弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

降格勧奨などの労働条件の不利益変更の慫慂は不法行為になり得るか?

1.退職勧奨の不法行為該当性

 社会的相当性を逸脱した態様での半強制的ないし執拗な退職勧奨が行われた場合には、労働者は使用者に対し不法行為として損害賠償を請求することができます(佐々木宗啓ほか編著『類型別 労働関係訴訟の実務Ⅱ』〔青林書院、改訂版、令3〕540頁参照)。

 それでは、賃金減額や降格といた労働条件の不利益変更の勧奨はどうなのでしょうか?

 使用者側の不適切な勧奨行為は、退職を対象としたものに限られるわけではありません。賃金減額や降格を受け容れるように迫ることも、退職勧奨と同様、社会的相当性を逸脱した態様で行われた場合、不法行為を構成するとはいえないのでしょうか?

 この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。山口地判令3.9.8労働判例ジャーナル118-34 山口県事件です。

2.山口県事件

 本件で被告になったのは、山口県警察を設置する地方公共団体(山口県)です。

 原告になったのは、山口県警の警察官に任命され、巡査長として勤務していた方です。借金問題や女性問題(不貞関係)を理由に山口県警察本部の監察官等から退職強要、降格強要及び私生活上の違法な介入を受けたとして、被告に対して国家賠償請求訴訟を提起したのが本件です。

 問題として取り上げられた行為が多岐・長大であるため、具体的な勧奨文言の紹介は省略させて頂きますが、裁判所、次のとおり述べて、降格勧奨の違法性を認めました。

(裁判所の判断)

「退職勧奨及び降格勧奨は、対象とされた者の自発的な退職及び降格申請を求める説得活動であるところ、これに応じるか否かは、対象とされた者の自由意思に委ねられるべきものであるから、退職勧奨及び降格勧奨に際して、対象とされた者の自発的な退職及び降格意思の決定を促すために相当と認められる限度を超えて、対象とされた者に対して不当な心理的圧迫を加えたり、その名誉感情を害するような言動を用いたりすることによって、その自由な意思決定を困難にすることは許されず、相当と認められる限度を超えた退職勧奨、降格勧奨及びそれらの手段として用いられた私生活への介入は、違法な権利又は法律上保護される利益の侵害として不法行為を構成するものというべきであり、このことは、退職勧奨及び降格勧奨が、警察官に対する職務命令、指導監督及び懲戒処分のための事情聴取においてされる場合であっても異ならない。

(中略)

「i監察官が原告に対し山口県警察に残留するための必要条件として示した本件4条件である〔1〕降格願を提出し、自主降格を願い出ること、〔2〕弁護士に債務整理の現在の進捗状況についての書面を作成してもらい、提出すること、〔3〕官舎に引っ越し一人暮らしを開始すること、〔4〕離婚する時期を報告することのうち、〔1〕については、本来原告の自由意思に委ねられるべき降格の願出を残留のための必要条件として提示するものであって、原告の自発的な意思決定を促すために相当と認められる限度を超えるというほかない(なお、〔2〕及び〔4〕は、原告自身が債務整理の方針や離婚を予定している旨を述べており、山口県警察として、原告の状況を把握した上で指導監督をし、あるいは懲戒処分の量定事情とするため残留の必要条件とすること自体は不当とまではいえず、〔3〕も、前記(5)のとおり、不合理とはいえない。)。」

「そうすると、i監察官が原告に対して上記〔1〕を残留の必要条件として提示した行為は、原告に自主退職又は自主降格させる目的で、自主降格を義務付ける権限がないにもかかわらず、原告に対し自主退職又は自主降格の二者択一を迫ったものといわざるを得ず、退職勧奨又は降格勧奨として相当と認められる限度を超えたものとして違法である。

(中略)

「e次長と原告との面談は、原告からの相談の求めにe次長が応じたものであり、面談におけるe次長の発言は、e次長個人として原告に助言する体裁となっている。」

「しかし、e次長は、前記前提事実・・・のとおり、i監察官が原告に対して本件4条件を提示した際に同席し、その後、i監察官から、原告の本件4条件についての検討が不十分であるとの連絡を受けていたものであるし、e次長が原告の上司の立場にあることを踏まえて面談の内容全体を見れば、e次長がi監察官を含む監察官室の意向を酌んで、原告に自主退職か、自主降格かの二者択一を迫り、更に、原告が繰り返し退職勧奨に応じない意向を示しているにもかかわらず、自主退職を強く勧めるものといわざるを得ないのであり、退職勧奨及び降格勧奨として相当と認められる限度を超えたものとして違法である。

(中略)

「第7回監察官聴取において、i監察官は、それまでの退職勧奨及び降格勧奨の経緯を前提に、原告に対し自主退職か自主降格かの二者択一を迫り、原告に自主降格を選択させ、降格願を提出させたものといわざるを得ず、降格勧奨として相当と認められる限度を超えたものとして違法である。

(中略)

「原告は、違法な退職勧奨及び降格勧奨によって、継続的かつ執拗に不当な心理的圧迫を受け、最終的には降格願を提出するに至っており、その間に多大な絶望感や屈辱感等の精神的苦痛を被った。」

「そして、証拠(甲6の2)によれば、原告は、違法な退職勧奨及び降格勧奨を受けている間、自律神経失調症を発症した状態であったことが認められる。もっとも、証拠(甲6の1)によれば、原告は、違法な退職勧奨と認められる最初の時点(平成29年2月6日の第5回監察官聴取)より前から、自律神経失調症等を患っていたことが認められ、借金問題や女性問題を起こした原告に対する家族からの叱責や、適法な範囲内で当然に受任すべき非違行為の調査としての事情聴取や指導監督による心理的負担が自律神経失調症の発症の原因であることを慰謝料額算定の前提とする必要がある。」

「以上を踏まえ、本件に顕れた一切の事情を総合すると、原告の精神的苦痛に対する慰謝料額は80万円が相当というべきである。」

3.降格勧奨?

 使用者側からの勧奨行為の適法性は、退職勧奨の当否をテーマにするものが多く見られてきました。

 しかし、これは退職以外のことをテーマにした勧奨行為が当然に許容されることを意味するわけではありません。労働条件の不利益変更の強要・慫慂であったとしても、社相的に相当と認められる限度で行えば違法性を帯びることは十分に考えられます。結論としても、裁判所は、降格勧奨等を理由に80万円の慰謝料の発生を認めました。

 労働条件の不利益変更を慫慂されることに辟易としている人は、少なくないように思われます。法的措置をお考えの方は、ぜひ、一度当事務所までお問合せをください。