弁護士 師子角允彬のブログ

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退職勧奨に応じられない場合には、退職しない意思を明確に表明することⅡ-拒絶の仕方が甘いと勧奨が止まらない

1.退職勧奨への対応

 少し前に、

退職勧奨に応じられない場合には、退職しない意思を明確に表明すること - 弁護士 師子角允彬のブログ

という記事を書きました。

 この記事の中で、退職勧奨に応じられない場合に、退職しない意思を明示的・明確に表明することの重要性について指摘させて頂きました。

 それでは、不本意な退職勧奨への対応としてしばしば言われてている「明示的」「明確」な拒絶意思の表明と認めてもらうためには、どれくらいトレートな物言いが必要になってくるのでしょうか?

 近時公刊された判例集に、この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が掲載されていました。東京地判令3.12.21労働判例ジャーナル121-1 日立製作所(退職勧奨)事件です。過去にも同じ名前で退職勧奨がテーマになった事件をご紹介させて頂いていますが、本件はこれとは別の事件です。

不本意な退職勧奨を受けた時に行うべきこと-先ずは明確な拒否 - 弁護士 師子角允彬のブログ

2.日立製作所(退職勧奨)事件

 本件で被告になったのは、社会インフラや情報・通信システム等に係る事業を目的とする株式会社です。

 原告になったのは、平成7年に被告会社との間で期間の定めのない労働契約を締結した方です。被告会社から違法な退職勧奨を受けたと主張して、慰謝料の支払い等を求める訴えを提起したのが本件です。

 本件の事案の特性は、原告が退職勧奨に消極的な意思を示していたことです。

 被告から退職勧奨の趣旨を含む研修を受けさせられた後、原告は転職ではなく残留することを前提とするキャリアプランの作成等を作成し、退職勧奨に応じる意思がないことを示しました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、退職勧奨の違法性を否定しました。なお、退職勧奨が適法とされたことから、損害賠償請求も棄却れています。

(裁判所の判断)

「平成29年12月26日の面談において、c部長は、原告に対し、『「社外転身サポートプログラム」について』と題する書面を手渡して転職を検討することを促し、また、退職勧奨の趣旨を含んだ本件フォローアップ研修の受講も命じたが、このようなc部長の言動は、本件研修において被告会社への残留を前提としたキャリアプラン等を作成することによって退職勧奨に応じる意思がないことを明らかにしていた原告に対し、その意思を無視ないし軽視して不当に退職勧奨をしたものではないかが問題となり得る。」

「しかしながら、退職を一旦は断った者に対し再考を求め、再度退職を促すことも、それが対象とされた労働者の自発的な退職意思の形成を促すものである場合には違法ということはできず、それが社会通念上相当とは認められないほどの執拗さで行われるなど、当該労働者に不当な心理的圧力を加え、その自由な退職意思の形成を妨げた場合に初めて違法となり、不法行為を構成することがあるというべきである。上記面談においてc部長がしたのは、原告に対し転職の際に被告会社から受けられる支援内容等が記載された書面を手渡して、これを参考に再度転職を検討することを促したというものだが、その内容や態様に照らし、原告の自由な意思形成を妨げるようなものであったとは認め難い。原告も、その本人尋問において、c部長からは、広い視野を持って欲しいという趣旨のことを言われて上記書面を手渡されたくらいであった旨を供述しており、自由な意思形成を妨げるような態様で退職勧奨がされた様子はうかがわれない。また、c部長は、原告に対し、本件フォローアップ研修の受講も命じているが、前記のとおり、本件研修が原告の自由な意思形成を妨げるほどのものではなかったと認められることに照らすと、これに続く本件フォローアップ研修の受講を命じたことによって、原告の自由な意思形成が阻害されるおそれがあったとは認め難い。原告の他の主張や提出証拠を検討しても、c部長がこれ以上の退職勧奨をしたとは認められず、原告が本件研修において退職勧奨に応じる意思がないことを示した後であったことを考慮しても、c部長による退職勧奨が、社会通念上相当とは認められないほどの執拗さで、原告に不当な心理的圧力を加えて退職を迫ったものであるとまでは認めることができない。」 

「さらに、本件フォローアップ研修も、原告が上記のとおり退職勧奨に応じる意思がないことを明らかにしていたにもかかわらず行われたという点は問題となり得るものの、社会通念上相当と認められないほどの執拗さや態様で原告に退職を迫ったことを認めるに足りる証拠はなく、また、原告が不当な退職勧奨であると抗議するや、途中で中止され、それ以上、原告に退職を働きかけることをしていないことに照らすと、原告の自由な退職意思の形成を妨げるほどのものであったとまではいえず、違法であるとまでは認められない。」

「以上によれば、本件研修及び本件研修後のc部長の面談における言動並びに本件フォローアップ研修が違法であったとは認められず、これらが不法行為を構成することを前提とする原告の損害賠償請求は理由がない。」

3.研修の課題に藉口するようなレベルだと拒絶の効力にやや不安

 大手企業で行われる退職勧奨には、研修の形態がとられることも少なくありません。

 こうした研修において、課題に応える形で残留したい意思を表示したとしても、裁判所はその後の退職勧奨を違法であるとは認めませんでした。おそらく拒絶の意思の明確性が弱かったからではないかと思われます。

 退職勧奨を防ぐためには、かなりはっきりと退職しない意思を表明する必要があります。そうでなければ、二の矢、三の矢が延々と続きますし、訴訟で退職勧奨の違法性を問題にすることも難しくなる可能性が出てきます。

 伝え方が良く分からない-そうした方は対応を弁護士に相談してみるとよいのではないかと思われます。