弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

旧労働契約法20条裁判-正社員就業規則の準用規定がある場合も直律的効力は認められないのか?

1.直律的効力

 労働契約法20条に、

「有期労働契約を締結している労働者の労働契約の内容である労働条件が、期間の定めがあることにより同一の使用者と期間の定めのない労働契約を締結している労働者の労働契約の内容である労働条件と相違する場合においては、当該労働条件の相違は、労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(以下この条において『職務の内容』という。)、当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情を考慮して、不合理と認められるものであってはならない。」

という規定がありました。

 大雑把に言えば、有期契約社員と無期契約社員との間で、不合理な労働条件格差を設けてはならないとする条文です。

 この規定に基づいて、有期労働契約社員と無期契約社員の労働条件格差が不合理・違法とされた場合、どのような効力が認められるのでしょうか?

 この問題については、大雑把に言って、二つの見解がありました。

 一つは、直律的効力(違法とされた無期契約社員の労働条件が、有期契約社員の労働条件と置き換わる効力。補充的効力・補充効とも言われることがあります)が認められるとする見解です。

 もう一つは、そこまで強い効力は認められず、損害賠償請求が可能になるだけだとする見解です。

 最二小判平30.6.1労働判例1179-20ハマキョウレックス(差戻審)事件は、

「労働契約法20条が有期契約労働者と無期契約労働者との労働条件の相違は『不合理と認められるものであってはならない』と規定していることや、その趣旨が有期契約労働者の公正な処遇を図ることにあること等に照らせば、同条の規定は私法上の効力を有するものと解するのが相当であり、有期労働契約のうち同条に違反する労働条件の相違を設ける部分は無効となるものと解される。」

「もっとも、同条は、有期契約労働者について無期契約労働者との職務の内容等の違いに応じた均衡のとれた処遇を求める規定であり、文言上も、両者の労働条件の相違が同条に違反する場合に、当該有期契約労働者の労働条件が比較の対象である無期契約労働者の労働条件と同一のものとなる旨を定めていない。」

「そうすると、有期契約労働者と無期契約労働者との労働条件の相違が同条に違反する場合であっても、同条の効力により当該有期契約労働者の労働条件が比較の対象である無期契約労働者の労働条件と同一のものとなるものではないと解するのが相当である。

「また、上告人においては、正社員に適用される就業規則である本件正社員就業規則及び本件正社員給与規程と、契約社員に適用される就業規則である本件契約社員就業規則とが、別個独立のものとして作成されていること等にも鑑みれば、両者の労働条件の相違が同条に違反する場合に、本件正社員就業規則又は本件正社員給与規程の定めが契約社員である被上告人に適用されることとなると解することは、就業規則の合理的な解釈としても困難である。」

と判示し、後者の見解に立つことを明らかにしました。

 しかし、直律的効力を否定したハマキョウレックス(差戻審)事件の最高裁の判示は、正社員就業規則と契約社員就業規則とが別個独立のものとして作成されていることを前提とした判示です。

 それでは、無期契約社員就業規則と有期契約社員就業規則が関連性をもった構造になっており、有期契約社員就業規則において、

「本規程に定めのない事項については無期契約社員就業規則等を準用する」

といった趣旨の規定が置かれていた場合はどうでしょうか。

 こうした場合にも、やはり直律的効力は認められないのでしょうか?

 この問題を考えるにあたり、参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。名古屋地判令2.10.28労働判例1233-5 名古屋自動車学校(再雇用)事件です。これは、

定年後再雇用-定年退職時の60%を下回る基本給を設定することが労契法旧20条違反とされた例 - 弁護士 師子角允彬のブログ

という記事でご紹介させて頂いた事件と同じ裁判例です。

2.名古屋自動車学校(再雇用)事件

 本件は定年後再雇用により有期嘱託職員となった方と、無期契約正社員との間の労働条件格差が問題となった事件です。

 この事件は、

基本給や賞与など違法となりにくい費目が労働契約法20条違反とされたことや、

基本給について定年退職時の60%を下回る限度で違法とするなど違法/適法のラインを明確に数値化したこと

との関係で言及されることの多い裁判例です。

 しかし、直律的効力の問題についても興味深い判示をしています。

 本件の嘱託職員規程には、

「嘱託職員の労働条件について、嘱託規程に定めのない事項については、正社員就業規則等を準用するが、実態に合わない場合、不都合と判断される場合、正社員就業規則等にも定めがない場合は、その都度定める」

という趣旨の規定がありました。

 本件では、こうした建付けの就業規則のもとにおいても、やはり直律的効力は認められないのかが争点の一つになりました。

 この問題について、裁判所は、次のとおり判示し、直律的効力を否定しました。

(裁判所の判断)

「原告らは、嘱託規程が嘱託職員の労働条件につき、嘱託規程に定めのない事項は正職員就業規則等を準用する旨定めている規定の存在を指摘し、労働契約法20条により私法上無効となった労働条件は、『嘱託規程に定めのない事項』に該当するため、正職員と同様の基準及び計算方法により算定された賃金請求権が発生する旨主張する。しかし、原告らが指摘する嘱託規程の上記規定は、嘱託規程において定めを置かなった事項について、正職員就業規則等により補充することを予定した規定であり、本件のように、原告らと被告の間で行った嘱託職員としての労働条件に関する個別の合意の内容が私法上無効となる場合に正職員就業規則等を準用することを定めた規定とはいえない。

そうすると、嘱託規程及び正職員就業規則等の解釈を通じて、嘱託職員時の原告らについても正職員就業規則等が適用され、労働契約に基づき差額賃金を請求することができる旨の原告らの上記主張を採用することはできない。

3.準用規定がある場合も、やはり直律的効力は認められない

 旧労働契約法20条は、現在は存在しない条文です。しかし、これは、短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律8条(不合理な待遇の禁止)、9条(通常の労働者と同視すべき短時間・有期雇用労働者に対する差別的取扱いの禁止)に発展的解消を遂げたからであって、旧労働契約法20条が定めていたルール自体が削除されたわけではありません。旧労働契約法20条裁判のもとで発展してきた裁判例は、短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律8条、9条の解釈の指針となります。旧法下の裁判例であるとはいっても、労働契約法20条の解釈を示した裁判例には、なお大きな意味があります。

 本件は準用規定がある場合にも直律的効力は認められないと判示した点でも、実務上意識されるべき裁判例であるように思われます。