弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

転職先の会社であれば従前と同条件で取引への対応が可能である旨の記載の手紙の証拠力が低く評価された例

1.取引先奪取に関係する問題

 取引先を奪取したとのことで、旧勤務先と退職した労働者とが紛争状態に陥ることは少なくありません。こうした事案では、取引先が旧勤務先を見限って自発的に他業者と取引するに至ったのか、それとも、労働者の側で何等かの加害的な意図をもって取引先に働きかけをしたのかが、しばしば問題になります。

 この問題を考えるにあたり、近時公刊された判例集に、興味深い裁判例が掲載されていました。大阪地判令3.6.28労働判例ジャーナル115-52 サンエクセル事件です。何が興味深いのかというと、旧勤務先の取引先に対して送られたかなり露骨な手紙について、その証拠としての価値が否定された点です。

2.サンエクセル事件

 本件で被告になったのは、印刷業及び写真製版業等を業とする株式会社です。

 原告になったのは、被告の元従業員です。令和2年2月29日に他の11名の従業員と共に被告を退職しました。その後、被告に対して退職金を請求したのが本件です。

 原告の請求に対し、被告は、

「原告らは、共謀して、被告及び被告代表者について名誉を害し、信用を傷つける言動によって、取引先の被告に対する信用を失わせしめ、転職先に受注を引き継ごうと働きかけ、現に被告の受注を妨害していた」

などと主張し、原告には退職金支給制限事由があると反論しました。

 その根拠となったのが、退職者の1人であるgが退職前である令和2年2月20日付けで作成した「退職に至りました経緯」と題する文書です。

 ここには、

「現在在職の営業すべてが、個々のお得意先との歴史が有り信用、信頼が厚く平日、休日関係無く仕事を続けており、その信用、信頼関係が有るが故、お仕事を頂いているのが事実にて、その営業努力の過程を他業種から来られた新社長は判っておられなくただ単に人の引き継ぎをすれば前担当同様に、或いはそれ以上に仕事が舞い込んで来るものと思っている様です。」

「上司、営業、データを扱いますコンピュータのオペレーター及び事務員を含む男女12名にて話し合いをし、このままでは各々従業員が一人ずつ居なくなって行くのを眺めるだけの結果になる、と皆確信いたしました。この仲間達と共に仕事をして行きたいと言う気持ちを強く持っておりましたので、今のメンバー12名のまま他の会社への移籍を決め、新社長に対し12名が退職願いを提出いたしました。その後、メンバー12名すべてを受け入れて頂ける会社に手を挙げて頂きましたので、そちらにお世話になる事に決めました。移動先の会社に於いては外注業者さんへのお支払いについても以前と同条件での対応が可能ととなり、今後不安無く進行出来るものと確信しております。」

などの文面が書かれていました。

 本件では、この文書の証拠としての価値が問題になりましたが、裁判所は、次のとおり述べて、これを重視しませんでした。

(裁判所の判断)

「被告は、原告がほかの11名の従業員と共にアイジャストに転職したと聞いているとして、原告を含む従業員らが、共謀して、被告の取引を個人で受注したか転職先に紹介するなどして被告の受注を妨害した、被告の信用を傷つける言動等を行った旨主張する。」

「確かに、g作成に係る文書には、12名全員がアイジャストに転職することとなった、被告の新しい代表者は取引の実情を理解していない、転職先の会社であれば従前と同条件で取引への対応が可能である旨が記載されていること・・・、原告らが同じ弁護士・・・に依頼して、被告が提出を求める各誓約書を提出することはできないことなどを内容とする連絡をしていること・・・、原告らが同時に退職していること・・・、原告が被告退職後も三邦の担当者であるdと取引に関するやり取りをしていること(ただし、同取引は店舗設置用什器に関するものではなく、ラベルに関するものである。・・・)などに照らせば、被告が上記のような認識に至ること自体は首肯することができる。」

「しかし、原告は、被告を退職した2日後に太洋堂に再就職したものであって・・・、アイジャストには就職しておらず、また、原告以外の11名が太洋堂に就職したというような事情もうかがわれないことからすれば、原告を含む12名が同一の会社に転職したことを前提とする被告の主張は、その前提とする事実自体を認めることができないといわざるを得ない。」

3.受注妨害等の立証のハードルが高く理解された例

 この文書の文言からすると、受注妨害の意思が認定されるてもおかしくなかったようにも思われますが、裁判所は、結局、実際の就職状況と符合していないことなどと根拠に、証拠としての価値に重きを置きませんでした。

 事例判断的な面は否めないにしても、受注妨害等の立証のハードルが高く理解された例として参考になります。