1.処分の社内公表
労働者に懲戒処分等を行った場合に、使用者がこれを社内公表することがあります。
一般論として、懲戒処分を受けたことやその内容は、社会的評価を下げる事実に該当します。そのため、労働者が処分の効力を争って法的措置をとる場合、しばしば、公表行為が名誉毀損(不法行為)に該当するのではないかも問題になります。
しかし、ここで一つ問題があります。社会的評価を低下させる事実を「公然と」提示したといえるのかという問題です。
2.名誉毀損と公然性
刑法上の名誉毀損罪が成立するためには、
「公然と事実を摘示し、人の名誉を毀損」
することが必要であると理解されています(刑法230条1項)。
犯罪の成否と民法上の不法行為の成否は別の問題であり、公然性は民事上の不法行為の成立要件ではないとする見解もあります。実際、高松高判平31.4.19LLI/DB判例秘書登載は、プライバシー侵害との関係ではあるものの、
「被控訴人Y2の教授会における発言のうち番号62の行為は、・・・教授会という比較的閉じられた場で行われたものであることを考慮しても、違法であるといわざるを得ない。」
と閉じられた比較的少数の集団内で生じたプライバシー侵害行為について、不法行為の成立を認めています。
しかし、民法上の不法行為の成立を議論する場合でも、何だかんだ、多くの裁判所は公然性の有無を検討していますに思います。
それでは、労働者に対して行われた処分を社内で周知・公表したとき、それは「公然と」事実を適示したものと言うことができるのでしょうか?
ここで問題になるのは、閉じられた組織内にける周知・公表措置であることです。
組織内で周知・公表を図ったからといって、世間一般の人の知るところとなるわけではありません。また、一般論として、社内の不祥事を社外で吹聴することは許容されていないことが多く、社内で周知・公表したからといって、これが野放図に世間一般に伝播するかといえば、そういうわけでもありません。
それでは、この社内での周知・公表措置に公然性を認めることはできないのでしょうか? また、できるとして、公然性が認められるためには、どの程度の人員規模感が必要になってくるのでしょうか?
この問題を考えるに当たり参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。東京地判令3.5.31労働判例ジャーナル115-32 大和自動車王子労働組合事件です。
3.大和自動車王子労働組合事件
本件は労働者と労働組合の紛争です。
被告になったのは、一般乗用旅客運送事業等(タクシー等)を営む株式会社(以下「訴外会社」という)の労働組合です。
原告になったのは、訴外会社で従業員として勤務してきた方です。元々、被告の執行役員を務め、団体交渉に参加するなどしていましたが、別の労働組合(第2組合)を設立したことを理由に除名処分を受けました。
訴外会社ではユニオン・ショップ協定(労働協約に基づいて、当該労働組合に加入しない者及び当該組合の組合員でなくなった者を使用者に解雇させる仕組み)が採用されていたため、被告は、
「組合規約第28条および細則により、2019年3月29日をもってaを除名処分とした。この通告をもって、組合員としての資格を有していない。」
「大和自動車王子株式会社に対しユニオンショップ協定の速やかな履行を要求する。」
などと書かれた文書(本件文書)を訴外会社の本社内に設置されている掲示板に掲示しました(本件掲示Ⅰ)。
原告は第2組合に在籍していることを理由に解雇の撤回を求め、訴外会社はこれに応じて原告の解雇を撤回しました。その後、本件掲示Ⅰなどが不法行為に該当するとして、被告を相手取って損害賠償を請求したのが本件です。
この事件で、裁判所は、次のとおり述べて、本件掲示Ⅰの不法行為該当性を認めました。
(裁判所の判断)
「本件除名処分は無効かつ違法な不法行為が成立するものであり、手続上も重大な瑕疵があるところ、そのような本件除名処分及び同処分に基づく訴外会社に対する本件解雇要求を記載した本件文書を、訴外会社の従業員が閲覧可能な場所に設置されている被告の掲示板に掲示して公表することは、前判示のとおり、訴外会社には約260人が勤務しており、被告の組合員数が約220名であることも考慮すると、公然と事実を摘示することにより、他の被告組合員ないし訴外会社の従業員に、原告が除名等されるに相当する行為をしたものと理解させることを通じ、被告及び訴外会社における原告の社会的評価を低下させたものといえる。」
「よって、被告による本件掲示1は、名誉毀損行為に該当し、不法行為が成立する。」
4.200名超で公然性あり
本件では明示的に公然性が争われたわけではありませんが、200名超の人員規模を有していたことを理由に、裁判所は事実摘示の公然性を認めました。200名規模で論点にならないくらい自明になるとすると、中堅以上の企業の相当数は、これに該当するのではないかと思いまう。労働組合が摘示するのか、会社が摘示するのかで公然性についての理解が変わるとは思えないため、会社による懲戒処分の社内周知・公表も、これくらいの規模感になると、公然性ありというのに支障がなくなってくるのではないかと思われます。