弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

長年に渡り慣行化していた不適切行為は、体制見直しやそれを踏まえた注意指導がなければ懲戒事由として扱うことは相当でないとされた例

1.長年に渡り慣行化していた不適切行為

 懲戒処分を受けた労働者の方から法律相談を受けていると、

長年に渡り行われてきたもので、特に不適切な行為とは思わなかった、

不適切だとは思っていたが、代々の担当者がずっと行ってきたことで、自分だけ処分されるのは納得できない、

などと処分に対する思いを口にされる方がいます。

 確かに、長年に渡って同じことをしてきたにもかかわらず、唐突にその人だけ処分されるというのは平等性の観点から疑義があります。

 こうした労働者側の主張に対する裁判所の姿勢は、大きく二つに分かれます。

 一つは、歴代の担当者も処分されるに値することをしてきたのであって、たまたま歴代の担当者が処分されてこなかったとしても、その人が処分を免れる理由にはならないと切って捨てる姿勢です。

 もう一つは、業務慣行に従っただけであるのだから、その人を処分するには、予め体制の変更や注意指導を行うなど、組織としての方向性を改めたことを宣明にしておく必要があるのではないかとする考え方です。

 近時公刊された判例集に、後者の考え方を示した裁判例が掲載されていました。函館地判令7.8.8労働判例ジャーナル164-8 社会福祉法人恵山恵愛会事件です。

2.社会福祉法人恵山恵愛会事件

 本件で被告になったのは、特別養護老人ホーム(本件施設)を運営している社会福祉法人です。

 原告になったのは看護師有資格者です。被告との間で労働契約を締結し、本件施設で看護業務等に従事することを仕事内容としていた方です。被告から懲戒解雇されたことを受け、その効力を争い、地位確認等を求める訴えを提起したのが本件です。

 被告は懲戒解雇事由として多数の事実を主張しています。その中の一つに「処方対象外の利用者に対する処方薬の転用や不適切な服薬時期、ハンマーでの薬の粉砕」がありました。

 この主張に対し、裁判所は、次のとおり述べて、懲戒事由として扱うことは相当ではないと判示しました。

(裁判所の判断)

・処方対象外の利用者に対する処方薬の転用や不適切な服薬時期、ハンマーでの薬の粉砕について

「これらの事実は当事者間に争いがないところ、まず、処方薬の転用について、処方薬は医師の指示に従って服用させるべきであるから、不適切な行為であったと認められる。」

「一方で、当該取扱いは、本件施設には、従来、常備配置薬として予め備え置かれるべき薬剤が備え置かれておらず、その代替として行われてきたもので、原告の上司であるDを含め、歴代の看護師の間でも行われてきたものである(証人D)から、本件施設の薬剤管理体制の見直しやそれを踏まえた注意指導を行うべきであり、それをすることなく原告に対する懲戒事由として扱うことは相当ではない。

「次に、本来の服用時間とは異なる服用時間での服用について、処方薬は医師の指示に従って服用させるべきであるところ、服用時間によっても薬効が変化することはありえるのだから、不適切な行為であったと評価するのが相当である。」

一方で、当該取扱いは、原告の上司であるDにおいても認識しながら、同人もこれを行い、本件施設の看護師の間で長年にわたって行われてきたというのである(証人D)から、まずは、本件施設の服薬介助に関する業務体制見直しや、それを踏まえた事前の注意指導を行うべきであり、それをすることなく原告に対する懲戒事由として扱うことは相当ではない。

「入所者に服用させるべき薬をハンマーを用いて床の上で砕いたことについて、薬の粉砕の手段としては不相当であるというべきであるが、原告がこのような行為をしていたのは、そのままの形では服薬がしづらい入所者の服薬介助の際に、薬の粉砕の必要があったが、机の上など他の場所では大きい音が出ることからこれを避けるため、やむを得ず床で粉砕を行ったとのことであり、粉砕する際は袋に入れたまま行っていたなど衛生面に対しても最低限の配慮をしていたものである(原告本人)から、上記の行為が懲戒事由に該当するとしても、その程度は重いものとはいえない。」

3.唐突な処分に対抗するために

 以上のとおり、裁判所は体制見直しや注意指導を行うことなく、慣行的に行われてきた不適切行為を懲戒事由として扱うことを否定しました。

 裁判所の判断は、長年の慣行に従っていただけであるのに唐突に処分された人が、その効力を争ってゆく場面で、実務上参考になります。