弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

解雇通知書を作成したのは失業保険を受給できるように便宜を図ってあげたからであるとの使用者側の主張が排斥された例

1.辞職か解雇かをめぐる紛争

 労働者からの辞職の意思表示に対し、使用者はこれを受け容れなければならないほか、特段の義務を負わされているわけではありません。

 しかし、使用者側から労働者を解雇するにあたっては、30日以上の予告期間が必要であるとされ、これを短縮するには解雇予告手当の支払いが必要になります(労働基準法20条1項)。また、客観的合理的理由、社会通念上の相当性の認められない解雇には、法的な効力が認められません(労働契約法16条)。

 このように辞職と解雇とでは使用者側の責任が大きく異なるため、しばしば労使間で熾烈に争われることがあります。

 この辞職と解雇の区別に関し、近時公刊された判例集に興味深い裁判例が掲載されていました。東京地判令3.8.17労働判例ジャーナル118-50Rアイディア事件です。興味深いと思ったのは、解雇通知書を作成したのは失業保険を受給できるように便宜を図っただけで解雇していないとの使用者側の主張が排斥された部分です。

2.Rアイディア事件

 本件で被告になったのは、ヘッドスパサロンを経営する株式会社です。

 原告になったのは、被告との間で期間の定めのない労働契約を締結し、被告の経営するヘッドスパ専門店において就労していた方です。令和2年4月30日に退職した後、未払賃金や解雇予告手当、未払時間外勤務手当等の支払いを求めて被告を提訴しました。

 この事件では、令和2年4月30日の退職が、辞職なのか、解雇なのかが争点の一つになりました。

 本件では、令和2年5月15日ころ、被告から原告に「解雇通知書(会社都合)」と題する書面が交付されていました。このような書面があれば、特に難なく解雇と認定されそうなものですが、これについて被告は解雇通知書を作成したのは失業保険を受給できるように便宜を図ってあげただけで解雇はしていないと主張しました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて被告の主張を排斥しました。

(裁判所の判断)

「被告は、令和2年4月21日、同月30日付けで原告を解雇したと認められるから、労働基準法20条に基づき、原告に対し、解雇予告手当として21日分(30日-9日)の平均賃金を支払う義務を負うと認められる。」

「被告は、原告は自分の意思で令和2年4月30日付けで退職したものであり、解雇はしていないと主張するが、原告を令和2年3月31日付けで解雇した旨を記載した本件退職証明書や本件解雇通知書を作成、送付していることと整合しない。この点について、被告は、本件解雇通知書等を出したのは、原告が失業保険を受給できるように便宜を図ってあげたためにすぎず、実際には解雇はしていないと主張するが、離職理由欄に会社都合と記載した離職票を発行すれば雇用保険の速やかな受給に支障はないものであり、解雇通知書や退職理由が解雇である旨を記載した退職証明書を送付する必要性や合理的理由があるとは考え難い。また、前記1の認定事実のとおり、原告は、令和2年4月30日に退職した後、速やかに労働基準監督署に相談をし、同年5月7日頃には、同年4月21日に解雇されたことを理由とする解雇予告手当の支払を請求する通知書を送付しているものであり、このような原告の行動からも、原告が自分の意思で任意に退職したとは認め難い。

3.比較的あっさりと排斥されている

 全く虚偽の記載を要請することは無いにしても、自己都合で辞めるのか会社都合で辞めるのかの判断が微妙であるとき、会社との間で離職理由を退職勧奨を受けての離職(会社都合退職)にしてくれないかと交渉することは一定数あります。被告の主張も、それ自体が荒唐無稽な話とまでいえるわけではありません。

 しかし、裁判所は、離職票への記載を超えて解雇通知書等を送付する必要性はなかったとし、比較的あっさりと被告の主張を排斥しました。

 本件は、不本意な退職扱いをされた時に、一早く労働基準監督署などに駆け込んで相談実績を残しておくことの有用性を教えてくれると共に、同種事案の処理の参考になります。