1.教師の児童、生徒に対する身体的接触
教師の児童、生徒に対する身体的接触は、それ自体が厳しく制限されています。
例えば、東京都の懲戒処分の標準的な処分量定は、児童、生徒に対し、
「指導上必要のない、直接又は着衣の上から身体に接れる行為(マッサージ、薬品の塗布、テーピング等を行う際の行為も含む。)を行った場合」
免職又は停職処分になることを定めています。
教職員の主な非行に対する標準的な処分量定|東京都教育委員会ホームページ
必ずしもわいせつな意味合いが含まれているとは限らないマッサージやテーピングまで捕捉されていることからも分かるとおり、教師による児童、生徒に対する身体的接触行為は、かなり広く捕捉されています。
それでも、児童や生徒に対して身体的接触行為に及び、教師が懲戒処分を受けたり、損害賠償請求されたりする例は、後を絶ちません。近時公刊された判例集に掲載されていた、千葉地判令5.2.1労働判例ジャーナル135-68 損害賠償請求事件も、身体的接触行為を理由に児童、生徒側から教師に対して損害賠償が求められた事案の一つです。
2.損害賠償請求事件
本件で原告になったのは、被告自治体が設置する小学校(本件小学校)の5年生に在学していた児童(原告児童)とその両親(原告父、原告母)です。
被告になったのは、
本件小学校で、体育主任及び指導主任を務めていた教職員(被告教諭)
本件小学校を設置、管理する地方公共団体(被告自治体)、
県教育委員会を設置している地方公共団体(被告県)
の三名です。
原告らは、
被告教諭からわいせつな行為をされたこと、
校長及び教育委員会が監督や事後措置を怠ったこと、
被告県による被告自治体の教育委員会に対する説明に懈怠があること、
を理由に、被告らに対して損害賠償を請求する訴訟を提起しました。
この事件で、裁判所は、被告教諭の行為として、次の事実を認定しました。
(裁判所の事実認定)
「(ア)被告教諭は、原告児童に対し、平成29年9月頃から、原告児童が休み時間に廊下を歩いているとき、肩に手を置くとともに、顎の辺りをくすぐるなどした。
(イ)平成30年2月頃、被告教諭は、体育館の女子トイレの清掃を原告児童に単独で担当させている時に、以下の行為をした。
a 同トイレの個室内において原告児童の背中を押すようにして身体を触った。
b 同トイレ内で、原告児童の服の裾を引っ張ったり、首の辺りに後ろから手をまわして身体を触ったほか、肩を触ったり、頭をなでたりした。
c 同トイレ内で、両手で原告児童の頭に拳を押し当てた後、両手を立てて原告児童の脇の下をポンと触った。その際、原告児童が身をよじって左側を向いたため、被告教諭の左手が原告児童の左脇に挟まれる状態になった。」
被告らは、原告児童に対する行為について、
「被告教諭は原告児童を励ます、あるいは親しみを示す目的で軽度の身体的接触を行っているが、各行為は国賠法上違法であるとはいえない。」
と反論しました。
しかし、裁判所は、次のとおり述べて、被告教諭の行為の違法性を認めました。
(裁判所の判断)
「本件各行為は、被告教諭が、原告児童の顎や肩、脇等に触れたり、服の裾を引っ張ったりしたというものであるところ、異性の教諭により小学5年生という思春期の女児の胸部付近等をむやみに触れる行為を含むものであり、それ自体として性的な嫌悪感を抱かせ、同種の行為を繰り返されるのではないかとの恐怖心や被告教諭への恐怖心を与えるものというべきである。」
「他方で、被告教諭が仮に原告児童の遅刻の注意、清掃箇所の指導、トイレ清掃により集めたゴミの落下防止等の意図を有していたとしても、その指導のとき、原告児童の身体、特に胸部に近い脇や肩等に頻回に触れる必要はない。被告教諭は、服の裾を引っ張る行為について、原告児童のシャツが外に出ていることの確認をするためであった旨供述するが、下着が外に出ているのかを確認するのに、原告児童の腰部付近に手を伸ばして衣服の裾を引っ張る必要があるとは認められない。」
「以上によれば、本件各行為は、指導の機会に行われたものではあるが、その必要がないか指導の範疇を逸脱した方法により、原告児童に性的な嫌悪感や恐怖心を抱かせたものとして、いずれも違法であるというべきである。」
「これに対し被告らは、被告教諭の本件各行為は、原告児童を励ます等の目的でした軽度の身体的接触にとどまるとしてその違法性を争うが、異性である児童の脇や肩等に頻回に触れる行為や衣服の裾を引っ張る行為が軽度の身体的接触にとどまるとはいえず、被告らの主張は採用することができない。」
3.励ます目的、親しみを示す目的との主張は一蹴されている
身体的接触が問題となる事案にのいて、加害者であると名指しされた側が、
励ます目的だった、
親しみを込めたものだ、
胸や性器に接触しているわけではない、
などと弁解を展開することは少なくありません。
本件も類例と似たような主張は出されました。しかし、裁判所は被告側の主張を比較的簡単に排斥し、該当の行為に違法性を認めました。
本件でもそうですが、性的意図の要否は特に問題となっておらず、裁判所は一般的な児童や生徒が通常不快感を感じるかという視点で言動の適法・不適法を判断しているように見えます。
身体的接触行為は必要性が認められにくいうえ、懲戒処分の処分量定も重く、しかも被害者側から損害賠償請求を求められるといったように、かなりのダメージを受けるため、注意が必要です。