1.解雇していないと主張する使用者
労働契約法上、
「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。」
と規定されています(労働契約法16条)。
この条文により、解雇権の濫用は、厳しく制限されています。
そのせいか、労働者側で解雇権の行使があったことを前提に地位の確認等を求めると、使用者側から
解雇していない
という反論が返ってくることがあります。この反論は、しばしば、
解雇していない、
勝手に労働者の側で仕事に来なくなっただけ、
ゆえに賃金の支払義務などの法的責任は発生しない、
という脈絡で用いられます。
近時公刊された判例集にも、
解雇されたという労働者の主張に対し、
使用者側で解雇していないという反論がなされ、
解雇の事実が認められるのか否かが問題になった裁判例が掲載されていました。水戸地判令3.9.8労働判例ジャーナル140-1 ビッグモーター事件です。
2.ビッグモーター事件
本件で被告になったのは、自働車及び自動車部品販売業並びに自動車修理、解体業及びレッカー作業等を目的とする株式会社です。
原告になったのは、被告との間で労働契約を締結し、C店(本件店舗)の整備部門にで車両整備士として勤務してきた方です。被告から違法に解雇されたと主張し、逸失利益等の損害の賠償を求める訴えを提起しました。
被告は解雇の意思表示をした事実はないと主張しましたが、裁判所は次のとおり述べて、解雇の事実を認定しました。
(裁判所の判断)
「Dエリアマネージャー及びE工場長の各陳述書・・・及び証人尋問における各証言中には、
〔1〕Dエリアマネージャーは、原告がDエリアマネージャーとの間で、令和2年11月ころから令和3年2月ころ、原告が他の従業員に、原告の担当する車両の手伝いをさせたり、車検の申込みを断るように指示して仕事量を制限したりしないことを約束したにもかかわらず、その後も、他の従業員に自分の業務を手伝わせたり、車検の台数制限などを行っている旨E工場長から報告を受けたことから、原告に対し再度指導するために本件店舗を訪れ、E工場長とともに、本件面談をした、
〔2〕Dエリアマネージャーが、原告に対し、本件面談において、E工場長から上記報告を受けていることを伝えたところ、原告から反論されたことから、『改善が見られないので、ルールを守れないならもうここで働くのが厳しいんじゃないか。』と問いかけたところ、原告は、『分かりました。』と回答し、自ら退職する方向で話を進めた、
〔3〕本件面談後、原告が業務に戻ったことから、DエリアマネージャーがE工場長に指示して、今日は帰るように告げた、
〔4〕Dエリアマネージャーが原告に対し、本件面談において、『クビで』と発言したことはない
との各記載部分及び各証言部分(以下「証言等」という。)がある。」
「Dエリアマネージャー及びE工場長の証言等においては、原告が自ら退職する方向で話を進めたとの部分があるものの、Dエリアマネージャーの証人尋問の結果によれば、原告の上記・・・〔2〕の『分かりました』という発言以外に、原告が自ら退職する趣旨の発言をしたことはないというのであり、その後、認定事実・・・のとおり、原告は、Dエリアマネージャー及びE工場長から、複数回にわたり、退職届を提出するよう言われても一貫して拒絶し、E工場長から帰るように言われるまで業務を行っていたことからすると、本件面談において、原告が自ら退職する旨の意思表示をしたというのは不自然、不合理である。その上、Dエリアマネージャーの証人尋問における証言中には、DエリアマネージャーがE工場長に指示して、本件面談後業務をしていた原告に対し、整備の業務で何かが起きる可能性がなくはないので、その日は仕事をさせない方がいいと判断して、今日は帰るようにと伝えた、令和3年3月22日の時点で、原告が出勤しないことを明確にしていたかは分からない、次の日も出勤するかもしれないと思っていた、との証言部分があり、原告が本件面談において、今後出勤しない意思を明らかにし、退職する意思を示したか否かという重要部分において曖昧な証言に終始している。」
「・・・上記・・・は、原告が、本件店舗において自分の業務の負担軽減のために他の従業員に仕事を手伝わせたり、仕事量を制限したりしていたという事実を前提としている。」
「しかし、Dエリアマネージャーの証人尋問における証言中には、1台の車検に関して、通常は一人で全部完成まで行うものとされているにもかかわらず、本件店舗の従業員から聴取した結果、原告が簡単な空気圧を見たり、ブレーキの清掃をしたりという作業を他の従業員にさせて、1台の完成にかかる歩合給を得ていたとの証言部分があるものの、上記聴取した従業員において、原告に作業をさせられた具体的な日時を記憶していなかった旨証言するにとどまり、原告が、本件店舗において自分の業務の負担軽減のために、他の従業員に本来原告が行うべき作業を手伝わせていたことを認めるに足りる的確な客観的な証拠はない。」
「また、E工場長は、証人尋問において、原告が車検の受入れを制限した様子を見たことはないが、本件店舗の女性従業員から、車両制限について聞いた旨、1日の工程にない飛び込みの車検を受け付けた際、同日の作業を断って違う日に行うという話があった旨の証言をするにとどまり、原告が、車検の受入れを制限していたことについて曖昧な証言に終始している。また、Dエリアマネージャーは、証人尋問において、E工場長から、原告について、仕事量をセーブするとか、自分の作業を手伝わせるという相談があったことに加え、本件店舗が同規模の店舗と比べて明らかに利益が少ないこと、原告が本件店舗において一番影響力があることから、原告が仕事を制限していると考えた旨証言するにとどまる。被告の主張のとおり、令和2年9月頃、原告が他の従業員に原告自身の業務を手伝わせたり、他の従業員に対して仕事量を制限するような指示をしたりするなどの問題があったことから、原告を異動させることを検討していたというのであれば、原告の上記問題について、E工場長からの報告だけではなく、具体的に、日時を特定して、問題のある作業や言動について、本件店舗の整備部門の従業員から聞き取り、作業日報などの客観的な資料による裏付けがあるかどうかについて調査をした上で、原告に対して、上記問題について具体的に指摘し、注意指導をしてしかるべきところ、かかる調査を行ったことについて的確な客観的な証拠はなく、その他、原告が上記問題のある言動をしていたことを基礎づける的確な客観的な証拠はない。」
「なお、認定事実・・・のとおり、原告がDエリアマネージャーとの間で、上記問題のある言動をしないことを約束したことは認められるものの、上記のとおり、原告が上記問題のある言動をしていたことを基礎付ける的確な客観的な証拠はないことに加え、原告の陳述書・・・及び本人尋問における供述中には、原告は、Dエリアマネージャーから、他の店舗への異動とともに、上記問題のある言動についてE工場長から報告を受けている旨告げられ、上記問題のある言動について思い当たることもなかったから、今後は気をつけるという話をして、異動をしないことになったとの供述部分があることに照らせば、上記約束をしたことをもって、原告が、上記問題のある言動をしたことを示すものとは言えない。」
「そうすると、原告が、他の従業員に自分の業務を手伝わせたり、車検の台数制限などを行ったりしていたとは認められない以上、かかる事実があることを前提として、DエリアマネージャーがE工場長とともに、原告に対して、上記原告の問題について再指導する目的で、本件店舗を訪れたというのは不自然、不合理である。」
「さらに、Dエリアマネージャーの証言中には、本件面談後に、本件店舗の他の従業員と面談を行った理由として、影響力のある原告が急にいなくなって周りが混乱すると思って、異動させるかどうかを検討するためのヒアリングも兼ねて、原告が普段どういう仕事をしているか、現場でどういう指示を出して、どのように作業をしているのかについて他の従業員から聞き取った旨の証言部分がある。」
「しかし、影響力のある原告が急にいなくなって周りが混乱することを避けようとするのであれば、そもそも、本件面談後、作業を行っている原告に対し、今日は帰るようにと告げること自体が不自然である。また、Dエリアマネージャーが本件面談後の他の従業員との面談において、原告が急にいなくなったことによる混乱を生じさせないようにする言動をしたとはうかがわれず、かえって、認定事実・・・のとおり、Fに対し、原告が車両整備の制限をしたり、他の従業員に仕事を押し付けたりしていたのではないかと質問し、Fからこれを否定されると、原告はクビだから、出社することはない旨発言したことからすると、Dエリアマネージャーの上記証言部分は不自然、不合理である「以上に述べたところに照らせば、Dエリアマネージャー及びE工場長の上記証言等はいずれも採用できない。」
「他方、原告の陳述書・・・及び本人尋問における供述中には、〔1〕原告は、令和3年3月22日、E工場長に呼び出されて本件部屋に入ると、Dエリアマネージャーから、『俺が今日ここに来た意味分かるよね?クビで。ということなんでさっさと荷物まとめて帰ってください。』と言われた、〔2〕Dエリアマネージャーから、辞めるときは皆、退職届を書いて辞めていると言われ、退職届を提出するように複数回求められたが、クビと言われて解雇されたのに、退職届を書けば自主退職となってしまうから、退職届を書けないと拒否した、〔3〕Dエリアマネージャーは、退職届を書くか書かないかという押し問答の中、被告の総務部に電話をかけ、退職届等の出し方や有給残日数、積立金の確認等原告の離職に向けた手続を確認した、〔4〕その後、原告は、Dエリアマネージャーから、原告は約束が守れていないとの周りの声も聞いており、そういう人は仕事ができないのではないかと言われたが、退職届は書けないと言い、クビであることを確認したところ、そうだと言われたことから、『分かりました。それだったら弁護士の先生に相談します。』と言って退室した、〔5〕原告は現場を取り仕切っている立場であり、急にいなくなると周りに迷惑をかけることから、作業に戻ったが、E工場長から、『ここでいいから』と言われ、作業を中断させ、帰らせられたとの記載部分及び供述部分(以下「供述等」という。)がある。」
「原告の供述等は、〔1〕認定事実・・・のとおり、原告は、Dエリアマネージャーから、本件面談において、退職届を提出するように複数回言われても、自主退職ではないから退職届は書けない旨一貫して述べて退職届を提出しなかったこと、〔2〕認定事実・・・のとおり、原告が本件面談後に業務を行っていたところ、E工場長から帰るように言われて、作業を中断して退社したこと、〔3〕認定事実・・・のとおり、被告が、令和3年3月22日、原告が本件基幹システムにアクセスできないように遮断する措置を取ったこと、〔4〕認定事実(3)のとおり、Dエリアマネージャーが本件面談後に、他の従業員に対して原告に問題のある行為がなかったかを質問した際、原告が出社することはない旨告げたこと、〔5〕上記・・・に認定説示したとおり、原告が他の従業員に自分の業務を手伝わせたり、車検の制限等仕事量を制限したりという問題のある行動を取っていたとは認められないことと整合しており、本件面談時及びその後の経緯に照らして不自然な点はなく、その内容において十分合理的といえる。」
「また、原告の陳述書・・・及び本人尋問における供述中には、本件メールに『解雇』ではなく『3月で退職』と記載した理由について、解雇による損害賠償を請求するには、給与明細等で給料の額を確認する必要があり、『解雇』と書くと被告に警戒されて給与明細が発行されないのではないかと思ったからである旨の記載部分及び供述部分があるところ、認定事実・・・のとおり、原告は、被告から、本件メールに対する応答がないまま、本件メールの4日後には、Dエリアマネージャーからクビと言われたとして解雇理由通知書を送付するよう求め、以降一貫して、Dエリアマネージャーからクビと言われたことを前提とする言動をしていることからすると、原告の上記記載部分及び供述部分はその内容において自然であり、合理的である。」
「被告は、情報漏えいの危険を極力排除するため、退職者だけでなく、休職者や長期休暇等を取る従業員についても、本件基幹システムにアクセスできないような運用を通常行っており、原告についても、原告がDエリアマネージャーに対し、本件面談において、今後出勤しないことを明確にしたことから、本件基幹システムへのアクセスを遮断した旨主張する。」
「しかし、被告は、原告の退職の意思について、令和3年4月5日付の本件請求〔1〕により客観的に明らかになったとも主張しており、原告が本件面談において今後出勤しないことを明確にしたとの上記主張と整合していない上、本件請求書〔1〕は、Dエリアマネージャーから解雇の意思表示があったと思っており、解雇理由通知書を送付してほしいという内容であり、原告が自ら退職するという意思を示したものと解することはおよそできず、本件請求書〔1〕をもって、原告の退職の意思が明らかになったとの被告の上記主張は不合理である。しかも、Dエリアマネージャー及びE工場長の各陳述書・・・及び各証言並びに弁論の全趣旨によれば、本件基幹システムを遮断するのは、退職するときや休職等により長期休暇を取るときなどに、管理職が総務部にその旨伝えて行われるものと認められるところ、認定事実・・・のとおり、原告は、本件面談において、退職届の提出を一貫して拒んでいた上、Dエリアマネージャー及びE工場長の陳述書及び証言において、原告が本件面談で、今後出勤しない意思を明らかにしたことについて具体的な記載部分や証言部分はなく、原告が、出勤しない意思を明らかにしたという事実を認めるに足りる証拠はないことからすると、少なくとも、原告が本件面談において、今後出勤しない意思を明確にしたことを理由に本件基幹システムへの原告によるアクセスを遮断したというのは不自然である。むしろ、E工場長の証言中には、原告が、弁護士に相談すると言っており、社内の情報が漏えいされてしてしまうといけないから、本件基幹システムへの原告によるアクセスを遮断した旨の証言部分があることに照らすと、Dエリアマネージャーが原告に対し、解雇の意思表示をし、原告に退職届の提出を促すも拒まれ、弁護士に相談する旨告げられたことから、本件基幹システムで管理している情報を利用されないよう、直ちに本件基幹システムを遮断したものと考えるのが自然である。」
「以上に述べたところによれば、本件面談において、原告が自ら退職する旨の意思表示をしたものであり、Dエリアマネージャーが原告に対して解雇の意思表示をしていないとの前記・・・のDエリアマネージャー及びE工場長の証言等は採用できず、前記・・・の原告の供述等のとおり、Dエリアマネージャーが原告に対し、クビだと伝え、E工場長を通じて直ちに退社するように告げたものと認められ、Dエリアマネージャーが原告に対し、本件面談において、解雇の意思表示をしたものと認められる。」
3.速やかに解雇であることを前提とした対応をとることが大事
上記の判示にも触れられてますが、解雇された事実の有無が問題になる場合、労働者の側で解雇されたことを前提とした行動をとっていたのかどうかは、一定のインパクトを持っています。
本件のような類型の事件に限らず、労働事件には入り方が重要な場合が多々みられます。理不尽だなという思いを感じた場合には、無理をして自力で対応しようとせず、専門家のアドバイスのもとで動くことが推奨されます。