弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

アカデミックハラスメント-外国人(帰化人)同僚に対する国籍の揶揄

1.アカデミックハラスメント

 大学等の養育・研究の場で生じるハラスメントを、アカデミックハラスメント(アカハラ)といいます。

 セクシュアルハラスメント、マタニティハラスメント、パワーハラスメントとは異なり、アカデミックハラスメントは、法令上の概念ではありません。定義についても各大学で独自に定めているのが実情です。

 明確な定義がないため、アカデミックハラスメントには、様々な類型が考えられるところ、近時公刊された判例集に、同僚間での国籍を揶揄する発言がハラスメントに該当すると判示した裁判例が掲載されていました。札幌地判令3.8.19労働判例1250-5 A大学ハラスメント防止委員会委員長ら事件です。

 これまで公刊物に掲載されてきたアカデミックハラスメント事案の多くは、教授-准教授以下、大学教員-院生・学生の間での出来事でした。この事案は特に上下関係にない同僚教授間でのハラスメントがテーマになっている点が特徴的です。どのような場合に同僚に対してハラスメントが成立するのかを知るにあたり、参考になるため、ご紹介させて頂きます。

2.A大学ハラスメント防止委員会委員長ら事件

 本件で原告になったのは、学校法人A1(本件法人)が運営するA大学(本件大学)のA2学部A3学科の教授で、外国語(中国語)を担当していた方です。

 被告になったのは、A大学ハラスメント防止委員会の委員であった方です。

 本件でハラスメント被害に遭ったのは、本件大学A4学部A5学科の教授であり、原告と同じく外国語(中国語)を担当していたHという方です。この方は、中国出身で、過去、日本に帰化した経歴を持っていました。

 令和元年9月に本件大学の初修外国語の担当教員による会議が開催されました。この会議には、原告、H教授、被告B(本件ハラスメント防止委員会委員長)、I教授、J教授の5名が出席しました。

 この会議の席上で、原告は、H教授に対し、

「私は先輩ですよ。」

「あなたは何人ですか。中国人でしょ。」

「Hは日本の文化を知らない」

などと発言しました(本件発言)。

 H教授が本件大学のハラスメント相談員に本件発言等の言動を相談したことを受け、A大学ハラスメント防止委員会は、

「思想・信条・国籍等に関する発言は相手の受け止め方でハラスメントに該当する。このたびの被申立人の発言は公の会議の場における申立人の国籍に対する感情的で理不尽な言動であり、申立人が精神的身体的にも大変な苦痛を感じていることから、人権侵害にあたるハラスメント(モラル・ハラスメント)であると判断する。」

などとして、再発防止とハラスメント根絶のため、

「被申立人であるまる 〇〇教授に対して、学長より限りなく懲戒に近い口頭による厳重注意をするとともに、宣誓書を提出することを命じる」

ことが適当であると決定し(本件決定)、学長に報告しました。

 これに対し、本件決定により名誉感情が侵害されたなどと主張して、原告がハラスメント防止委員会の構成員らを相手に損害賠償を請求したのが本件です。

 裁判所は、

本件委員会の決定に加害者である被申立人の言動に対する否定的評価が含まれ得ることは、その性格上当然であること、

決定の申立人への通知は不服申立の機会を確保するためのものにすぎず、被申立人を非難する目的で否定的評価を告知するものではないこと、

原告の人格攻撃に及んだり、殊更に侮辱的表現を用いたりするものではないこと、

などを指摘したうえ、次のとおり判示し、原告の損害賠償請求を棄却しました。

(裁判所の判断)

「以上に加え、本件決定が、原告も自認する発言を基礎としたものであり、重大な事実誤認は認められないこと、本件発言に至る経緯等・・・に照らし、本件発言をハラスメントに当たると判断した点に重大な誤りがあるとはいえないこと、本件決定の調査、判断等の過程に本件委員会規程を逸脱するような手続違背も見当たらないことを考慮すれば、本件決定につき、社会生活上許される限度を超えた侮辱行為と評価することはできないというべきである。」

3.ハラスメント防止委員会の判断が是認された

 本件はハラスメントの加害者-被害者間での紛争ではないため、ハラスメントの成否に関する判断は間接的なものでしかありません。

 とはいえ、裁判所が、国籍を揶揄する本件発言をハラスメントに当たるとした委員会の判断に重大な誤りはないと判示した点は注目に値します。

 大学内にいる外国籍の方は少なくありません。本件は、国籍を揶揄する言動に消極的な評価が下された裁判例として参考になります。