弁護士 師子角允彬のブログ

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定年後再雇用-定年退職時の60%を下回る基本給を設定することが労契法旧20条違反とされた例(続)

1.不合理な待遇の禁止・差別的取扱いの禁止

 労働契約法20条に、

「有期労働契約を締結している労働者の労働契約の内容である労働条件が、期間の定めがあることにより同一の使用者と期間の定めのない労働契約を締結している労働者の労働契約の内容である労働条件と相違する場合においては、当該労働条件の相違は、労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(以下この条において『職務の内容』という。)、当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情を考慮して、不合理と認められるものであってはならない。」

という規定がありました。

 一般の方には読みにくい条文ですが、要するに、有期労働契約者と無期労働契約者の労働条件に不合理な格差を設けてはならないとする規定です。

 現在、労働契約法20条は削除され、「短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律」(パート有期法)という名前の法律の第8条、第9条に統合されています。

 パート有期法は8条で、

「事業主は、その雇用する短時間・有期雇用労働者の基本給、賞与その他の待遇のそれぞれについて、当該待遇に対応する通常の労働者の待遇との間において、当該短時間・有期雇用労働者及び通常の労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(以下『職務の内容』という。)、当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情のうち、当該待遇の性質及び当該待遇を行う目的に照らして適切と認められるものを考慮して、不合理と認められる相違を設けてはならない。」

と不合理な待遇の禁止を、9条で、

「事業主は、職務の内容が通常の労働者と同一の短時間・有期雇用労働者(第十一条第一項において『職務内容同一短時間・有期雇用労働者』という。)であって、当該事業所における慣行その他の事情からみて、当該事業主との雇用関係が終了するまでの全期間において、その職務の内容及び配置が当該通常の労働者の職務の内容及び配置の変更の範囲と同一の範囲で変更されることが見込まれるもの(次条及び同項において『通常の労働者と同視すべき短時間・有期雇用労働者』という。)については、短時間・有期雇用労働者であることを理由として、基本給、賞与その他の待遇のそれぞれについて、差別的取扱いをしてはならない。」

と差別的取扱の禁止を規定しています。

 今は削除されているとしても、旧労働基準法20条に関する裁判例は、パート有期法8条、9条の解釈が問題となる事案に影響力を有しています。

 この旧労働基準法20条との関係で、名古屋地判令2.10.28労働判例ジャーナル106-1 名古屋自動車学校事件という裁判例があります。この事件のの最大の特徴は、

「原告らの正職員定年退職時と嘱託職員時の各基本給に係る金額という労働条件の相違は、労働者の生活保障という観点も踏まえ、嘱託職員時の基本給が正職員定年退職時の基本給の60%を下回る限度で、労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たると解するのが相当である。」

などと述べ、具体的な数値を指摘したうえ、それを上回るのか/下回るのかで判断されていることです。

定年後再雇用-定年退職時の60%を下回る基本給を設定することが労契法旧20条違反とされた例 - 弁護士 師子角允彬のブログ

 数字で二者択一的に割切れるようなものではないため、労働条件格差に合理性が認められるのか否かの判断は、予測可能性た立ちにくく、現在でも混迷を極めた状況にあります。

 このような状況の中、名古屋自動車事件(原審)は、適法/違法の境界線として具体的な数字を示した点で関心を集めました。

 この事件は、同種事件の判決を予測するうえで参考になるものですが、具体的な割合を設定している点で特異な裁判例であり、控訴審で破棄されるのではないかが気になっていました。

 近時公刊された判例集に、控訴審裁判例が掲載されていました。名古屋高判令4.3.25労働判例ジャーナル126-38 名古屋自動車学校事件です。

2.名古屋自動車学校事件

 本件は、定年後再雇用された人の基本給を、定年退職時の45~48.8%以下にすること(役付手当、賞与、嘱託職員一時金を除く総支給額でみて賃金を定年退職時の56.1%~63.2%にすること)の不合理性が問題になった事案です。長澤運輸事件と同じく、定年後再雇用の前後で職務の内容等が同一であることから、こうした差異を設けることが許容されるのかが問題になりました。

 裁判所は上述のような規範を定立し、基本給格差の違法性を認め、原告の請求の一部を認容する判決を言い渡しました。これに対し、原告・被告の双方が控訴したのが本件です。

 本件の裁判所も、次のとおり述べて、定年後再雇用に伴う基本給の減少の違法/適法の判断の目安に境界に60%という数値を用いました。

(裁判所の判断)

「〔1〕一審原告らの職務内容及び変更範囲は正職員定年退職時と嘱託職員時で相違がなかったこと、

〔2〕そうであるのに、一審原告らの嘱託職員時の基本給が正職員定年退職時の基本給の50%以下に減額されており、その結果、若年正職員の基本給をも下回っていること、

〔3〕賃金総合計(役付手当、賞与及び嘱託職員一時金を除く。)も、正職員定年退職時の労働条件を適用した場合の60%をやや上回るかそれ以下にとどまること、

〔4〕一審原告らが嘱託職員となる前後を通じて、一審被告とその従業員との間で、嘱託職員の賃金に係る労働条件一般について合意がされたとか、その交渉結果が制度に反映されたという事情は見受けられないこと、

〔5〕基本給は、労働契約に基づく労働の対償の中核であることなどの事情の下では、一審原告らの正職員定年退職時の基本給と嘱託職員時の基本給の相違は、嘱託職員時の基本給が正職員定年退職時の基本給の60%を下回る限度で、労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たるというのが相当である。」

3.60%という数字が維持された

 違法/適法の結論が変わるかどうかはともかく、賃金(基本給)に60%という具体的な数値を設定した点は、原審判断独特のもので破棄される可能性も十分にあったのではないかと思います。

 しかし、名古屋高裁は原審と同様、60%という数字を尺度として認めました。

 高裁レベルでの判決であることからも、この裁判例は定年後再雇用に伴う賃金の減額にどの程度まで応じなければならないのかを考えるうえで参考になります。