弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

民族的出自等に関わる差別的思想が放置されることがない職場において就労する人格的利益

1.増える外国人労働者

 外国人労働者は、近年、爆発的に増えています。

 厚生労働省の資料によると、平成20年(2008年)に486,398人であった外国人労働者は、年々増加の一途を辿り、令和4年(2022年)10月末日時点では、1,822,725 人を記録しています。

図表1-1-6 外国人労働者の推移|令和2年版厚生労働白書-令和時代の社会保障と働き方を考える-|厚生労働省

「外国人雇用状況」の届出状況まとめ(令和4年10月末現在)|厚生労働省

 これほどの数になると、外国人と日本の企業との間の労使紛争も目立ってくるようになります。

 昨日、ご紹介した大阪高判令3.11.18労働判例1281-58 フジ住宅ほか事件は、外国人に対する職場環境配慮義務との関係でも、重要な判断を示しています。個人的に特に重要だと思っているのが、民族的出自に関わる差別的思想が放置されることのない職場において就労する人格的利益の存在が承認されているところです。

2.フジ住宅ほか事件

 本件で被告(控訴人兼被控訴人)になったのは、分譲住宅、住宅流通、土地有効活用、賃貸・管理、注文住宅等の事業を営む株式会社と(被告会社)、その創業者でもある代表取締役会長です(被告A)。

 原告になったのは、被告会社に雇用されて働いていた韓国籍の方です。

中国、韓国、朝鮮民主主義人民共和国(中韓北朝鮮)の国籍を有する者を誹謗中傷する旨の得私事的見解が記載された資料を職場で配布されたこと、

教科書展示会に参したうえ、原審被告らが支持する教科書の採択を求めるアンケートの提出を余儀なくされたこと、

上記二つの措置を問題視して本件訴訟を提起したところ、訴訟提起を誹謗中傷する旨の従業員等の感想文等が職場で配布されて報復的非難を受けたこと、

等を理由に、子供の人格権や人格的利益が侵害されたとして、被告らに損害賠償等を請求しました。請求を一部認めた原審の判断に対し、原告、被告の双方が行使したのが本件です。

 この事件の裁判所は、損害賠償請求の可否を判断するにあたり、原告の被侵害利益と被告の職場環境配慮義務について、次のような判断を示しました。なお、控訴審でも原告の損害賠償請求は一部認められています。

(裁判所の判断)

「憲法14条は特に人種による差別を禁止しており、人種差別撤廃条約は、締約国に対し、あらゆる個人、集団又は団体による人種差別を禁止し、終了させるとともに、人種間の分断を強化するようないかなる動きも抑制する義務を課している(人種差別撤廃条約2条1項(d)(e))。当裁判所が原審被告らの不法行為の成否を判断する前提として、原審被告らが原審原告に対して負うべき職場環境に配慮する義務や、原審原告の法的に保護されるべき利益の内容を検討するに当たっても、憲法14条が特に人種による差別を禁止している趣旨や人種差別撤廃条約の国内的実施の観点を考慮しなければならないことは前記したところから明らかである。さらに、平成28年の差別的言動解消法の制定は、憲法制定後、人種差別撤廃条約の加入を経て、現在に至るまでも、なお我が国において本邦外出身者であることを理由とする私人間における不当な差別的言動が行われる土壌が存在しており、これを根絶しようとする国権の最高機関である国会の意思を示したものということができる。差別的な言動は差別的な思想に基づいて発せられるものであるところ、雇用関係において、労働者は、使用者の指揮監督下において労務を提供すべき義務があり、時間的及び場所的な拘束を受ける立場にある一方、使用者は、労働者らに対する指揮監督権や人事権を有し、優越的な地位にある(前記最高裁昭和48年12月12日大法廷判決参照)。使用者が職場において一定方向の内容の意見や思想が表明された資料を継続的にかつ大量に配布したときは、その資料の閲読が使用者により強制されているか否かにかかわらず、労働者らは、使用者において配布される資料の内容に異を唱えることをためらい、迎合することとなりがちであることは、容易に想定することができる。したがって、使用者が、一般に従業員に対し資料の配布その他の方法により働きかけを行うに当たっては、その働きかけの結果、職場において民族的出自等を異にする者に対する差別的思想を醸成し、人種間の分断を強化することがないよう慎重に配慮することが求められるのであり、特に、原審被告らのように、本件自虐史観を克服し、日本人が自国に誇りを持つということを目的として行う場合(前記のとおり、当該目的自体は不当なものではない。)、なおさら、少数派となる民族的出自等を異にする従業員の職場環境に配慮することが求められるというべきである。すなわち、原審被告らは、原審原告に対する関係で、民族的出自等に基づく差別的な言動が職場で行われることを禁止するだけでは足りず、そのような差別的な言動に至る源となる差別的思想が自らの行為又は他者の行為により職場で醸成され、人種間の分断が強化されることがないよう配慮する義務があるものと解するのが相当である。民族的出自等は個人の人格に関わる事柄であり、従業員である原審原告には、私法上、法的保護に値する利益として、自己の民族的出自等に関わる差別的思想を醸成する行為が行われていない職場又はそのような差別的思想が放置されることがない職場において就労する人格的利益(以下単に「本件利益」という。)がある。原審被告らの前記の義務は、このような原審原告の本件利益の存在を前提とし、これを保護するために使用者が負う義務であると解されるのであり、このように解することは、前記の憲法14条、人種差別撤廃条約及び差別的言動解消法の趣旨に合致するというべきである。したがって、原審被告らは、自ら職場において原審原告の民族的出自等に関わる差別的思想を醸成する行為をした場合はもちろん、現に職場において差別的思想が醸成されているのにもかかわらずこれを是正せず、放置した場合には、職場環境配慮義務に違反し、原審原告の本件利益を侵害したものとして、不法行為責任又は債務不履行責任を免れない。

3.差別禁止・差別解消に関する紛争は今後増えるのではないか

 本件は記述することも憚られる差別的な文言を含む文書が配布された特異な事案です。原審被告と同様の行為に及んでいる会社は、私の実務経験を通してみても、流石に見たことがありません。

 また、本件で原審原告になっているのは在日韓国人として昔からいた方であり、近時急激に流入している外国人労働者ではありません。

 しかし、外国人労働者の急増に伴い、今後、差別禁止・差別解消の問題は、遅かれ早かれ表面化してくるのではないかと思います。そうした時に、本件の裁判例が認めた被侵害利益や職場環境配慮義務の考え方は、参考にできる可能性があります。