弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

1か月単位変形労働時間制-個別合意は就業規則上のシフトパターンの欠如を補完するか?

1.1か月単位変形労働時間制

 労働基準法32条の2第1項は、

「使用者は、当該事業場に、労働者の過半数で組織する労働組合がある場合においてはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がない場合においては労働者の過半数を代表する者との書面による協定により、又は就業規則その他これに準ずるものにより、一箇月以内の一定の期間を平均し一週間当たりの労働時間が前条第一項の労働時間を超えない定めをしたときは、同条の規定にかかわらず、その定めにより、特定された週において同項の労働時間又は特定された日において同条第二項の労働時間を超えて、労働させることができる。」

と規定しています。

 これは、いわゆる1か月単位変形労働時間制の根拠条文です。

 労使協定によらずに1か月単位変形労働時間制を導入するには、「就業規則その他これに準ずるものにより・・・労働時間を・・・定め」ることが必要とされています。

 「その他これに準ずるもの」は「就業規則を作成する義務のない使用者についてのみ適用がある」と理解されています(昭22.9.13発基17号)。つまり、就業規則以外の方法で労働時間を特定することが許されるのは、常時10人未満の労働者しか使用していない小規模な使用者だけです(労働基準法89条柱書)。

 また、労働時間の特定は「各日、各週の労働時間を具体的に定めることを要し、・・・使用者が業務の都合によって任意に労働時間を変更するような制度はこれに該当しない」と理解されています(昭63.1.1基発1号、平9.3.15基発195号、平2.3.31基発168号)。

 そして、勤務ダイヤにより1か月単位変形労働時間制を採用する場合、

「就業規則において各直勤務の始業終業時刻、各直勤務の組み合わせの考え方、勤務割表の作成手続及びその周知方法を定めておき、それに従って各日ごとの勤務割は、変形期間の開始前までに具体的に特定することで足りる」

と理解されています。

 こうしたルールが定められてはいるのですが、シフト制を採用している会社を中心に、

シフトパターンを全て就業規則に規定することは現実的ではない、

というい主張が提示されることがあります。

 しかし、令和4年以降、

名古屋地判令4.10.26労働経済判例速報2506ー3 (控訴審)名古屋高判令5.6.22労働判例1317-48日本マクドナルド事件

東京地判令5.4.14労働判例ジャーナル146-50労働経済判例速報2549-24 (控訴審)東京高判令6.4.24労働判例1318-45 大成事件

大阪地判令5.12.25労働判例ジャーナル147-26 医療法人みどり会事件

といったように、

就業規則にないシフトパターン、勤務時間区分を用いた変形労働時間制の効力に関しては、消極に理解する裁判例が相次いでいます。

 昨日、こうした流れに沿った裁判例として、

東京地判令5.4.13労働判例1318-102 (控訴審)東京高判令5.10.19 労働判例1318-97 社会福祉法人幹福祉会事件を紹介しました。

 しかし、この社会福祉法人幹福祉会事件の判示で興味深いのは、シフトパターンの欠如との関係だけではありません。その他にも、幾つかの参考になる判断が示されています。その中の一つが、

個別同意は就業規則上のシフトパターンの欠如を補完する理由になるのか?

という問題への回答です。

2.社会福祉法人幹福祉会事件

 本件で被告(控訴人)になったのは、障害福祉サービス事業、移動支援事業等を行う社会福祉法人です。

 原告(被控訴人)になったのは、被告との間で雇用契約を締結し、居宅支援サービスの提供及び支援に必要な関連付業務に従事していた方です。

 1か月単位の変形労働時間制が無効であるなどと主張し、時間外勤務手当等(いわゆる残業代)を請求する訴えを提起しました。原審が原告の請求を認容したことを受け、被告側で控訴したのが本件です。

 変形労働時間制の効力との関係で言うと、被告の就業規則は、次のようになっていました。

・始業・終業の時刻(24条)

「始業時刻は月間スケジュールに定める各勤務日の最初の訪問先(利用者宅またはその外出先)の訪問時刻とし、終業時刻はその日の最後の訪問先(利用者宅またはその外出先など)の退出時刻とします。ただし、事業所または利用者の都合、移動時間その他やむを得ない事情により始業及び終業の時刻を繰り上げまたは繰り下げることがあります。」

 要するに、労働日毎の始業時刻や就業時刻の特定がなかったわけで、原審裁判所は、1か月単位変形労働時間制の効力を否定しました。

 これに対し、被告控訴人は、次のような主張を展開しました。

(控訴人の補充主張)

控訴人は、利用者に対し様々な生活スタイルに対応した時間帯の介助サービスを提供しており、介助を実施する多数の労働者との緻密な労働時間調整が必要となるため、これに応え得る人的・組織体制を整えた上で、個別の非常勤ケアスタッフの所定労働時間については、全ての非常勤ケアスタッフとの個別合意により決定し、毎月発行する『月間スケジュール』という形で確認している。スタッフの自己都合で事後的に変更することも可能で、控訴人の国立事業所がスタッフからの変更要請を拒否したことは一度もない。勤務のパターン化が極めて困難であることから、就業規則では具体的な始業時刻と終業時刻の定めや各直勤務の組み合わせ等についての記載はされていないが、月間スケジュールの作成による具体的な訪問時刻・退出時刻の記載により、所定労働時間を特定することが予定されている。」

「かかる事実関係においては、就業規則においても所定労働時間が特定されているというべきであり、通達上の基準(始業時刻と終業時刻の具体的な定め、各直勤務の組み合わせの考え方、勤務割の作成手続とその周知の方法が就業規則に記載されていること)も満たしている。労基法32条の2が変形労働時間制において就業規則により所定労働時間の特定を求めた趣旨は、労働時間の不規則な配分によって労働者の生活設計に与える不利益を最小限に抑えることにあるが、控訴人においては上記のとおり月間スケジュールの作成後に労働者の自己都合で変更可能であるから、かかる不利益は観念し得ず、同条の趣旨に反する事態にはならない。」

 しかし、控訴審裁判所は、次のとおり述べて、控訴人の主張を排斥し、原審の判断を維持しました。

(裁判所の判断)

「控訴人は、控訴人における非常勤ケアスタッフの就業時間は、各スタッフとの個別合意により決定しており、労働者の生活設計に与える不利益は生じないこと、勤務のパターン化が極めて困難であること等を挙げて、変形労働時間制の適用が認められるべきである旨主張する。」

「しかし、引用する原判決・・・のとおり、労基法32条の2第1項が所定労働時間の特定を求める趣旨は、変形労働時間制が労基法の定める原則的な労働時間制の時間配分の例外であって労働者の生活への負担が懸念されるため、労働時間の不規則な配分によって労働者の生活設計に与える不利益を最小限に抑えることにあることに照らすと、まずは就業規則において、月間スケジュールによる所定労働時間、始業・終業時刻の具体的な特定がどのようなものになる可能性があるか労働者の生活設計にとって予測が可能な程度の定めをする必要がある。ところが、控訴人の就業規則では月間スケジュールにより各就業日の勤務時間帯が定められるとするものであり、ケアスタッフにとっては前月25日までに月間スケジュールが交付されるまで労働時間が明らかではないから、労働者の生活設計の予測が可能とはいえず、その不利益は、月間スケジュールの作成後に個別に勤務時間を変更することによって解消されるというものではない。介助サービスの利用者の都合によって就業時間が変化する実情があるとしても、それは、時間外勤務として扱われるべきであって、就業規則に就業時間の特定がおよそないものに変形労働時間制の適用を認めることはできない。

3.控訴審判決は「個別合意」という言葉を使ってはいないが・・・

 控訴審裁判所は「個別合意」という言葉を使っているわけでも、個別合意の効力を議論しているわけでもありません。

 しかし、個別合意に関する控訴人の主張に対し、

「就業規則に就業時間の特定がおよそないものに変形労働時間制の適用を認めることはできない。」

という排斥の仕方をしている点は重要で、

就業規則において勤務パターン・シフトパターンの特定がなされていないケースでは、個別合意を論じるまでもなく、およそ変形労働時間制の適用が認められることはない、

と述べているようにも見えます。

 法的な瑕疵が個別合意(個別同意)によって埋まっている・補完されているという主張は、使用者側からしばしば出されるもので、典型パターンの一つといえます。

 本件は、1か月単位の変形労働時間制との関係で、使用者側から同様の主張が提示された場合に、これを排斥して行くにあたり、実務上参考になります。