1.配転命令権の濫用
配転命令権が権利濫用となる要件について、最高裁判例(最二小判昭61.7.14労働判例477-6 東亜ペイント事件)は、
「使用者は業務上の必要に応じ、その裁量により労働者の勤務場所を決定することができるものというべきであるが、転勤、特に転居を伴う転勤は、一般に、労働者の生活関係に少なからぬ影響を与えずにはおかないから、使用者の転勤命令権は無制約に行使することができるものではなく、これを濫用することの許されないことはいうまでもないところ、当該転勤命令につき業務上の必要性が存しない場合又は業務上の必要性が存する場合であつても、当該転勤命令が他の不当な動機・目的をもつてなされたものであるとき若しくは労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき等、特段の事情の存する場合でない限りは、当該転勤命令は権利の濫用になるものではないというべきである。右の業務上の必要性についても、当該転勤先への異動が余人をもつては容易に替え難いといつた高度の必要性に限定することは相当でなく、労働力の適正配置、業務の能率増進、労働者の能力開発、勤務意欲の高揚、業務運営の円滑化など企業の合理的運営に寄与する点が認められる限りは、業務上の必要性の存在を肯定すべきである。」
と判示しています。
つまり、労働者は、
① 業務上の必要性が認められない場合、
②-A 業務上の必要性があっても、不当な動機・目的をもってなされたものである場合、
②-B 業務上の必要性があっても、労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものである場合、
のいずれかの類型に該当する場合、法的に無効であるとして、使用者からの配転命令を拒むことができます。
これは配転命令が権利濫用無効になる場合の判断枠組みですが、配転命令権の不法行為該当性を議論するうえでも用いられています。
2.「要件」か「要素」か?
東亜ペイント事件が挙示している事項は、素直に読めば「要件」のように見えます。
しかし、近時、配転命令権の効力を議論するにあたり、各事項を「要素」として捉え、相関的に判断する裁判例が登場しています(第二東京弁護士会労働問題検討委員会編『労働事件ハンドブック』〔労働開発研究会、令和5年改訂版、令5〕225頁以下参照)。
「要素」として相関的に捉えるというのは、例えば、必要性が希薄であれば不利益性が若干弱くてもよいといったように、各事項を関連付けて考えることをいいます。こうした考え方を示す裁判例は、このブログでも折に触れて紹介してきました。
配転命令権の濫用-総合考慮の中で業務上の必要性が少ないことから不当な動機・目的が強く疑われるとされた例 - 弁護士 師子角允彬のブログ
このような状況のもと、近時公刊された判例集に、不法行為該当性を議論するうえでも、要素説的な考え方をした可能性のある裁判例が掲載されていました。ここ数日紹介させて頂いている、仙台高判令5.11.30 労働判例1318-71 足利セラミックラボラトリー事件です。
3.足利セラミックラボラトリー事件
本件で被告(被控訴人・附帯被控訴人)になったのは、歯の補綴物及び義歯の製作等を業とする株式会社です。
原告(控訴人)になったのは、平成29年3月に歯科技工士専門学校を卒業した方です。就職活動中に被告の求人票を見て、採用試験に応募し、採用内定を経て、平成29年4月1日付けで入社しました。
しかし、入社してみると、賃金が求人票の通り支給されず、これに異を唱えたところ、雇用条件を不利益に変更する内容の雇用契約書を作成するよう脅迫的な言動を受けたうえ、他の事業所への配転を命じられました。
このような経過のもと、未払基本給や残業代、違法な配転命令(本件配転命令1、2)等のパワーハラスメントを受けたことを理由とする損害賠償などを請求する訴えを提起したのが本件です。
この記事で注目したいのは、配転命令の不法行為該当性についての裁判所の判示です。原審と控訴審は、配転命令の不法行為該当性について、それぞれ次のとおり判示しました。
(原審)
「被告は、平成30年5月に本件事業譲渡を受けたことにより、それまで営業に特化していた仙台市において歯科技工物の製作が可能となったものであり、また、Dの取引先を事業譲渡によって引き継ぐことができれば、仙台市での歯科技工物の取引の増加が見込まれるのであるから、被告において、歯科技工士を仙台事業所に配置しようと考えることは、経営判断として合理的といえる。加えて、同年7月31日を紹介期限とする歯科技工士2名の募集に対して応募者が1名しか集まらなかったという状況を考慮すると、本件配転命令1の当時本社に在籍する歯科技工士のうち1名を仙台事業所に配転することは、従業員の適正配置という観点から採り得る方策の一つということができる。そして、原告が独身であり、香川県の出身で群馬県太田市内やその近隣に親族がいないことに照らすと、同市内に親族がいる者などと比較して原告が適任であるとする被告の主張は、相応の理由があるものということができる。以上の事情からすると、本件配転命令1については、これを行う業務上の必要性があったものと認めるのが相当である。」
「また、本件説明会の後も、同年8月に雇用契約書をめぐる対立・・・が生じるまでは、原告被告間に目立った対立があったということはできず、本件配転命令1が不当な動機・目的をもってされたものであることをうかがわせる事情があるということもできない。」
「原告は、実際には仙台事業所の人員は足りており、歯科技工士を配置する必要はなかったと主張するところ、確かに、平成30年9月当時、仙台事業所においては、歯科技工士の仕事量に対して歯科技工士の人数が多い状態にあったものであるが・・・、本件事業譲渡後の取引先の増加の程度の見込みが外れ、取引量の増加が見込めず、結果として歯科技工士の数に比して歯科技工士の仕事量が少なくなったとしても不自然ではないから、本件配転命令1の当時、仙台事業所に歯科技工士を配置する業務上の必要性がなかったということはできない。」
「また、原告は、本件配転命令1の当初から原告を営業部に配転させることが企図されていたなどと主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。原告は、家賃負担が増えるとか、香川県内の実家に帰省するのが不便になったなどとも主張するが、原告の主張を前提としても、本件配転命令1が原告に対して著しい不利益を負わせるものということはできない。」
「原告は、仙台事業所では原告の受け入れ態勢が整っていなかったなどとして、本件配転命令1につき業務上の必要性がなかったことが基礎付けられるとも主張するが、Aは、仙台事業所に口頭で原告の異動を伝えたと証言しているし、結果的に異動情報が仙台事業所に十分に伝わっていなかったとしても、これをもって本件配転命令1について業務上の必要性がなかったということはできない。」
※ 本件配転命令2については不法行為該当性を肯定、判示省略
(控訴審)
「上記認定事実によれば、被告は、平成30年5月に事業譲渡を受けたことにより、それまで営業に特化していた仙台市において歯科技工物の製作が可能となり、また、事業譲渡により仙台市での取引の増加が見込まれ、歯科技工士を仙台事業所に配置しようと考えたこと自体は、経営判断として不合理ではない。歯科技工士2名の募集に対して応募者が1名しか集まらなかったという状況を考慮すると、本社に在籍する歯科技工士のうち1名を仙台事業所に配転することは、従業員の適正配置という観点から採り得る方策の一つであったということができる。」
「しかし、元々仙台事業所は、Dから事業譲渡を受けたばかりの事業であるから、仕事が多くなったとしても本社に送ることにより十分に対応することができるような事業形態であって・・・、直ちに業務拡大に対処する必要が高かったとはいえないし、原告が仙台事業所に異動した直後に社長自ら原告に仕事を与えないよう指示した上、営業職に配置転換したという経過を考え合わせると、平成30年8月の時点で、原告を仙台営業所に異動させる高度の必要性があったと認めるのは困難である。そもそも原告は、平成29年4月に入社して1年半しか経験がない社員であり、そのような原告を仙台事業所の新体制づくりを担う人材として人選したとは到底考えられないのである。」
「原告が、求人票の記載と異なる基本給を支給する会社の不当な対応について同僚にも訴えて不満を述べる中で、仙台事業所への異動を命じ、その異動や異動の際の雇用条件の明示がないことに不服を述べた原告に対し、雇用契約がなくなるかのような脅迫的な言動をして実際の雇用契約の内容を不利益に変更することになりかねない内容の雇用契約書を作成するように社長自ら強要し、そのような社長の不当な要求を拒否した原告に仕事を与えないように命じた上で、直ちに営業職に配置転換した。このような事実経過からすれば、雇用条件を不利益に変更する内容の雇用契約書を作成させようとして社長が脅迫的な言動をした上、仕事をさせないよう指示したことが違法な権利侵害になるばかりでなく、仙台事業所への配置転換も営業職への配置転換も、会社の雇用条件に正当な不服を述べる原告を本社から排除した上、雇用条件を不利益に変更する内容の雇用契約書を作成させようとした社長の不当な要求を拒否するという正当な行為をしたことに不利益を課するという不当な動機・目的の下に、業務上の必要性もないのに行われたものと認めざるを得ず、労働者の配置の決定についての使用者の権利を濫用し、違法に原告の権利を侵害したものと認めるのが相当である。」
4.業務上の必要性が「ないとはいえない」程度では不法行為の成立を阻却しない
原審と控訴審とで「本件配転命令1」の不法行為該当性についての判断が分かれたのは、「業務上の必要性」の捉え方に理由があったのではないかと思います。
東亜ペイント事件は、
「当該転勤先への異動が余人をもつては容易に替え難いといつた高度の必要性に限定することは相当でなく、労働力の適正配置、業務の能率増進、労働者の能力開発、勤務意欲の高揚、業務運営の円滑化など企業の合理的運営に寄与する点が認められる限りは、業務上の必要性の存在を肯定すべき」
という考え方を示していました。
これに忠実に準拠し
「業務上の必要性がなかったということはできない」
として不法行為該当性を否定したのが原審で、
別段、高度の必要性があったわけではあるまいし、
一連の経過をみれば、不当な動機・目的のもとになされたものであるから、業務上の必要性も認められない、
と判断したのが控訴審だと言えるのではないかと思います。
読み方には議論の余地があるとは思いますが、控訴審は、不当な動機が強くうかがわれる場合には、「なかったということはできない」程度の必要性があったところで、配転命令権の行使の濫用性(不法行為該当性)が阻却されることはないといったように、東亜ペイント事件が挙示している各事項を相関的に捉えているように見えます。
これは労働者側にとって有利な考え方であり、高裁の判断は、配転の不法行為該当性を問題にするにあたり、実務上参考になります。