弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

懲戒解雇の不法行為該当性は否定されたものの、懲戒解雇の公示行為の不法行為該当性が肯定された例

1.解雇の不法行為該当性

 労働契約法上、解雇が違法・無効とされる場合でも、それが不法行為法上違法と言えるとは限りません。また、不法行為法上の違法性があるとしても、損害が認められない(バックペイの支払では足りないほどの精神的苦痛を生じさせたとは認められない)こともあります。そのため、違法・無効な解雇権の行使を受けても、それによって受けた精神的な苦痛の慰謝料まで請求できる場合は例外的です。

 それでは、このロジックと懲戒解雇の公示行為との関係性は、どのように捉えられるべきでしょうか?

 懲戒解雇に関しては、就業規則等で社内公示の対象とされていることが珍しくありません。違法・無効な懲戒解雇を受けた方としては、バックペイを受け取るだけでは足りず、名誉権侵害の慰謝料や名誉回復措置を求めたいところです。

 しかし、懲戒解雇権行使の不法行為該当性と、懲戒解雇後の公示行為の不法行為該当性が連動する関係にあるのであれば、公示行為を理由とする不法行為責任の追及も、解雇自体を理由とする不法行為責任の追及と同様、困難だと帰結されます。

 それでは、懲戒解雇権行使の不法行為該当性と、懲戒解雇後の公示行為の不法行為該当性とは、どのような関係に立つのでしょうか?

 この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。東京地判令6.5.30労働判例ジャーナル149-36 東和産業事件です。

2.東和産業事件

 本件で被告になったのは、冷暖房装置の製造販売等を目的とする株式会社です。

 原告になったのは、被告のc営業所で営業担当として勤務していた方です。日報の不提出等を理由として譴責処分を受けた後、更に過去の色々な行為を掘り返され、懲戒解雇されたことを受け、その無効を主張し、地位確認等を求める訴えを提起したのが本件です。

 本件では懲戒解雇が社内公示されたことから、懲戒解雇無効を理由とする地位確認・未払賃金(バックペイ)請求だけではなく、懲戒解雇自体による慰謝料請求や、公示行為(名誉毀損)を理由とする慰謝料請求まで行われていました。

 この事件の裁判所は、次のとおり、

懲戒解雇無効、地位確認請求認容、

懲戒解雇の不法行為該当性否定、

懲戒解雇の公示行為の不法行為該当性肯定、

という特徴的な判断を示しました。

(裁判所の判断)

・解雇処分の有効性

「前記・・・のとおり、原告は、被告が主張する本件事由1ないし本件事由13のうち、本件事由1、本件事由2、本件事由5、本件事由8及び本件事由10については、本件就業規則が定める懲戒事由に該当する非違行為を行ったことが認められる。このうち、本件事由1に係る非違行為については日報の重要性や不提出の期間などに鑑みると被告の企業秩序に与えた影響は小さいものとまではいえないものの、その余の原告の非違行為については、いずれも、本件全証拠を検討しても、被告の企業秩序に重大な影響を与えたとまでは認められず、それぞれ譴責処分を相当とする程度の比較的軽微な非違行為にとどまるものであるといえ、直ちに諭旨解雇又は懲戒解雇に処することを正当化し得るほどの重大性はない。また、被告が、原告に対し、原告の非違行為について十分な注意、指導を行っていたものとも認められない。そして、被告は、原告を本件譴責処分に処したわずか半年足らずの間に、減給や出勤停止といった他の軽い懲戒処分を講ずるなどしてその勤務態度の改善を図ることもなかったのである。被告が本件各解雇処分に至ったことは、被告の懲戒権の行使として拙速であったといわざるを得ない。」

「以上によれば、本件各解雇処分(※)は、客観的に合理的な理由があるとはいえず、社会通念上相当であるともいえない。」

「以上によれば、本件各解雇処分は、懲戒権又は解雇権の行使に当たり権利を濫用したものとして違法であり、無効といえる。このため、原告の地位確認請求は理由があり、本件各解雇処分により被告での労務を提供できなかった原告には本件各解雇処分後の未払賃金請求についても民法536条1項に基づき理由がある。」

※ 諭旨解雇⇒懲戒解雇という経過が辿られているため『本件各解雇』という言い方がされています。

・解雇処分の不法行為責任

「前記・・・に説示したとおり、本件各解雇処分は権利濫用の違法があるとはいえるものの、本件各解雇処分以前において被告が原告の非違行為に対して十分な調査や注意、指導を行うことができなかったことについては、原告が被告の指示に従わずにe所長やd次長に対して日報を提出しないなど、被告が原告の営業活動を十分に認識する機会を得ることができなかったことも一つの要因となっていたものというべきである。そして、本件全証拠を検討しても、被告が原告に本件各解雇処分をしたことについて、原告が被告に残業代を請求したことに対する報復的な意図、目的があったとまでは認めるに足りない。これらからすれば、本件各解雇処分が著しく相当性を欠き、原告に対する不法行為を構成するものということはできない。

以上によれば、被告が本件各解雇処分をしたことについて、被告に不法行為責任は成立しない。

・社内公示の名誉毀損該当性

「前記・・・の前提事実・・・に加え、証拠(被告代表者本人)及び弁論の全趣旨によれば、被告は、原告を本件諭旨解雇に処した令和3年5月18日から4日間程度、被告が原告を本件諭旨解雇に処したことについて、被懲戒者名、懲戒処分対象行為の項目、懲戒処分の種類、懲戒処分の本件就業規則上の根拠条項を、被告のデスクネッツ(被告社内のイントラネット)のインフォメーション欄に登載する方法で、公示したことが認められる。そして、本件諭旨解雇が無効であることは前記4のとおりであることからすると、被告による上記公示行為は、たとえ本件就業規則99条に基づき行われたものであるとしても、原告が諭旨解雇に処せられるべき非違行為を行った者であるとの真実に反する事実が被告の社内に公表され、原告の社会的評価を低下させたものといえるから、原告の名誉を毀損したものとして不法行為を構成するといわざるを得ない。かかる不法行為により生じた原告の精神的苦痛を慰藉するための慰謝料としては、公示方法が社内のみであり短期間の公示であったことなどの事情を考慮すれば、10万円をもって相当と認める。

「他方、上記公示行為に係る被告の不法行為については、原告が被った精神的損害の金銭的な賠償責任が認められることにより、その違法性が対外的にも明らかになり、原告の毀損された名誉は回復されるものということができる。したがって、原告の名誉回復処分として、謝罪広告の投稿を命ずる必要まではないというべきである。」

3.公示行為の不法行為該当性の追及は、解雇の不法行為該当性を議論するより楽

 懲戒解雇の不法行為該当性を否定しつつ、公示行為の不法行為該当性が肯定されたということは、解雇自体の不法行為法上の違法性と、公示行為の不法行為法上の違法性とを区別して考えていることを意味します(裁判所の言い方からすると、解雇自体の不法行為該当性を否定したのは、損害の不存在が原因ではないように思われます)。

 その背景には、おそらく、公示行為が懲戒解雇に必須のものではないという考え方があるのではないかと思います。会社としては懲戒解雇さえ行えば企業秩序は一定の回復が図られるのであり、余計なこと(公示行為)まで踏み込むのであれば、そこに対する責任は厳しくチェックするという意図が感じられます。

 名誉毀損で訴えられるリスクを高めるだけなのに、なぜ公示までやりたいのかは分かりませんが、懲戒権を行使した時に公示までやりたがる会社・公示にこだわる会社は少なくありません。こうした事案で解雇の効力を争うにあたっては、公示行為の違法性をセットで問題にして行くことが考えられます。