弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

名誉回復措置請求の必要性の認定・掲載文言についての参考例

1.名誉回復措置請求

 労働者に懲戒処分を行ったことが、社内で公示されることがあります。こうした場合、懲戒処分の効力を争うにあたり、名誉回復のための措置を講じることまで求めて行きたいという気持ちを持つ方は少なくありません。

 こうした必要に応えるためには、民法723条の規定を用いることが考えられます。

 民法723条は、

「他人の名誉を毀損した者に対しては、裁判所は、被害者の請求により、損害賠償に代えて、又は損害賠償とともに、名誉を回復するのに適当な処分を命ずることができる。」

という条文です。

 典型的には、マスメディアによる名誉毀損に対し謝罪広告の掲載を求めるための法的根拠として使われる条文ですが、労働事件でも不名誉な社内公示に対抗するために使われることがあります。

 近時公刊された判例集に、この名誉回復措置の請求を認めた裁判例が掲載されていました。昨日もご紹介した、東京地判令3.5.31労働判例ジャーナル115-32 大和自動車王子労働組合事件です。これは労働者と労働組合との間の紛争ですが、判示されている内容は、使用者との間での紛争にも応用できる可能性があるように思われます。

2.大和自動車王子労働組合事件

 被告になったのは、一般乗用旅客運送事業等(タクシー等)を営む株式会社(以下「訴外会社」という)の労働組合です。

 原告になったのは、訴外会社で従業員として勤務してきた方です。元々、被告の執行役員を務め、団体交渉に参加するなどしていましたが、別の労働組合(第2組合)を設立したことを理由に除名処分を受けました。

 訴外会社ではユニオン・ショップ協定(労働協約に基づいて、当該労働組合に加入しない者及び当該組合の組合員でなくなった者を使用者に解雇させる仕組み)が採用されていたため、被告は、

「組合規約第28条および細則により、2019年3月29日をもってaを除名処分とした。この通告をもって、組合員としての資格を有していない。」

「大和自動車王子株式会社に対しユニオンショップ協定の速やかな履行を要求する。」

などと書かれた文書(本件文書)を訴外会社の本社内に設置されている掲示板に掲示しました(本件掲示Ⅰ)。

 原告は第2組合に在籍していることを理由に解雇の撤回を求め、訴外会社はこれに応じて原告の解雇を撤回しました。その後、本件掲示Ⅰなどが不法行為に該当するとして、被告を相手取って、損害賠償と名誉回復措置を請求したのが本件です。

 裁判所は、名誉毀損の成立を認めたうえ、次のとおり述べて、名誉回復措置請求も認容しました。

(裁判所の判断)

・名誉回復措置請求について

「本件掲示1により、原告が除名されたこと、また、被告が、訴外会社に対し、原告を解雇するよう要求したことが、被告組合員に周知され、合計約260名の被告組合員及び訴外会社の従業員において認識するに至ったことが認められ、その結果として、被告及び訴外会社における原告の社会的評価は低下したものと認められる。」

「そして、前記認定のとおり、本件除名処分は無効かつ違法なものであるから、原告の社会的評価を回復するためには、金銭賠償にとどまらず、本件除名処分が無効である旨記載した別紙1記載の内容の文書を、本件掲示1がされていた被告の掲示板に掲載し、周知するのが最も有効かつ適切な方法であるといえる。別紙1記載の内容の文書の大きさは、本件文書と同様のA4サイズとし、文書の文字は、本件文書に使用されている文字と同一の大きさ・字体の文字とするのが相当である。

以上によれば、民法723条に基づき、原告の名誉を回復するのに適当な処分として、被告に対し、本判決確定後14日以内に別紙1記載の内容、条件の文書を、掲示の日から7日間にわたり、被告の掲示板に掲示することを命じるのが相当である。

「原告は、名誉回復措置として、本件除名処分だけでなく、本件解雇要求についても、根拠を欠く違法なものであったことを告示する内容の掲示を行うことを求めているが、名誉回復措置は、原告の名誉回復のために必要かつ相当な限度にとどめるべきものであるところ、本件解雇要求は本件除名処分を前提としてされたものであるから、端的に本件除名処分が無効である旨記載された別紙1記載の内容の文書の掲示をすることによって、原告の社会的評価が回復されるものと認められる上、本件解雇要求によってされた本件解雇が撤回されていることも考慮すると、本件解雇要求について名誉回復措置を認める必要はないというべきである。」

・裁判所が認めた掲載文言について

1 内容
 告示
 令和 年 月 日
 大和自動車王子労働組合
 執行委員長 b
 当組合は、平成31年3月29日、当組合の組合員であったa氏に対し除名処分をし、同日、その旨、また、大和自動車王子株式会社に対し、ユニオン・ショップ協定の速やかな履行を要求する旨記載した文書を掲示したが、上記処分は、組合規約所定の事由を欠く無効なものであったから、a氏の名誉を回復するため、ここにその旨を告示する。
2 条件
 上記文書は、A4サイズ(縦29.7センチメートル、横21センチメートル)の白紙に、本件文書に使用されている文字と同一の大きさ・字体の文字で記載して掲示する。 

3.同様の体裁・無効であることの掲載

 本件で裁判所が指摘しているとおり、名誉回復措置請求は「必要かつ相当な限度」でしか認められません。

 しかし、どのような体裁・内容の文書の掲載が「必要かつ相当な限度」と理解されるのかは、それほど一義的ではありません。名誉回復措置としてどのような請求を行うのかは、過去の裁判例を参考にしながら、個々の事案毎に考えて行くよりほかありません。

 本件の判示は、掲示を求める文書の体裁・内容を考えて行くにあたっての先例として、広く参考になるように思われます。