弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

録音にあたっては事前に弁護士に相談を-有給休暇の取得妨害をめぐる訴訟を題材に

1.録音の重要性

 使用者側の違法な言動を立証するにあたり録音が重要であることは、現在では広く一般の方にも知られています。予め録音を取得したうえで法律相談に見られる方も増えているように思います。

 しかし、相談者の方が取得した録音を聞いていると、状況の設定や発問の仕方をもう一工夫していれば決定的な証拠になったかも知れないという意味で、「惜しいな」と思うことが少なくありません。

 近時公刊された判例集にも、録音の惜しかった裁判例が掲載されていました。大阪地判令3.11.25労働判例ジャーナル121-56 KANADENKO事件です。

2.KANADENKO事件

 本件で被告(被控訴人)になったのは、電気工事事業を営む株式会社です。

 原告(控訴人)になったのは、日給月給制で被告の従業員として稼働していた方です。令和元年9月30日に被告を退職した後、

平成28年8月8日に被控訴人が設立された後まもなく、被控訴人代表者に対し、有給休暇の有無を尋ねたところ、被控訴人代表者は、「うちは日給月給やから有給はない。」と言われた

上記のような被控訴人代表者の言動は、控訴人の有給休暇を取得する権利の行使を委縮させ、妨害するものであり、上記労働契約上の義務に違反し、違法である

などと主張し、慰謝料の支払いを求める訴えを提起しました。原審が原告の請求を棄却したため、原告側が控訴したのが本件です。

 本件の特徴の一つは、令和2年2月10日に被告代表者からかかってきた電話を原告が録音していたことです。この時、被告代表者の「日給月給につき有給休暇はない」という誤った理解を吐露する供述が録音されました。原告はこの録音を裁判所に証拠提出しました。

 しかし、控訴審裁判所も有休の取得妨害を否定し、次のとおり述べて、原告が提起した控訴を棄却しました。

(裁判所の判断)

「控訴人は、被控訴人代表者が被控訴人設立当初から日給月給制のため有給休暇はない旨述べていた上、在職中は仕事が忙しく有給休暇を請求できる状況にはなかったことを捉えて、被控訴人によって有給休暇の取得が妨げられたと主張し、これに沿う陳述・供述(甲8、10)を行うとともに、証拠として、退職した控訴人からの請求に対して被控訴人代表者が日給月給制につき有給休暇はない旨回答しているところを録音・反訳したもの(甲13)及び有給休暇の取得を被控訴人代表者に拒まれ欠勤扱いとされた旨の同僚の陳述書(甲12)を提出する。

「しかし、控訴人の上記主張を客観的かつ的確に裏付ける証拠はない。控訴人の提出する甲第13号証は、控訴人が被控訴人を退職した後に有給休暇に係る請求をしたことについて令和2年2月10日に会話した際のやりとりを録音したものであって、控訴人が在職していた際の被控訴人代表者の発言ではなく、また、甲第12号証は、被控訴人を解雇された元従業員の陳述書であり、控訴人に対する被控訴人代表者の言動ではないから、これらによって控訴人の上記主張が直ちに裏付けられるものではない。

「かえって、控訴人が有給休暇を申請したこと(時季指定をしたこと)がないことは、控訴人も認めるところであり、本件全証拠によっても、被控訴人代表者が、日給月給制であることや多忙を理由に、控訴人に有給休暇の申請をしないよう迫り、有給休暇の申請を受け付けず、あるいは控訴人に有給休暇の申請を取り下げさせたといった事情は認められない。」

「また、控訴人の在職中に、被控訴人代表者が控訴人に対して有給休暇はない旨を積極的に告げたと認めるに足りる客観的証拠はなく、かえって、控訴人は、本訴に先立つ請求(甲2)において、『有給休暇について何にも教えてもらえず、一回も使わしてもらえなかった』と述べているにとどまることに鑑みれば、控訴人に対して有給休暇の取得を萎縮させるような被控訴人代表者の言動があったとも認め難い。

「なお、証拠(甲12、13)によれば、被控訴人代表者は、日給月給制の労働者に労基法上の有給休暇制度は適用されないとの誤った理解に立っていたことがうかがわれ、被控訴人代表者が、控訴人在職中に全従業員を相手に、有給休暇の取得を促す説明をしたり、有給休暇の残日数を事務員を通じて把握していた旨の陳述・供述(甲11、乙1)はにわかに信用できず、被控訴人が提出する従業員の陳述書(乙2)の信用性にも疑問があると言わざるを得ない。また、弁論の全趣旨によれば、有給休暇を取得した従業員(乙4)は、月給制の従業員である可能性があり、本件全証拠によっても、日給月給制の従業員で有給休暇を取得していた者がいたかは判然としない。」

「しかし、甲第2号証及び同第3号証によっても、被控訴人代表者が有給休暇に関する誤った理解をうかがわせる表明をしたのは、退職した控訴人から突然有給休暇に係る請求がされたことを受けて令和2年2月10日に会話した際に反論的に述べたことが認められるにすぎない。また、甲第12号証は、被控訴人を解雇された元従業員が有給休暇の申請を被控訴人に拒否されたと陳述するものにすぎず、にわかに信用し難い上、仮に陳述に係る事実があったとしても、同従業員が個別に有給休暇を申請した際の発言にすぎず、本件全証拠によっても、被控訴人代表者が、有給休暇に関する誤った理解を従業員に向けて一般に披歴していた事実を認めるに足りない。

「したがって、上記証拠(甲12、13)によって、被控訴人代表者の誤った理解が、控訴人に対して有給休暇の申請を萎縮させたり、有給休暇の取得を妨げたとは認められず、他に控訴人の主張を認めるに足る証拠はない。

3.平成28年8月8日の言動も発問すれば引き出せたのではないか?

 上述のとおり、裁判所は、令和2年2月10日の録音では、在職中に有給休暇の申請を委縮させる言動があった事実を認定できないと判示しました。

 本件は被告(被控訴人)側から電話がかかってきたケースであり、原告(控訴人)側で予め準備するには限界があったのは確かです。

 しかし、

日給月給制につき有給休暇はない

という供述が引き出せていることを考えると、決定的に重要なのが在職中の言動であることを予め知っていれば、

平成28年8月に、このように言ったではありませんか、

会社ができた時、このように言ったではありませんか、

といったように、時間的な要素を設問に織り込むことで、より踏み込んだ供述を証拠化できた可能性もあったように思われます。

 ある事件でどのような録音があれば決定打になるのかについて、弁護士は訴訟を見据えたうえで適切な助言をすることができます。弁護士費用との兼ね合いで訴訟代理まで依頼するかは別として、法的措置をとると決めた場合には、どういった証拠が決め手になるのかを含め、早期に弁護士に相談しておくことをお勧めします。