弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

客観証拠を伏せておいて、嘘をついた相手を非難する形で行われる解雇の効力

1.動かぬ証拠を伏せておく手法

 訴訟において、決定的な証拠を伏せておくという手法があります。

 例えば、不貞行為を理由に慰謝料を請求するにあたり、配偶者と不倫相手がホテルから出てくる場面を撮影した写真があったとします。

 交渉・訴訟の初期段階では、こうした証拠が手元にあることを伏せ、あたかも山勘で不貞を疑っているかのように見せかけて慰謝料を請求します。

 そうすると、高い確率で、相手方は、不貞行為の存在を否認してきます。

 その後、おもむろに写真を示し、相手方が嘘つきであることを分かりやすく示して行くという手法です。

 民事訴訟規則で訴訟提起にあたり重要な書証を添付することが義務付けられたり(民事訴訟規則53条2項参照)、心証形成に与える影響が疑問視されたりしている関係で、今では昔ほど用いられることはなくなりましたが、嵌らないように注意しなければならない古典的な手法の一つです。

 こうした手法は、不貞慰謝料を請求する事件に限りません。労働事件において使用者側が使ってくることもあります。

 例えば、労働者が非違行為に及んでいる場面を撮った録音・録画が存在しているにもかかわらず、素知らぬ体を装って、調査名目で非違行為の有無を労働者に照会するといったようにです。ここで知らぬ存ぜぬというと、録音・録画が取り出され、嘘をついたという非難のもと、懲戒などの不利益処分が行われます。

 しかし、冷静になって考えてみると、客観証拠が手元にある以上、嘘をつかれたところで使用者側に実害が生じるわけではありません。非違行為の存否は、本人がどのような供述をしようが、証拠によって十分に認めることができるからです。

 それでは、このように「嵌められた」(あるいは嵌まった)ことは、独立の懲戒事由となり得るのでしょうか? 懲戒解雇などの重い処分を行う理由になるのでしょうか?

 この問題を考えるうえで参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。東京地判令2.10.15労働判例1252-56 学校法人国士舘ほか事件です。

2.学校法人国士舘ほか事件

 本件は大学教授に対する懲戒解雇・降級処分の効力が問題になった事件です。

 被告になったのは、

7学部及び大学院10研究科を有する大学(本件大学)を設置・運営している学校法人(被告法人)、

本件大学の教授・学長(被告Y1)、

本件大学の教授・学部長(被告Y2)

の三名です。

 原告になったのは、教授職にある2名です(原告X2、原告X1)。

 問題になった解雇は、被告法人が、原告X2に対して行ったものです。

 本件において被告法人がX2の解雇理由にしたのは、

「平成28年12月19日、卒論研修(本件研修)の冒頭挨拶の際、本件研修に参加した4年生の学生28名の前で、

『①私なんかは、B先生は今回の件で学長に殺されたと思っています。そのぐらいひどい話なんですよ。いろんなことあると思いますけど、だけど、ちょっとひど過ぎると。』

『②Cゼミの4年生と3年生は学長に捨てられたんですよ。というしかないですよ。』

『③本来、学長がこういう形で学生さんのカリキュラムや単位のことに口を出しちゃいけないんですけど、だけども、こういう形になった。しかもあんまり文学部は、というか、もちろん東洋史も捨てるかもしれません。』

『④1月から、学長に楯突く者についてということで、懲罰委員会ができるそうです。理由なく学長に楯突いたら懲罰する。何なんですか、これ。というようなところで今、Aはおかしなことを言ってます。』

『⑤帰られたら、お父さん、お母さんにもそういうことがあると言ってくださって結構です。まあ、そういうのがある中で、それはそれでまた今日の発表が終わってから、いろいろ、何なんだいということでご相談あるようだったら、またそれはそれでご説明します、父兄と。』」

と発言したことや(解雇理由①)、

平成29年3月3日、被告Y1から、学生への挨拶の中で学長を誹謗中傷するような話をした事実はないかと問われたのに対し、ありません旨虚偽の事実を述べた。また、原告X2は、同月10日、被告法人の理事会の委嘱に基づき理事らにより行われた聴聞会において、発言①~⑤のほとんどを取り上げてその有無を確認されたのに対し、そのような発言はしていないと虚偽の陳述をした

こと(解雇理由②)等でした。

 原告X2は解雇理由②について、

「録音データを示すことなく、3箇月近く前の発言について、発言の一部を切り取って確認を求める行為は、懲戒処分を目的として、原告X2の否定の回答を引き出そうとする工作であり、原告X2の回答は、懲戒事由に該当する非違行為とはいえない。また、被告法人は、発言①~⑤について録音データを保有していたのであるから、原告X2の回答によって、被告法人の調査は何らの影響も受けず、業務妨害の結果は生じない。」

と反論しました。

 裁判所は、次のとおり述べて、懲戒事由への該当性自体は認めたものの、解雇理由②で重い処分を行うことは否定しました。

(裁判所の判断)

「発言①~⑤は、本件研修という特別な行事の際に行われたもので、発言内容は刺激的であったから、比較的記憶に留まりやすい出来事であり、約3箇月前の出来事といえども、原告X2が失念するとはいえないから、少なくとも、発言①~⑤の具体的な内容について問われて否定した平成29年3月10日の聴聞会においては、原告X2は、発言①~⑤を行ったことを認識していたにもかかわらず、故意にこれを否定し、もって虚偽の陳述をしたと認められる。」

「したがって、これは、本件大学の教員規則2条3号及び20条に該当するといえる。」

「原告X2は、録音データを示すことなく、3箇月近く前の発言について、発言の一部を切り取って確認を求める行為は、懲戒処分を目的として原告X2の否定の回答を引き出そうとする工作であって、懲戒事由に当たらない旨主張するが、どのような意図の質問であったとしても、自己の記憶に反する回答をすることは、教員規則2条3号及び20条に該当するというほかはなく、採用できない。また、被告法人が発言①~⑤について録音データを保有していたとしても、虚偽の回答をすることが許されるわけではなく、結論を左右しない。」

(中略)

「解雇理由①の発言①~⑤は、学生に不信感・不安感を与える内容であったものの、本件研修に参加した28名の学生の面前という限定された場面での発言であり、伝播性は低く、被告法人の一般的な信用を毀損するおそれは小さい。解雇理由②も、被告法人は既に発言①~⑤の録音のデータを入手していたことから、被告法人の業務に支障をきたすものではない。したがって、いずれも、規律違反は重大であるとまではいえない。このことに、原告X2が過去に懲戒処分を受けたことがないこと(弁論の全趣旨)を考慮すれば、解雇理由①②によって原告X2を解雇とすることは、重きに失し、社会的相当性を欠くものと言わざるを得ない。

「したがって、本件解雇は権利の濫用に当たり、無効である。本件解雇が普通解雇の意思表示を兼ねるとしても、社会通念上相当であると認められず、権利の濫用に当たり、無効である。」

3.嵌まっても大したダメージにはならない?

 一見して虚偽の主張をすることは、インパクトが大きいため、そのリスクが過大に評価される傾向にあります。しかし、判決でも指摘されているとおり、客観証拠が既に確保されている事案においては、虚偽主張がされたとしても、法人業務に支障が生じることは殆ど考えられません。さほどの実害が観念できないのに懲戒解雇を行うことは、やはり難しいように思われます。

 嵌められた/嵌まったとしても、それだけで訴訟の帰趨が決まるわけではないので、過度に悲観的にならないことが重要です。