弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

日中手当は深夜割増賃金の算定基礎賃金になるのか?

1.時間帯毎に異なる時給

 「日中手当」として支給されていた賃金項目について、深夜割増賃金を計算するうえでの算定基礎賃金に含まれないという主張は、どのように扱われるのでしょうか?

 時間帯毎に異なる時給を定めることは、法律上、禁止されているわけではありません。厚生労働省が作成している資料にも、

時間帯ごとに時給が異なる場合は、時間外労働が発生した時間帯で決まっている賃金額をもとに割増賃金計算を行う必要があります」

といったように、時間帯毎の異なる賃金設定が適法であることを前提とする記載があります。

https://jsite.mhlw.go.jp/tokyo-roudoukyoku/content/contents/000501860.pdf

 日中手当が日中時間帯の時給であるとすれば、深夜割増賃金の算定基礎賃金には含まれないという理解も成り立ちそうです。

 しかし、労働基準法37条5項は、

「割増賃金の基礎となる賃金には、家族手当、通勤手当その他厚生労働省令で定める賃金は算入しない。」

と規定しています。そして、これを受けた労働基準法施行規則21条は、算定基礎賃金にならない賃金項目を、

一 別居手当

二 子女教育手当

三 住宅手当

四 臨時に支払われた賃金

五 一箇月を超える期間ごとに支払われる賃金

の五種類と規定しています。

 こうした法律の立て付けを見ると、日中手当は、除外賃金には該当しないため、算定基礎賃金に含まれるという理解も成り立ちそうです。

 このような問題状況の中、近時公刊された判例集に、日中手当の算定基礎賃金該当性を肯定した裁判例が掲載されていました。一昨日、昨日と紹介している、東京高判令5.10.19 労働判例1318-97 社会福祉法人幹福祉会事件です。

2.社会福祉法人幹福祉会事件

 本件は、いわゆる残業代(割増賃金)請求事件です。

 本件で被告(控訴人)になったのは、障害福祉サービス事業、移動支援事業等を行う社会福祉法人です。

 原告(被控訴人)になったのは、被告との間で雇用契約を締結し、居宅支援サービスの提供及び支援に必要な関連付業務に従事していた方です。

 1か月単位の変形労働時間制が無効であるなどと主張し、時間外勤務手当等(いわゆる残業代)を請求する訴えを提起しました。原審が原告の請求を認容したことを受け、被告側で控訴したのが本件です。

 本件では、変形労働時間制のほか、「日中手当」が深夜割増賃金の算定基礎賃金に含まれるのかどうかも争点になりました。

 被告における日中手当の位置づけは、次のとおりです。

「日中手当(平成31年3月以前の名称は業務手当)

平成31年3月以前の名称は業務手当であり、午前5時から午後10時までの時間帯に勤務する場合に、経験年数を元に算定して支給される。原告は、平成29年4月以降、時間当たり460円であった。

平成31年4月以降、名称が日中手当に変更され・・・、令和2年4月に日中手当は廃止され、基本給に編入された。」

 本件の被告は、

「日中手当は、午前5時から午後10時までの介助サービス業務に対し、基本給とは別に支給される時間手当であるから、時間外労働の割増賃金の算定基礎賃金となっても、深夜割増賃金の算定基礎賃金とはならない。」

「深夜帯における介助サービス業務については、法令に基づき深夜割増賃金が基本給とは別に支給される一方、日中の介助サービス業務については、相対的に負荷のかかる傾向にあったわりには深夜帯業務に支給される賃金に比較して安価となることなどの不均衡の是正を求めるケアスタッフの意見があり、被告は、こうした意見を考慮して日中手当を制定した。また、被告においては、深夜の介助サービスの派遣要請は全体の2割足らずであり、利用者のニーズの多い日中の時間帯の賃金に手当を支給して人材確保を図る必要があった。原告は、毎年賃金額及び労働諸条件が記載された労働条件通知書に自署押印してきたところ、日中手当が深夜労働の割増賃金の基礎とならないことについて異議を述べることもなかった。」

「このような日中手当導入の経緯、日中の時間帯の人材確保の必要性、被告において従業員の賃金水準は毎年度昇給し、相応の割増賃金の引き上げが行われてきたこと、原告は深夜労働のために採用されたわけでなく、深夜以外の労働を増やすことが可能であること等に照らすと、日中手当が深夜労働の割増賃金の基礎賃金とならないという解釈は、法令及び判例の趣旨に反するものとはいえない。」

などと主張しましたが、裁判所は、次のとおり述べて、被告の主張を排斥しました。

(裁判所の判断 高裁でも維持された原審判断)

「労基法37条所定の割増賃金の基礎となる賃金は、通常の労働時間又は労働日の賃金、すなわち通常の賃金であり、この通常の賃金は、当該法定時間外労働ないし深夜労働が、深夜ではない所定労働時間中に行われた場合に支払われるべき賃金と解されるところ(平成14年判決参照)、原告が深夜労働時間帯以外の時間(午前5時から午後10時)に労働をした場合、基本給、処遇改善手当に加えて日中手当が支払われることになるから、日中手当は通常の労働時間の賃金に含まれるというべきである。また、労基法37条5項、労基法施行規則21条の除外賃金の規定は、除外賃金とするものを限定列挙した規定であり(最高裁昭和63年(オ)第267号同63年7月14日第一小法廷判決参照)、日中手当は除外賃金にも該当しない。」

「よって、日中手当は深夜労働の割増賃金の算定基礎賃金に含まれる。」

「被告の主張は、労働が1日のうちのどのような時間帯に行われるかに着目して深夜労働に関し一定の規制を定めた労基法37条4項の趣旨に整合しないものであって、採用することができない。」

(裁判所の判断 高裁の判断)

「控訴人は、日中手当は日中の業務内容と介助者の負担の大きさに着目して付与することとしたものであるから、『通常の労働時間の賃金』には該当しない旨主張するが、割増賃金の算定基礎となる通常の賃金とは、当該深夜労働が、深夜ではない所定労働時間中に行われた場合に支払われるべき賃金と解されるところ、日中手当は、深夜労働時間帯以外の時間に労働をした場合に一律に支払われるものであり、通常の労働時間の賃金に含まれるというべきことは、引用する原判決第3の2のとおりである。日中の時間帯における人手が不足したため、日中手当を導入した経緯があったとしても、そのために日中手当を通常の賃金から除外することは、深夜労働に関し一定の規制を定めた労基法37条4項の趣旨に整合せず、許されない。」

3.除外賃金との関係で判断された

 以上のとおり、裁判所は、時間帯毎に時給が違うという枠組みではなく、除外賃金との関係で理解し、日中手当の算定基礎賃金該当性を肯定しました。

 似たような問題に直面した時に引用する先例として、裁判所の判断は、実務上参考になります。