弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

就業規則の変更の合理性が否定された場合、変更後に採用された労働者には新旧いずれの就業規則が適用されるのか?

1.労働契約法7条の合理性、同法10条の合理性

 労働契約法7条本文は、

「労働者及び使用者が労働契約を締結する場合において、使用者が合理的な労働条件が定められている就業規則を労働者に周知させていた場合には、労働契約の内容は、その就業規則で定める労働条件によるものとする。」

と規定しています。

 言い換えると、就業規則が労働条件に組み込まれるためには、単に周知させていれば足りるわけではなく、内容に合理性のあることが必要とされています。

 また、労働契約法10条本文は、

「使用者が就業規則の変更により労働条件を変更する場合において、変更後の就業規則を労働者に周知させ、かつ、就業規則の変更が、労働者の受ける不利益の程度、労働条件の変更の必要性、変更後の就業規則の内容の相当性、労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情に照らして合理的なものであるときは、労働契約の内容である労働条件は、当該変更後の就業規則に定めるところによるものとする。」

と規定しています。

 この条文は、就業規則の変更により労働条件を不利益に変更するためには、変更後の就業規則に合理性が認められなければならないとするものです。

 それでは、労働契約法10条の合理性が否定される場合、変更後に採用された労働者には、新旧いずれの就業規則が適用されるのでしょうか 

 変更後の就業規則の内容に合理性がない以上、変更前の就業規則が適用されるのでしょうか? それとも、採用前のことは関係なく、飽くまでも採用時点の就業規則に一定の合理性が認められさえすれば、新就業規則の適用を受けることになるのでしょうか?

 この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。東京地判令3.8.5労働判例ジャーナル118-54 学校法人上野学園事件です。

2.学校法人上野学園事件

 本件で被告になったのは、上野学園大学(本件大学)、上野学園大学短期大学部、上野学園高等学校、上野学園中学校を設置する学校法人です。

 原告になったのは、本件大学の音楽学部等の教員として稼働していた方6名です。

 原告らは被告に対して複数の請求を立てていますが、その中の一つに、入試手当の請求があります。原告らは被告が入試手当の支給対象者を段階的に限定したこと(本件変更)が合理性のない就業規則の不利益変更に該当するとして、変更前の就業規則に基づき入試手当を支払うよう請求しました。

 これについて、裁判所は、次のとおり述べて、本件変更前に選任教員であった原告との関係でのみ、入試手当の請求を認めました。

(裁判所の判断)

「被告は、本件変更については、理事長の承認を得るなどした上で、教授会の場等で説明を行い、教職員の了解を得ているから、本件変更によって本件大学の専任教員は入試手当の支給対象者から除外されている旨主張する。」

「被告は、従前本件大学の専任教員に対して支給していた入試手当について、平成12年度入試及び平成13年度入試において入試手当の支給対象者を段階的に限定し、平成14年度入試から本件大学の専任教員を入試手当の支給対象から除外したのであるから(本件変更)、その当時に在職していた本件大学の専任教員との関係では、同人らとの間の雇用契約の内容である労働条件を同人らに不利益に変更したものである。」

「そして、本件変更は、専任教員に適用があると規定されている本件就業規則の一部である給与規程において入試手当を専任教員に支給することを前提として『支給額は別に定める。』としていたものを、被告と本件大学の専任教員との間の個別の合意ではなく、被告の総務部長による稟議を理事長が決裁する形式により、専任教員を入試手当の支給対象から除外したものである。」

「そうすると、本件変更が法的拘束力を有するためには、就業規則等により雇用契約の内容である労働条件を労働者に不利益に変更する場合と同様に、当該条項がそのような不利益を労働者に法的に受忍させることを許容することができるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものであることが必要であるというべきである。その合理性の有無は、具体的には、当該変更によって労働者が被る不利益の程度、使用者側の変更の必要性の内容・程度、変更後の当該規定の内容自体の相当性、代償措置その他関連する他の労働条件の改善状況等の事情を総合考慮して判断すべきである。

これを本件についてみると、前判示のとおり、被告は、人件費抑制のために、本件変更によって支給対象者を限定したことは認められるものの、被告において、当時、人件費抑制が必要であったことを具体的に裏付ける事情を認めるに足りる証拠はなく、専任教員にとっては、入試業務一つ当たり数千円から1万数千円の入試手当の支給が受けられなくなるという不利益の程度も考慮すると、そのような不利益を労働者に法的に受忍させることを許容することができるだけの必要性を認めることはできないというべきである。

以上によれば、本件変更当時に在職していた本件大学の専任教員との関係では本件変更の拘束力は及ばないから、同専任教員は、入試手当の支給対象者から除外されたものということはできない。

「したがって、本件変更が行われた際に既に本件大学の専任教員として在職しており、実際に入試手当の支給を受けられなくなった原告cについては、本件変更により原告cと被告との間の雇用契約の内容である労働条件としての入試手当の支給について変更されたとはいえず、本件変更前の内容に従って入試手当の支払を請求できるというべきである。」

就業規則の不利益変更について合理性が認められない場合には、変更に同意していない変更当時に在籍していた労働者との関係で拘束力が否定されるものの、変更後の就業規則が不存在、無効となるものではない。そのような就業規則であっても、変更後の労働条件に合理性が認められる場合には、変更後に採用された労働者との関係では、労働契約の内容を規律する効力が認められると解すべきである。

「これを本件についてみると、原告a、原告d、原告f及び原告hは、本件変更の後に被告との間で雇用契約を締結し、その後に本件大学の専任教員となったものであるところ、前記認定のとおり、平成13年変更の際、雇用契約上の職務内容に入試業務が含まれていないことから、非常勤講師と同様に入試手当を支給するのが理論上は自然である旨の検討がされていることに照らせば、本件大学は、専任教員の業務には入試業務も含まれ、入試業務の対価は既に基本給として支給されているとの判断に基づき、専任教員を入試手当の支給対象者から除外したことが認められることなどからすれば、入試手当の支給対象をそのように区分すること自体が不合理であるとはいえず、上記入試手当の支給除外を定める部分について就業規則としての合理性を認めることができ、上記各原告らについては、本件変更後の本件就業規則等のみが適用されることになる。したがって、同原告らは、入試手当の支払を請求することはできないというべきである。」

「また、原告bについては、本件変更前に被告と雇用契約を締結していたものの、本件変更当時には本件大学の非常勤講師であり、本件変更後の平成19年4月に本件大学の専任教員となったものである。そうすると、原告bは、本件大学の専任教員を入試手当の支給対象者から除外した本件変更後の本件就業規則等の適用を受けるから、上記原告らと同様に入試手当の支払を請求することはできない。」

この点について原告らは、本件変更により入試手当の支給対象者が適法、適式に変更されていない以上、入試手当の支給について本件変更前の本件就業規則等がそのまま適用される旨主張するが、就業規則の不利益変更の合理性が否定された場合に既存の労働者との関係で拘束力が否定される場合であっても、その後に採用された労働者との関係で就業規則としての効力が否定されるものではないことは前判示のとおりであるから、原告らの主張は採用することができない。

以上のとおり、原告cとの関係では本件変更の拘束力は認められないから、原告cは、本件変更前の内容に従って入試手当の支払を請求することができるが、その余の原告らとの関係では、本件変更後の本件就業規則等が適用されるから、同原告らは入試手当の支払を請求することはできない。

3.不利益変更の合理性と当初就業規則の合理性とは別物

 同じような用語が使われていても、法令毎、条文毎に異なる意義が与えられていることは少なくありません。こうした事例と同じく、労働契約法7条の合理性と同法10条の合理性とは異なるものとして理解されました。

 これが許容されると、結局、就業規則の不利益変更に合理性が認められなかったとしても、旧就業規則の適用を受ける職員が定年等によって退職して行けばいずれ新就業規則の適用を受ける職員しかいなくなるため、事実上、労働契約法10条の趣旨を潜脱することができるのではないかという疑問が生じます。

 解釈の妥当性に疑義はありますが、本件のように、不利益変更の合理性と、採用時の就業規則の合理性とを別物と判断した裁判例が存在することは、意識しておく必要があるように思われます。