弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

事務所内で退職妨害にあっている時、友人を呼ぶといって転職支援リクルーターに助けを求めることは許されるのか?

1.現に退職妨害にあっているという危機的な場面での対応

 昨今、人手不足を反映してか、会社が従業員の退職を妨害する事件が相当数見られるようになっています。退職すると高額の損害賠償を請求するなどと威迫するのが典型です。

 それでは、会社施設で現に退職妨害を受けているという危機的な場面で、「友人と相談したい」などと会社に申し向け、関わりのある転職支援リクルーターや弁護士などの法律専門職に助けを求めることをは許されるのでしょうか?

 この問題を考えるうえで参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。東京地判令4.12.22労働判例1295-90 Allegis Group Japan(リンクスタッフ元従業員)事件です。

2.Allegis Group Japan(リンクスタッフ元従業員)事件

 本件で原告になったのは、医師の紹介事業等を目的とする株式会社です。

 被告になったのは、グローバルで人材紹介事業を行う企業の日本法人です。

 原告においてシステム開発を担当していたDは、令和3年4月30日、原告に対し、同年5月末日をもって退職する旨の退職届を提出しました。

 これに対し、原告は、令和5年5月21日、Dと退職に関する協議を行いました。協議の場で、原告は、

退職を認める考えがないこと、

退職や欠勤を強行するのであれば、それにより発生する損害賠償として500万円にも上る損害賠償を請求する意向であること、

などが記載されている通知書を受領するようDに求めました。

 Dは転職活動を行うにあたり、求人企業に対する転職リクルーターとして関与してくれていたAに電話連絡をとりました。AはサインしないようDに助言したうえ、上長であるB、責任者であるCと共に原告事務所を訪れました。

 この経緯は、判決文では、次のとおり認定されています。

「原告は、令和3年5月21日、退職に関してDと協議を行い、同人に対し、原告作成の同日付け『通知書』(以下『本件通知書』という。)の受領及びその受領に係る『書類受領証』(以下『本件受領証』という。)へのサインを求めた。これに対し、Dは、友人である『E』に相談したいなどと述べ、原告の許可を得て、上記各文書を撮影の上、『E』に電話で連絡を取った。

Aは、Dの転職活動につき、求人企業に対する転職支援を行うリクルーターとして関与した者であるが、同日、同人から上記電話により原告の要求に対する対応について相談を受け、サインをしないように助言するなどした上で、上長に当たるB及び責任者であるCと共に原告事務所を訪れた。

 このような事実関係のもと、原告は、

「従業員の退職をめぐるトラブルに関連して、被告従業員が、被告の指示の下、原告に無断で原告事務所内に立ち入り、また、上記原告従業員を教唆して同人の退職に伴う業務の引継ぎを拒絶させ、原告の業務を妨害した」

と主張して、被告に対し、損害賠償を請求する訴えを提起しました。

 本件で原告が展開した主張の詳細は次のとおりです。

「原告は、同年5月21日、引き続きDとの交渉を試み、その際、本件通知書の受領及び本件受領証へのサインを求めた。ところが、Dは、原告の交渉に対して応答せず、本件通知書の受領及び本件受領証へのサインを拒むと共に、友人(『E』)に相談するとして、Aに電話をかけた。これを受けたAが本件受領証へのサインをしないことなどを教唆したことから、Dは、そのとおりに行動した。そこで、友人を呼んで相談してもかまわないと原告が許容したところ、Dは、Aに電話をかけて来訪を要請した。」

「Aらは、同日午後6時頃に原告事務所を訪れ、同業である原告事務所に原告の就業時間中に許可なく立ち入った上、Bが、大声で、『退職の引留めは違法である。職業選択の自由を知らないのか。あなた方のやっていることはおかしい。』旨発言し、原告従業員らに詰め寄るなどした。これにより、原告は、その業務が中断されると共に、状況の説明及び混乱の収拾に多大な労力を費やすこととなった。その後、Aらは、原告事務所に臨場していた警察官から弁護士を連れてこない限り事態の収拾は無理である旨告げられたことから、1時間ほどで引き上げた。」

「以上のとおり、Aらは、原告事務所への立入りに際し原告の承諾(推定的承諾を含む。)を得ておらず、仮に求められても原告はこれを必ず拒絶する状況において、被告の指示の下に、令和3年5月21日午後6時頃~同日午後7時頃の間、原告事務所に侵入した。」

 これに対し、被告は、

「Aは、令和3年5月21日午後4時から同日午後6時頃の時間帯において、被告事務所にいたところ、原告事務所にいたDから、電話で、原告がDの退職を認めないこと、退職した場合には500万円の賠償金を原告に支払う旨記載された本件通知書へのサインを求められていること、サインしない限り原告事務所から退出させてもらえないことへの対応について相談を受けた。これに対し、Aは、Dが本件通知書にサインをすれば原告を退職できない可能性や500万円もの損害賠償義務を不当に負わされることになる可能性があると考え、本件通知書にサインする必要はない旨を助言した。しかし、Dから、サインしないと原告事務所から退去できないので助けてほしいと要請されたため、Aは、B及びCと共に原告事務所に赴いた。」

「Aらが訪れた原告事務所は、玄関や受付はなく、原告事務所のフロアでエレベータを降りるとそのまま原告事務所に至るという作りになっていた。」

「Aらは、エレベータを降りて少し進んだ位置で、原告の管理部長(以下「原告管理部長」という。)及び同人に呼ばれた原告代表者に対し、来意を告げてDとの面談を申し入れた。しかし、原告代表者は、Dは勤務中であるとしてAらとDとを会わせようとせず、その上、『企業秘密がある。』、『いきなりやめられても困る。』、『バングラデシュにD氏が一生辞めないと記した誓約書がある。』などと怒鳴った。これに対し、Bは、Dからは既に退職届を出したがそれに対して原告から特段返答がないと聞いていたこと、法律上退職届の提出から2週間で退職することができることを冷静に説明した。しかし、原告代表者はそれを無視して怒鳴り続けた。原告管理部長も同様に一方的な言い分を述べるのみであったところ、その間、原告代表者は、Dが在室していた部屋の前に居座り、他のバングラデシュ人と思われる従業員を数名連れてきては『こういうことになる』と述べる等、Dをあたかも見せしめにするかのごとき言動を繰り返していた。」

「Aらは、せめてDの様子を確認すべく、同人の姿を見せるよう原告に要望したところ、その限りでの許諾を得たため、Dの姿を確認することができた。」

「その後、原告から弁護士を呼んで話合いをすることを提案されたこと、これ以上は平行線で話が進まないことから、Aらは原告事務所を退出することとした。Aらが原告事務所にとどまったのは30分間程度である。」

「以上のとおり、Aらの原告事務所への立入りは平穏そのものであり、原告代表者も、Aらの来訪を拒絶する態度はとっておらず、退去を求めてもいない。」

「したがって、Aらによる原告事務所への立入りをもって、被告に不法行為責任又は使用者責任は成立し得ない。」

と反論し、原告の主張を争いました。

 裁判所は、次のとおり述べて、原告の請求を棄却しました。

(裁判所の判断)

「Dが令和3年4月30日頃に原告に対して退職の意思を伝えたことを受けて、原告がDに対して慰留及び業務の引継ぎに関する交渉を試みており、同年5月21日の同人との面談もその一環として行われたこと、その際、原告がDに対し本件通知書の受領及び本件受領証へのサインを要求したこと、本件通知書には、原告は引継ぎ等の問題もあるためDの退職を認める考えはない旨、Dが退職又はこれに類する欠勤を強行するなどすれば、それにより原告に発生した損害賠償を請求する意向である旨、及び、その額は500万円に上る見込みである旨などが記載されていること、同日、被告従業員であるAらがDからの要請に従って原告事務所を訪問し、同事務所が所在するフロアのエレベータを降りてからやや進んだ位置において原告代表者や原告管理部長と問答をしたことが認められる。」

「他方、Aらが、実際に原告従業員が執務をし、その具体的状況を認識し得る原告事務所内のスペースにまで立ち入り、原告代表者及び原告従業員に対してDの退職に関して大声を出して威圧するなどしたこと、Aらが原告代表者等から退去を求められたにもかかわらず、これに応じずに原告事務所内にとどまったこと、その他Aらの原告事務所立入りにより原告の業務が妨害されたことをうかがわせるに足りる証拠はない。また、本件通知書の内容に加え、Dは、原告から友人を呼んでもよいとされたことを受けてAらに来訪を要請し、Aらもこれに応じて原告事務所を訪れたことを考えると、Aらの原告事務所立入りが不法な目的に基づくことや欺罔的手段その他の不法な手段によることを示す具体的な事情の存在もうかがわれない。

「その他原告が縷々指摘する事情を考慮しても、Aらの原告事務所立入りによる原告の業務妨害を認めることはできない。この点に関する原告の主張は採用できない。」

3.友人を呼ぶといって転職リクルーターを呼ぶことは「欺罔的手段」ではない

 本件で興味深く思ったのが、友人「E」を呼ぶといって、転職支援リクルーター「A」に助けを求めても、それが「欺罔的手段その他不法な手段」ではないと判示されている部分です。

 原告としてはDに退職・転職されたくないわけですから、Dが転職するために利用している転職支援リクルーターを呼びたいと言っていれば、来訪を認めていなかった可能性が高いように思います。

 それでも、裁判所は「欺罔的手段その他不法な手段」による来訪、立入ではないとして、Aらの行為に違法性があるとは判断しませんでした。

 これが許容されるのであれば、退去できない状況のもと退職妨害を受けている場合に、友人に相談したいと述べ、弁護士など外部の専門家に助けを求めることも、特に問題ない行為として理解されるのではないかと思われます。

 日中、弁護士は、裁判対応や法律相談、打合せ等に追われているため、突然、電話等で助けを求められても、対応することは難しいと思います。しかし、退職妨害を受けそうだということが事前に予想できる場合、会社から呼び出された日時に出頭するに先立ち、予め弁護士に相談し、万一の場合の援助を依頼しておけば、電話等をすることで、何等かの援助を受けられる可能性は高いのではないかと思います。

 退職妨害に立ち向かうにあたり、本件は覚えておいても良さそうな裁判例であるように思われます。