弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

勤務先からの引き抜き行為の適法ライン

1.引き抜き行為

 転職にあたり、競業や顧客奪取と並んで勤務先との紛争になり易い行為として、従業員の引き抜きがあります。

 労働者の転職を勧誘する行為(いわゆる「引き抜き」)は、通常の勧誘に留まる限り違法(不法行為)にはなりません。

 しかし、

「悪質な手段、態様で行われた場合には、これらの行為を禁止する契約上の根拠がないときでも、使用者の営業の利益を侵害する不法行為として損害賠償責任が科されることがある」

とされています(以上、水町勇一郎『詳解 労働法』〔東京大学出版会、初版、令元〕917頁)。

 それでは、「通常の場合」と「悪質な手段、態様で行われた場合」との分水嶺はどこに求められるのでしょうか?

 以前、このブログで違法となった例をご紹介させて頂いたことがあります。

勤務先からの従業員の引き抜き、顧客への働きかけ-どこまでやったら違法になるのか? - 弁護士 師子角允彬のブログ

 本日は適法と理解された裁判例・大阪地判令3.10.15労働判例ジャーナル120-36 Unity事件をご紹介させて頂きます。

2.Unity事件

 本件で原告になったのは、医療機器、美容商品等の販売を目的とする株式会社です。

 被告になったのは、被告の元従業員の方です。

 本件は使用者が労働者を訴えているという比較的稀な事案です。競業避止義務や秘密保持義務違反して、原告の新規事業を被告が設立した株式会社に移行させ、かつ、他の従業員(E及びD)に対して原告を退職をするように唆したなどと主張して、不法行為に基づく損害賠償を求める訴えを提起しました。

 裁判所は、引き抜き行為の適否について、次のとおり述べ、違法にはならないと判示しました。

(裁判所の判断)

「原告は、被告は上司としての地位を利用するなどしてE及びDに対する強引な引抜行為に及んだものであり、その態様は社会的相当性を逸脱するものであったから、不法行為法上違法である旨主張する。」

「確かに、被告は、原告を退職するのに先立ち、E及びDに対し、退職後にCと共に新会社であるアイ・エス・ジーを立ち上げて事業活動を行う予定である旨を伝え・・・第6回会議の後には会食を開いてE及びDに対して待遇面についての話をするなどしており・・・、これらの事情からすれば、E及びDも被告のアイ・エス・ジーにおける事業活動に一定の興味を示していた可能性があることは否定できない。」

「しかし、本件全証拠によるも、被告が、E及びDに対し、上記のように原告からの独立の予定を告げ、仮に原告からアイ・エス・ジーに転職した場合における待遇面についての説明をすることを超えて、その地位を利用して圧力をかけるなどしてアイ・エス・ジーへの転職を強く求めたとの事実を認定することはできない。現に、Eは、令和元年10月15日の時点でアイ・エス・ジーへの転職をしない旨の意向を明確に表明していたし・・・、E及びDは、いずれも、結果として、アイ・エス・ジーには就職しなかった」

「これに関し、原告は、被告は上司としての立場を利用してEの引抜きを敢行し、Dに対しては、原告での雇用条件より好待遇であるなどと述べてアイ・エス・ジーへの就職を強く勧誘し、原告に在籍中であったにもかかわらず社外で行われた会議に出席させるなどの強引な引抜行為に及んだものである旨主張する。」

「しかし、前記のとおり、被告がその地位を利用してEの引抜きを図ったと認めるに足りる証拠はなく、Dについても、その意思に反するような強引な働きかけがされたものと認めるに足りる証拠はない。本件証拠によって認定することのできる事実は、被告が原告から独立するに当たり、その旨を周囲の同僚ないし部下であるE及びDに伝えたところ、同人らが被告の独立後に立ち上げることになる新会社に就職することについて一定の興味を示したため、被告がE及びDに対して転職が実現した場合の待遇面について説明したというものにすぎず、被告による社会的相当性を逸脱した引抜行為があったものと認めることはできない。E及びDは、いずれも、結果的に、原告を退職してしまったが、E及びDの退職と被告の言動との間に相当因果関係があるとはいい難い。

「以上のとおりであって、被告によるE及びDに対する社会的相当性を逸脱した違法な引抜行為があったものと認めることはできず、これに反する原告の主張は採用できない。」

3.興味を示されて待遇を情報提供するのは問題なし

 上述のとおり、裁判所は、独立話に興味を持った部下に対し、待遇を説明するなどの情報提供を行っただけでは違法とはいえない(社会通念を逸脱した引き抜き行為があったものと認めることはできない)と判示しました。

 本件E及びDは原告を退職したものの、被告の転職先には就職しませんでした。その意味で引き抜かれているのかという疑問はありますが、本裁判例は、引き抜きにあたり、やってもよい行為を知るうえで参考になります。