弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

退職妨害(根拠のない高額の損害賠償請求の示唆)に不法行為法上の違法性が認められた例

1.退職妨害と慰謝料

 人材不足の世相を反映してか、退職の妨害が行われることがあります。

 妨害の方法は、様々な方法がありますが、近時、不法行為法上の違法性が認められるほど不適切なものが散見されるようになっています。このブログでも行き過ぎた言動に違法性が認められた例を紹介させて頂いたことがあります。

退職者への行き過ぎた慰留に不法行為該当性が認められた例 - 弁護士 師子角允彬のブログ

退職者を引きとどめる言動「逃げるのか」に違法性が認められた例 - 弁護士 師子角允彬のブログ

 上記は発言の事案ですが、近時公刊された判例集に、根拠のない高額の損害賠償請求を示唆するタイプの退職妨害に不法行為法上の違法性が認められた裁判例が掲載されていました。東京地判令6.2.28労働判例ジャーナル150-16 リンクスタッフ事件です。

2.リンクスタッフ事件

 本件で被告になったのは、

職業安定法に基づく有業職業紹介事業、労働者派遣事業等を目的とする株式会社(被告会社)、

被告会社の代表取締役(被告B)

の二名です。

 原告になったのは、バングラディッシュ国籍の男性で、被告会社において日本語教育を受ける傍ら、システムエンジニアとして勤務していた方です。

 退職の意思を示したところ、退職を強行した場合には原告及びその両親等に対し少なくとも500万円以上の損害賠償を請求するなど記載された通知書を示して脅迫されたなどとして、使用者責任等を理由に損害賠償を請求しました。

 これに対し、裁判所は、次のとおり判示して、被告の責任を認めました。

(裁判所の判断)

「被告会社従業員のG及びHは、同月21日午後3時30分頃、原告を一室に呼び出したうえ、原告に対し、引継ぎ等の問題もあり、原告の退職の申出を認める考えはなく、原告が退職又はこれに類する欠勤を強行するなどした場合には、原告、原告の両親、原告の退職騒動に加担した個人及び法人に対し500万円の損害賠償を請求する旨が記載された通知書(以下『本件通知書』という。)を提示し、ベンガル語が堪能な従業員による説明も行った上、本件通知書の受領及び本件通知書に関する受領証(以下『本件受領書』という。)に署名することを求めた。原告は、L社のQ若しくはL社の関連会社であるMのR又はSに架電し、被告会社から本件通知書の受領及び本件受領書への署名を求められていることを相談し、被告会社からの求めを拒否すべきであるとの助言を受け、本件通知書の受領及び本件受領書への署名を拒否した。G及びHらは、原告に対し、繰り返し署名するよう求めたが、原告はこれを拒否し、外部の友人を呼ぶことについてGらの同意を得た上、Q、R及びSを呼ぶとともに、監禁されているとして110番通報をして警察に助けを求めた。」

「Q、R及びSは、同日午後5時30分頃に被告会社に来訪し、被告N及びDも話合いに加わった。被告Nらは、Q、R及びSの名刺により同人らが人材派遣業者であるL社及びその関連会社の人物であることを知り、原告がL社を介して被告会社の競業他社に転職しようとしているとの疑いを強めた。しばらくして赤坂署の警察官が被告会社を訪問したが、原告に対し弁護士に相談するよう告げ、Qらとともに被告会社から退所した。」

「その後、Dらは、原告に対し、本件通知書の受領及び本件受領書への署名を求めたが、原告は頑なにこれを拒否し、Rらに電話で相談する等し、Dらに対し帰りたいと伝えたが、Dらは原告の帰宅を認めると二度と来社しない可能性があると考え、原告の帰宅を認めず、本件通知書の受領及び本件受領書への署名を求め続け、社員寮の鍵の返還を求め、その返還を受けた。そうしたところ、原告が再度110番通報し、臨場した警察官のとりなしにより、原告が、本件受領書の空欄部分に『翌週月曜日の令和3年5月24日に、弁護士と一緒に会社を訪れる』旨を被告会社と約束し、その旨を本件受領書に英語で記載し、カタカナで署名するとともに、一緒に被告会社を訪問する弁護士を見つけることができなかったときは原告が被告会社に出社して本件受領書にサインすることを口頭で約束し、午後8時30分頃、その日の話合いは終了した。」

(中略)

「使用者は、その雇用する労働者から退職の意思表示がされた場合であっても、社会通念上相当な方法により、当該労働者に慰留を求めることは許されるが、暴行、強迫、監禁その他精神又は身体の自由を不当に拘束する手段を用いるなどした場合には、労働者の退職の自由を不当に制限し、人格権を侵害するものとして違法となり得ると解される。」

認定事実によれば、被告B及び被告会社従業員らは、同月21日、原告を被告会社の一室に呼出し、同日午後3時30分頃から午後8時30分頃まで、原告に対し、本件通知書の受領及び本件受領書へのサインを繰り返し求めたことが認められる。本件通知書には、引継ぎ等の問題もあり、原告の退職の申出を認める考えはなく、原告が退職又はこれに類する欠勤を強行するなどした場合には、原告、原告の両親、原告の退職騒動に加担した個人及び法人に対し500万円の損害賠償を請求する旨が記載されており、その内容は、一般的には、労働者及び両親等が被告会社から少なくとも500万円の損害賠償請求を受けるリスクを回避するために退職を思い止まらせる効果を一定程度有するものであると認められる。そして、原告が令和3年5月31日に退職した場合に発生することが見込まれるという少なくとも500万円の損害の内訳や根拠についての説明はなく、不明というほかない。これらの事実によれば、被告会社が原告に対し約5時間にわたり繰り返し本件通知書の受領及び本件受領書へのサインを求めた行為は、原告に対し、原告が当初希望した退職日に退職した場合には、原告及び両親等に対し、合理的な根拠のない高額の損害賠償請求をすることを示し、退職を翻意させようとしたものであり、原告の退職の自由を不当に制限するおそれがある不相当な手段であったと認められる。

(中略)

「本件の一切の事情を考慮すると、被告会社が本件通知書の受領及び本件受領書へのサインを繰り返し求めた行為及び被告会社従業員が原告から社宅の鍵を返還させた行為よる精神的苦痛を慰藉するために相当な慰謝料額は15万円と認めるのが相当である。」

(中略)

「以上によれば、被告会社は不法行為(民法709条)又は使用者責任(民法715条1項)に基づき、被告Bは会社法429条1項に基づき、連帯して、原告に対し、慰謝料及び弁護士費用合計17万6000円を支払う義務を負う。」

3.損害賠償請求を示唆するタイプの退職妨害に立ち向かうために

 高額の損害賠償を示唆して翻意を迫るパターンの退職妨害は、実務上、一定の頻度で目にします。長時間に渡る拘束との合わせ技とはいえ、今回、この類型の退職妨害に違法性が認められたことは、相応に大きな意義があるように思います。

 本件は、退職妨害をしてくる会社に立ち向かうにあたり、実務上参考になります。