弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

配転命令を受けると都合の悪い事情は、可能な限り事前に言っておくこと

1.配転命令後に配転されると困る事情を補充できるのか?

 突然の配転命令を受けて、その私生活への影響の大きさに困惑する方は少なくありません。このように私生活上、重大な不利益を受けることは、配転命令を拒む理由になるのでしょうか?

 最二小判昭61.7.14労働判例477-6 東亜ペイント事件は、配転命令が権利濫用として無効になる場合として、

① 業務上の必要性がない場合、

② 業務上の必要性があっても、他の不当な動機・目的のもとでなされた場合、

③ 業務上の必要性があっても、著しい不利益を受ける場合、

の三類型を掲げています。

 私生活上、重大な不利益が生じる場合は、③の類型として、配転命令を拒むことができる可能性があります。

 それでは、配転命令を受けてしまった後、会社が認識していなかった配転命令を受けると困る事情があるとして、事後的に事情を補充して行くことは許されるのでしょうか?

 この問題と考えるにあたり参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。大阪地判令3.11.29労働経済判例速報2474-3 NECソリューションイノベータ事件です。

2.NECソリューションイノベータ事件

 本件で被告になったのは、NECの子会社で、コンピュータ、これに関連する電子機器及び通信機器で構成されるシステムに関するコンサルテーション、教育、システムインテグレーションなどを業とする株式会社です。

 原告になったのは、被告との間で雇用契約を締結していた方です。配転命令を拒否したところ、被告から懲戒解雇されたことを受け、配転命令・懲戒解雇の効力を争い、地位確認等を求める訴えを提起したのが本件です。平成31年3月1日に配転命令を受けた当時、原告の方は、平成20年生まれの長男と、昭和18年生まれの母親と同居して生活していました。

 原告の方は、業務上の必要性の不存在や、不当な動機・目的の存在を主張したほか、長男の自家中毒(周期性嘔吐症)、長男の喘息、母親の体調不良等の事情を「通常甘受すべき程度を著しく超える不利益」の内容として主張しました。

 これに対し、被告は、

「長男や母親の健康状態を含む家庭事情については、当時原告から被告に対し具体的に申告されなかったため被告が知悉できなかった事柄であるから、そもそも、本件配転命令の有効性の判断事情として考慮されるべきものではない」

と主張し、事後的に申告された事情を配転命令の適否を検討するうえでの考慮要素にすることを争いました。

 裁判所は、この論点について、次のとおり述べて、事後的な事情を考慮要素にすることを否定し、配転命令・懲戒解雇の効力を有効だと判示しました(ただし、本裁判例では「仮に、原告が本件訴訟において提出した各資料を考慮したとしても・・・本件配転命令が権利の濫用となることを基礎づける特段の事情があるとはいえない」と述べています)。

(裁判所の判断)

「原告は、本件訴訟において、原告の長男及び母親に係る診断書や通院状況に関する資料を提出しているところ、これらは、本件配転命令発出前には、被告あるいはH1に提出されていなかったものである。被告は、上記各資料については、原告が申告しなかったため被告としては知悉することができなかったものであるから判断事情として考慮すべきではない旨主張し、他方、原告は、上記各資料に基づく主張もしているので、以下、検討する。」

「H1は、平成30年7月、統合オペレーションサービス事業部について、関西・西日本オフィスを含む三つの事業場を閉鎖し、玉川事業場に集約することを明らかにし、同月18日に方針説明会を開催し、同年8月3日以降に個別面談を実施している・・・。そして、原告は、同日から同年10月26日までの間にK1事業部長と3回の面談を行ったものの・・・、今後の原告のキャリアについて話合いはまとまらず、その後、I1マネージャーやL1シニアマネージャーが、原告に対し、繰り返しメールを送信したり、実際に原告が勤務していたG1ビルまで説明のために出張するなどして玉川事業場への配転が困難である事情を聴取するための面談の機会を設けようとしていたにもかかわらず、原告が、暴言ないし社会人としての礼節を欠いた不適切な表現を含むメールを送信するなどして、断固として面談に応じない姿勢を示したため・・・、被告又はH1の担当者と原告との面談が実現せず、ひいては、被告又はH1の担当者が、原告から、玉川事業場に転勤することができない具体的な事情を聴取することができなかったものである。

「原告は、本人尋問の時点においても、面談において、本件配転命令に応じることができないとする家庭の事情等を具体的に説明すべきであったとは考えない旨供述するが、原告の個人的な事情について、被告又はH1が原告の協力を得ることなく調査することができる範囲には自ずから限界がある。他方で、自身に関する個別事情を最もよく把握している原告において、配転命令に応じることが困難な具体的な事情を説明することは基本的に容易であり、かつ相当というべきである。」

以上によれば、被告が、本件配転命令以前に、原告が本件訴訟において提出しているような医師の意見書や診断書等の内容を認識していないのは、原告が被告から述べる機会を与えられなかった、あるいは上記書類を提出する機会がなかったことによるのではなく、被告又はH1が、原告に対し、玉川事業場への配転に応じることができない理由を聴取する機会を設けようとしたにもかかわらず、原告が自ら説明の機会を放棄したことによるものというほかない。

そうすると、被告又はH1が、原告に対して、医師の意見書や診断書の提出を求めるなどの必要な調査を怠ったということはできないのであって、本件配転命令に際し、被告又はH1が医師の意見書・診断書等の原告の長男及び母親の具体的な状態を認識することができなかったのは原告が招いた事態であるから、被告又はH1が、本件配転命令を発出した時点において認識していた事情を基に、本件配転命令の有効性を判断することが相当というべきである。

「原告は、L1シニアマネージャーからの面談要求に応じなかったのは、本件配転命令に応じられない事情については既にK1事業部長に説明済みであったこと、本件特別転進支援施策に応じることを迫ることが目的ではないかと警戒したため面談に応じなかったものであることなどから、説明の機会を放棄したものではない旨主張する。」

「しかし、原告が、K1事業部長に対して説明した内容は既に前記・・・で認定説示したとおりであるところ、その内容に照らせば、本件配転命令に応じられない事情を十分に説明していたといえないことは明らかである。」

「また、K1事業部長が、原告に対し、本件特別転進支援施策について説明したのは1回目の個別面談の際のみであり、ほかに、被告又はH1の担当者が、原告に対し、個別に本件特別転進支援施策についての説明をした機会はなく、原告に対し、本件特別転進支援施策に応募するよう働きかけがなされていたというような事情はない。」

「さらに、I1マネージャーやL1シニアマネージャーが、原告に送信したメールをみても、原告が配転に応じることが困難である事情を聴取したい旨や人財活用施策の面談ではない旨が明記されており・・・、これらの文言に照らせば、I1マネージャーあるいはL1シニアマネージャーが行おうとしていた面談が本件特別転進支援施策に関する面談ではなかったことが明らかである。そして、本件特別転進支援施策の募集期間が平成30年11月9日であったこと・・・に照らせば、同日以降にI1マネージャーやL1シニアマネージャーが、本件特別転進支援施策に応募するよう勧めることは想定し難く、ほかに、I1マネージャー又はL1シニアマネージャーが、実際は、原告に対する退職勧奨を行う意図を有していたにもかかわらず、虚偽の理由で面談を申し入れていたことをうかがわせる事情も見当たらない。」

「以上からすると、面談に応じなかったことに関する原告の主張は採用できない。」

3.幾つかの特殊な事情のある裁判例であるが・・・

 以上のとおり、裁判所は、配転命令の効力を判断するための考慮事情は、

「本件配転命令を発出した時点において認識していた事情」

が基になると判示しました。

 本件は、

事前に事情聴取の機会が設けられていて、寝耳に水というケースではなかったこと、

事前の事情聴取の際に労働者側に不適切な対応があったこと、

などの特殊事情が存在しています。また、裁判所が、

「仮に、原告が本件訴訟において提出した各資料を考慮したとしても・・・本件配転命令が権利の濫用となることを基礎づける特段の事情があるとはいえない」

ダメ押しの判断をしているのも、形式的な割り切りに躊躇していたことの現れではないかと思われます。

 そう考えると、この裁判例の射程は、それほど広いものではないと言えるかも知れません。

 しかし、配転命令が発出された時点で使用者側が認識していた事情の範囲で考慮要素を切ってしまった裁判例が存在することは意識しておく必要があります。

 このような裁判例を見ると、仮に会社に対して不信感を持っていたとしても、リスク管理上、配転されると困る事情は出し惜しみをせず、事前に全部伝え切っておいた方が良さそうに思われます。