1.アカデミックハラスメント
大学等の教育・研究の場で生じるハラスメントを、アカデミックハラスメント(アカハラ)といいます。
多くの大学はアカデミックハラスメントをハラスメント防止規程等で禁止しています。しかし、セクシュアルハラスメントやパワーハラスメントとは異なり法令上の概念ではないことから、どのような行為がアカデミックハラスメントに該当するのかは、必ずしも明確ではありません。
職務上、大学教員・大学職員の方の労働問題を取り扱うことが多いことから、何がアカデミックハラスメントに該当するのかには関心を有していたところ、近時公刊された判例集に、長時間にわたり反論の機会をほとんど与えることなく追及し続けたことがアカデミックハラスメントに該当するとされた裁判例が掲載されていました。高松高判令5.9.15労働判例ジャーナル142-56 損害賠償請求(アカデミック・ハラスメント)事件です。
2.損害賠償請求(アカデミック・ハラスメント)事件
本件で被告(被控訴人)になったのは、学校法人四国大学が設置する四国大学(本件大学)生活学部で藍の機能性研究を行っていた教授です。
原告(控訴人)になったのは、本件大学の学部生です。被告からアカデミック・ハラスメントを受けたと主張して、不法行為に基づき損害賠償を請求する訴えを提起しました。原審がこれを棄却したため、原告側が控訴したのが本件です。
本件で原告(控訴人)が不法行為として構成したのは、令和3年7月28日における被告(被控訴人)研究室内での被告(被控訴人)の発言です(本件行為)。
この裁判例で特徴的なのは、本件行為について「全体として感情を荒らげることなく淡々とした口調」であったと認定しつつ、アカデミックハラスメントであるとして、不法行為該当性を認めているところです。
裁判所は、次のとおり述べて、本件行為の不法行為該当性を認めました。
(裁判所の判断)
「被控訴人は、令和3年7月28日朝、控訴人らに対し、LINEで、こうしゅういもと藍葉を利用したレシピを考えて、同年8月2日までに連絡してほしいなどと伝えた・・・。」
「控訴人は、同日、レシピ開発の件について口頭で報告するため、会話を録音する準備をした上で、一人で被控訴人の研究室を訪れた。被控訴人及び控訴人は、上記研究室において、約50分間にわたり、別紙のとおりのやり取りをし(本件面談)、控訴人は、そのやり取りを録音した。なお、被控訴人は、本件面談の開始時点から約37分後頃である別紙6枚目31行目末尾と32行目冒頭の間に、20ないし30秒間にわたり、研究室を訪れた訪問者との間でやり取りをしており、その間本件面談は中断されていた。」
「本件面談は、約50分間のやり取りのほとんどが、被控訴人が、控訴人に対して、全体として感情を荒らげることなく淡々とした口調で一方的に話すものであり(本件行為)、これに対して、控訴人は、自らの言い分を述べる場面もあったものの(録音開始から約15分頃。甲6、甲9-3頁)、それ以外は、被控訴人の問いや発言に対し『言ってません。』、『すみません。』、『ありがとうございました。』、『はい。』などと応答するにとどめていた。」
(中略)
「アカデミック・ハラスメントとは、職員が、他の職員、学生等及び関係者に対して、教育研究の場における優位的地位を利用して、教育、研究若しくは修学上の不適切な言動又は差別的な取扱いを行うことをいう(乙1。学校法人四国大学ハラスメントの防止に関する規程2条2号)。教授は、教育研究活動を行うに当たって広範な裁量を有し、教授が学生に対し教育・研究活動の一環として注意又は指導することは直ちに違法であるとはいえない。しかし、教授の学生に対する言動も、当該言動の前後の文脈を踏まえ、かつ、それらの言動が生じた背景事情を考慮して解釈した場合に、それが教育上必要かつ相当な指導や注意等の範囲を逸脱して学生の人格権を侵害するに至った場合には、教授の裁量権の範囲を逸脱、濫用したアカデミック・ハラスメントにあたるものとして、学生に対する不法行為を構成するというべきである。」
(中略)
「本件行為における被控訴人の発言全体は、大筋において、次の論旨で進められていることが認められる。」
「(ア)e(原告・控訴人とともに本件大学の3年生に編入した者 括弧内筆者)が精神的に不調を訴えており(病んでしまい)、eの両親がその原因は被控訴人にあると思い込んだことから、被控訴人は、同年8月2日に行われるeの両親と大学側の話合いに呼び付けられ、eの両親から責められる状況に陥った・・・。」
「(イ)しかし、eが精神的不調を生じた真の原因は、控訴人が、同年7月6日の買い出しに行かないことを被控訴人に直接報告しなかったため被控訴人に注意された件について、eを責め立てたことにある・・・。その根拠は、被控訴人はeに控訴人の話をしていないのに、eが長文のLINEを被控訴人に送ってきて、控訴人は悪くありませんと擁護したことにあり、これによれば、控訴人がeを責めたとしか思えない・・・。」
「(ウ)そもそも、控訴人がe及びfとの関係で一段上に立っているような態度を取り、控訴人が上で、あとの二人が配下であるような力関係を作っていることが問題であり、そのような上下関係の下で、控訴人がeを不適切に責めたことが原因で、eが精神的不調を生じてしまった・・・。」
「(エ)被控訴人としては、自分がeの両親から責められることは心外であり、今回の原因を作ったのは控訴人であると考えている。そのため、8月2日の話合いでは、eから送られたLINEを出席者に見せて、原因は控訴人にあることを証明するつもりなので、控訴人もその点認識しておいてほしい。場合によっては、控訴人が謝罪しなければ問題が解決しない可能性がある・・・。」
「上記・・・によれば、本件行為は、全体を通してみると、被控訴人が、専ら、eから送信されたLINE・・・を根拠に、eが精神的不調に陥った原因を控訴人が買い出しの件でeを責めたことに帰せしめ、控訴人に対し、長時間にわたり反論を述べる機会をほとんど与えることなく、その旨の断定的発言を一方的に繰り返して反省や謝罪を求めた上、5日後に行われるeの両親と本件大学側との話合いでは、eの不調の原因は控訴人にある旨説明すると警告する趣旨であったと解するのが相当である。」
「しかしながら、eのLINE・・・は、その全体を通常の読み方に従って解釈すると、前記・・・のとおり、eが、被控訴人の控訴人に対する誤解を解く趣旨で、被控訴人に対し、当時の状況を詳細に説明することにより、控訴人の買い出しへの不参加の連絡とレシートの分割の件で連絡ミスが生じた原因は、専ら連絡を受けたeの側にある旨釈明したものである。文面からは、eが控訴人から連絡を受けて被控訴人に釈明したことは推測されるが、それ以上に、控訴人がeを責め立てたなどと推論できる事情はない。かえって、前記認定事実によれば、控訴人は、令和3年7月7日時点で、eに対し、この件で迷惑をかけることがあれば申し訳ないなどと伝えていたこと、控訴人、e及びfの関係は一貫して良好であり、控訴人がe及びf(eと同じく原告・控訴人とともに本件大学の3年生に編入した者 括弧内筆者)よりも上位の力関係にあったという事実はなかったことが認められ、このようなことは、被控訴人が本件行為に至る前に、関係者に確認等をすれば容易に判明することであった。」
「そうすると、被控訴人において、eの精神的不調の原因が控訴人の行動にあると推測したことは、合理的な根拠を欠く思い込みであったと評価せざるを得ない。」
「もっとも、本件行為・・・には、控訴人が7月6日に発熱のため買い出しに行けないことを自分で伝えなかったことを指摘した部分があり、この点は、控訴人の報告や連絡に問題があることを指導教授として注意、指導した部分と評価することができる。しかし、被控訴人は、この点については、既に7月7日に控訴人を注意しており・・・、これを本件行為で再び持ち出した上で、控訴人がeの精神的不調の原因を作ったと責めながら繰り返し反省を求めることは、もはや教育上必要かつ相当な指導や注意の範囲を逸脱したものといわざるを得ない。」
「以上の事実を総合すると、本件行為は、ゼミの指導教授である被控訴人が、ゼミの学生である控訴人に対し、合理的な根拠のない思い込みに基づき、控訴人が他の学生を責めて精神的不調に追い込んだと断定し、長時間にわたり反論の機会をほとんど与えることなく追及することで、控訴人の人格権を侵害したものといわざるを得ない。よって、本件行為は、教育研究の場における優越的地位を利用した教育・研究又は修学上,不適切な言動としてアカデミック・ハラスメントに該当する。被控訴人は、不法行為に基づき、本件行為により控訴人に生じた損害を賠償する責任を負うというべきである。」
「なお、本件行為中には、前記・・・のとおり、発言全体の一部につき教育・研究活動の一環として評価し得るものがあるが、これをもって、大部分の不適切な言動を正当化し得るものとはいえない。」
3.声を荒らげなければハラスメントに該当しないというものではない
ハラスメントというと、怒鳴ったり罵倒したりすることをイメージされる方も多いのではないかと思います。
しかし、怒鳴ったり罵倒したりしなければハラスメントにならないかというと、そういうわけでもありません。本件は根拠のない思い込みに基づくものであるため、厳密には異なるかも知れませんが、ロジハラ(ロジカルハラスメント)的なものも、アカデミックハラスメント(不法行為)に該当する可能性はあります。
感情を荒らげなければよいというものでもないため、大学教員の方は注意が必要です。