弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

在職中の係争-使用者が優越的地位を利用して労働者の訴訟提起や訴訟追行を抑圧することは許されない

1.請求行為、訴訟提起に対する当てつけ

 ハラスメントの被害に遭った労働者が、在職中に、勤務先に対して損害賠償を請求すると、有形・無形の嫌がらせを受けることがあります。

 こうした嫌がらせは、通常、権利行使とは関係のない体を装ってなされます。例えば、勤務態度が悪いから懲戒処分を行うといったようにです。

 このように権利行使とは無関係の体が装われるのは、権利行使をしたことそのものを理由に不利益性のある対応をとってしまうと、裁判を受ける権利(憲法32条)の侵害と捉えられかねないからです。

 しかし、そうした洗練された手法をとらず、損害賠償を請求したことや、損害賠償請求訴訟を提起したことそれ自体を問題視する対応をとる使用者も、いないわけではありません。

 それでは、請求行為や訴訟提起などの権利行使を抑圧してくる使用者に対し、労働者は何等かの対応をとることができないのでしょうか?

 この問題を考えるうえで参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。大阪高判令3.11.18労働判例1281-58 フジ住宅ほか事件です。

2.フジ住宅ほか事件

 本件で被告(控訴人兼被控訴人)になったのは、分譲住宅、住宅流通、土地有効活用、賃貸・管理、注文住宅等の事業を営む株式会社と(被告会社)、その創業者でもある代表取締役会長です(被告A)。

 原告になったのは、被告会社に雇用されて働いていた韓国籍の方です。

中国、韓国、朝鮮民主主義人民共和国(中韓北朝鮮)の国籍を有する者を誹謗中傷する旨の得私事的見解が記載された資料を職場で配布されたこと、

教科書展示会に参したうえ、原審被告らが支持する教科書の採択を求めるアンケートの提出を余儀なくされたこと、

上記二つの措置を問題視して本件訴訟を提起したところ、訴訟提起を誹謗中傷する旨の従業員等の感想文等が職場で配布されて報復的非難を受けたこと、

等を理由に、子供の人格権や人格的利益が侵害されたとして、被告らに損害賠償等を請求しました。請求を一部認めた原審の判断に対し、原告、被告の双方が行使したのが本件です。

 本件控訴審裁判所は、訴訟提起を誹謗中傷する旨の感想文等の配布について、次のとおり判示し、不法行為該当性を認めました。

(裁判所の判断)

「認定事実によれば、本件配布②は、前記・・・で判断したとおり、本件配布①及び本件勧奨が不法行為に当たり、原審原告がその救済を求めて本件訴訟を提起したにもかかわらず、原審被告会社の他の従業員が、本件訴訟の提起を強く批判し、その提訴者が原審被告会社で勤務を続けることを非難する意見を有していることや、原審被告らの周辺社会において本件訴訟を強く批判する意見があることを示す資料を、職場において、継続的かつ大量に配布する行為である。優越的地位にある原審被告らが、本件訴訟の提起を非難する他の従業員や第三者の意見を、原審原告のみならず社内の従業員に対して広く周知させることは、原審原告に対し職場における強い疎外感を与えて孤立化させるものであるとともに、本件訴訟による救済を抑圧するものということができる。」

「特に、本件文書②の中には、例えば、『腹が立って・殴り倒してやりたい気持ちです。(中略)クズと関わっても仕方ありませんし、ネタにされるだけです』(原判決別紙3の15番)、『この社員の方、盗人にも五分の理ですから、言い分もあるのでしょう。(中略)10年以上勤務した自身のプライドを含め、恩を仇で返す行為であり恥知らずという言葉以外にないと思います。』(原判決別紙3の56番)など、侮辱的文言や身体に対する攻撃を示す文言まで用いて、本件訴訟を提起し、又は追行すること自体を誹謗中傷する表現が含まれている。」

「本件配布②のうち、これらの表現を含む資料の配布行為については、原審原告の氏名が秘匿されていたとしても、原審原告がみれば自己に対する非難や攻撃であることはすぐに分かるのであり、原審被告らにおいて、そのことを知りながら 当該資料の配布を行うことは、たとえその一資料を配布する個別の行為のみを評価しても、原審原告の人格的利益を侵害するものとして、不法行為に当たると解される。」

原審被告らは原審原告と訴訟上対立する当事者という立場にあるが、同時に原審原告の使用者としての立場も有するのであり、原審被告らが、その優越的地位を利用して、原審原告の本件訴訟の提起及び追行を抑圧することが許されるわけではない。むしろ、職場環境の改善を求める労働者である従業員が使用者を訴える本件のような場合には、使用者側には、なおさら当該従業員が不必要に委縮することなく、裁判を受けることができるよう配慮する責任があるというべきである。

「したがって、本件配布②は、原審原告の職場において抑圧されることなく裁判を受けることができる利益(これもまた、原審原告の人格的利益の一つとして法的に保護される利益に当たると解される。)を侵害するものとして、不法行為に当たり、原審被告らはいずれも損害賠償義務を負う。

3.職場において抑圧されることなく裁判を受けることができる利益

 本件はかなり極端な事案ですが、裁判所が、

「職場において抑圧されることなく裁判を受けることができる利益」

を不法行為の被侵害利益になることを認めたことは重要な判断だと思います。

 これが被侵害利益になるのであれば、請求行為や訴訟提起に対する当てこすりを広く不法行為として捕捉できる可能性があります。例えば、

「会社に対して損害賠償を請求していることも、雇止めの判断に少なからず影響を与えたことを申し添えます」

などと権利行使を不利益に斟酌したことをほのめかすような行為も、慰謝料の発生原因として構成することができるかも知れません。

 本件ほど極端ではないにせよ、感情抑制が苦手なのか、当てこするような対応をしてくる使用者は一定数います。そうした当てこすりに対抗するため、本裁判例は活用できる可能性があります。