弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

在職したまま訴訟提起した労働者に対し、使用者には萎縮することなく裁判を受けられるよう配慮する責任があるとされた例

1.在職したまま会社を訴えることの困難性

 残業代請求や、ハラスメントを理由とする損害賠償請求は、会社に在職したままでも行うことができます。話し合いで折り合えなければ、訴訟を提起することも可能です。

 しかし、実務上、法的措置は、会社を辞めてから行う例が多くみられます。在職したまま会社を訴えると、有形無形の嫌がらせを受けることが少なくないからです。この有形無形の嫌がらせは結構つらいものがあり、係争中に退職してしまう方もいます。

 裁判を受ける権利という観点から、訴訟の提起・追行を抑圧するような使用者側の対応を問題だと思っていたところ、近時公刊された判例集に、興味深い裁判例が掲載されていました。大阪高判令3.11.18労働判例ジャーナル119-1 フジ住宅事件です。

2.フジ住宅事件

 本件で被告となったのは、住宅分譲等の事業を営む株式会社です。

 原告になったのは、被告に雇用されていた韓国籍の従業員です。被告会社の代表取締役である被告Aから

① 韓国人等を誹謗中傷する旨の人種差別や民族差別を内容とする政治的見解が記載された資料が職場で大量に配布されてその閲読を余儀なくされた(本件配布〔1〕)、

② 都道府県教育委員会が開催する教科書展示会へ参加した上で被告らが支持する教科書の採択を求める旨のアンケートを提出することを余儀なくされた、

などと主張して、被告会社と被告Aに損害賠償を請求した事件です。

 本件で当初問題にされたのは、上記①、②の点だけでした。

 しかし、本件訴えを提起した後、被告会社は、原告の訴えの提起を誹謗中傷する旨の従業員の感想文を職場で配布しました(本件配布〔2〕)。原告は、訴訟提起後、こうした報復的非難を受けたことも、人格的利益を侵害する行為として追加で問題にしました。

 裁判所が被告の言動に違法性を認め、原告の請求を一部認容したところ、原告・被告の双方から控訴されたのが本件です。

 裁判所は、本件配布〔2〕が違法性を判断するにあたり、次のような判断を示しました。

(裁判所の判断)

「認定事実によれば、本件配布〔2〕は、前記・・・で判断したとおり、本件配布〔1〕及び本件勧奨が不法行為に当たり、原審原告がその救済を求めて本件訴訟を提起したにもかかわらず、原審被告会社の他の従業員が、本件訴訟の提起を強く批判し、その提訴者が原審被告会社で勤務を続けることを非難する意見を有していることや、原審被告らの周辺社会において本件訴訟を強く批判する意見があることを示す資料を、職場において、継続的かつ大量に配布する行為である。優越的地位にある原審被告らが、本件訴訟の提起を非難する他の従業員や第三者の意見を、原審原告のみならず社内の従業員に対して広く周知させることは、原審原告に対し職場における強い疎外感を与えて孤立化させるものであるとともに、本件訴訟による救済を抑圧するものということができる。」

「特に、本件文書〔2〕の中には、例えば、『腹が立って・殴り倒してやりたい気持ちです。(中略)クズと関わっても仕方ありませんし、ネタにされるだけです』(原判決別紙3の15番)、『この社員の方、盗人にも五分の理ですから、言い分もあるのでしょう。(中略)10年以上勤務した自身のプライドを含め、恩を仇で返す行為であり恥知らずという言葉以外にないと思います。』(原判決別紙3の56番)など、侮辱的文言や身体に対する攻撃を示す文言まで用いて、本件訴訟を提起し、又は追行すること自体を誹謗中傷する表現が含まれている。」

「本件配布〔2〕のうち、これらの表現を含む資料の配布行為については、原審原告の氏名が秘匿されていたとしても、原審原告がみれば自己に対する非難や攻撃であることはすぐに分かるのであり、原審被告らにおいて、そのことを知りながら当該資料の配布を行うことは、たとえその一資料を配布する個別の行為のみを評価しても、原審原告の人格的利益を侵害するものとして、不法行為に当たると解される。」

原審被告らは原審原告と訴訟上対立する当事者という立場にあるが、同時に原審原告の使用者としての立場も有するのであり、原審被告らが、その優越的地位を利用して、原審原告の本件訴訟の提起及び追行を抑圧することが許されるわけではない。むしろ、職場環境の改善を求める労働者である従業員が使用者を訴える本件のような場合には、使用者側には、なおさら当該従業員が不必要に委縮することなく、裁判を受けることができるよう配慮する責任があるというべきである。

「したがって、本件配布〔2〕は、原審原告の職場において抑圧されることなく裁判を受けることができる利益(これもまた、原審原告の人格的利益の一つとして法的に保護される利益に当たると解される。)を侵害するものとして、不法行為に当たり、原審被告らはいずれも損害賠償義務を負う。

3.従業員が萎縮せず裁判を受けることができるように配慮する責任

 上述のとおり、裁判所は、会社には訴訟提起した従業員が萎縮することなく裁判を受けられるよう配慮する責任があると判示しました。

 どこまでの嫌がらせを排除できるのか、その射程に不分明なところはありますが、本件は、在職中に会社を訴え、強い風当たりに晒されている方を勇気づける画期的な判断を示した裁判例として注目されます。