでないことはもとより、Aの債権者の権利行使に伴って行われたものでもなく、Aと被告との間で被告の本件居室の占有の継続すなわち被告の占有権限の有無について紛争を生じたことに端を発して、Aの利益を図る目的で行われたものである。占有者との間で占有者の占有権限の有無について紛争を生じたことを契機とする所有者の不動産の売却について、競売手続のように買受けの申出を広く募ることができる市場が形成されているとは考え難い(原告代表者も、一般人が本件居室のような不動産を買い受けることは事実上不可能である旨供述している。)。」

「不動産の所有者と占有者との間で占有者の占有権限の有無について紛争がある場合には、その紛争は所有者と占有者の訴訟等によって解決されるべき法律事件であって、弁護士又は弁護士法人でない者が報酬を得る目的で法律事務(明渡しの任意交渉を含むと解される。)を取り扱うことを業とすることは弁護士法72条本文によって禁止されているところ、弁護士又は弁護士法人でない者が、占有者の占有権限の有無について紛争がある不動産の所有者から不動産を譲り受けて明渡しを実現し、転売して利益を得ることを業とすることは、その潜脱につながるおそれがないとはいえない。」

「また、このような紛争において、不動産の占有者が所有者に対する占有権限を有しているものの、当該占有権限の第三者に対する対抗力が認められないものであったときは、不動産の占有者は、不動産が第三者に譲渡されることによってその利益を大きく害されるおそれがある反面、占有者に占有権限があるにもかかわらず不動産を第三者に譲渡した所有者に対して損害賠償請求権等を取得する場合もあると考えられ、このような不動産の第三者に対する譲渡はみだりに紛議を助長するものであるといえる。」

「そうすると、不動産の所有者と占有者との間で占有者の占有権限の有無について紛争がある場合に、不動産の所有者の利益を図る目的で不動産を譲り受けて占有者の明渡しを実現することは、占有者の法律生活上の利益に対する弊害が生ずるおそれのある行為であり、これを業とすることは、上記弊害が生ずることが防止されているといえる事情が認められなければ、社会的経済的に正当な業務の範囲内にあるとはいえず、弁護士法73条に違反するものと解するべきである。

「そこで検討するに、原告は、被告が本件居室の占有を開始した時点ではその占有はAの意思に反していなかったもので、Aの本件居室の売却の目的が、被告との間で被告の本件居室の占有権限の有無について紛争を生じたことに端を発して、被告の利益を害して、Aの利益を図ることにあることを認識していたものと認められる。被告の本件居室の占有の開始が、Aの本件居室の贈与や賃貸に基づく場合はもとより、仮にAとの使用貸借関係に基づくものであったとしても、Aと被告との間で使用貸借の期間や使用収益の目的が定められていた場合には、Aの一方的な意思表示によって当然に被告が本件居室の占有権限を失うとはいえない。原告は、Nから、被告のAに対する本件居室の占有権限の有無について具体的な説明を受けておらず、本件売買契約に係る重要事項説明書にも、『売主親族による占有があります。』と記載されているのみであったにもかかわらず、被告のAに対する本件居室の占有権限の有無及び内容について何ら調査することなく本件居室を買い受けているのであって、被告の法律生活上の利益に対する弊害が生ずることが防止されているとはいえない。

「以上によれば、原告の本件居室の買受けは、弁護士法73条に違反する行為の一環として行われたものと認められる。」

「弁護士法73条に違反する行為によって国民の法律生活上の利益に対する弊害が生ずることを防止すべき公益上の要請は強く、同条に違反する行為が刑事罰の対象とされていることにも鑑みると、同条に違反する行為の私法的効力についても抑制的に解するのが相当であり、仮に本件売買契約がAと原告との間で無効でないとしても、原告が被告に対して、被告の法律生活上の利益に対する弊害が生ずることを何ら防止することなく本件居室を買い受けたにもかかわらず、本件居室の所有権に基づいて本件居室の明渡しや賃料相当損害金の支払いを請求することは、権利の濫用として認められないものと解するのが相当である。」

3.事前に紛争性や占有権原の有無を調査しておくことが必要

 権原不明の占有者のいる不動産を安く購入して明渡を迫り、明渡し後に転売するビジネスモデルは、それ自体が直ちに不適法ということはないのだと思います。裁判所も指摘するとおり、そういうことは競売の場面では広く行われています。

 しかし、競売以外の場面で不動産を購入する場合には、弁護士法73条違反の問題が生じてくる可能性があります。

 こうしたリスクを排除するためには、判決文の趣旨に照らすと、

事前に占有権原の有無について紛争性がないことを確認していたのか、

調査によって占有権限の不存在をきちんと確認していたのか、

が問われてくるのだと思います。

 紛争性の有無、占有権原の有無といった事項は、専門的な問題であり、事業者であったとしても、判断が容易でないことは少なくありません。

 本件と類似した業態をとっている不動産業者は相当数いると思われますが、ご不安な場合には、都度、弁護士に相談してみると良いかもしれません。