弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

アカデミックハラスメントによる懲戒処分(教授⇒専任講師・准教授への降格・降等級)が無効とされた例

1.アカデミックハラスメント

 大学等の養育・研究の場で生じるハラスメントを、アカデミックハラスメント(アカハラ)といいます。

 セクシュアルハラスメント、マタニティハラスメント、パワーハラスメントとは異なり、アカデミックハラスメントは、法令上の概念ではありません。各大学が独自に定義を定め、その抑止に努めています。

 アカデミックハラスメントは、多くの場合、懲戒事由にも該当します。しかし、セクシュアルハラスメント、マタニティハラスメント、パワーハラスメントが、それに該当したからといって必ずしも懲戒処分の対象になるわけではないのと同様、アカデミックハラスメントも、該当する行為が認められたからといって、必ずしも懲戒処分の対象になるわけではありません。「当該懲戒が、当該懲戒に係る労働者の行為の性質及び態様その他の事情に照らして、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合」、懲戒処分が効力を有することはありません(労働契約法15条参照)。

 近時公刊された判例集にも、ハラスメントの事実が認定されながらも、懲戒処分の効力が否定された裁判例が掲載されていました。昨日もご紹介した、東京地判令2.10.15労働判例1252-56 学校法人国士舘ほか事件です。

2.学校法人国士舘ほか事件

 本件は大学教授に対する懲戒解雇・降級処分の効力が問題になった事件です。

 被告になったのは、

7学部及び大学院10研究科を有する大学(本件大学)を設置・運営している学校法人(被告法人)、

本件大学の教授・学長(被告Y1)、

本件大学の教授・学部長(被告Y2)

の三名です。

 原告になったのは、教授職にある2名です(原告X2、原告X1)。

 ハラスメントとの関係で問題になったのは、原告X1に対する懲戒処分です。原告X1は、留年していたI学生にハラスメントを行ったことなどを理由として、主位的に専任講師に降等級する懲戒処分を、予備的に准教授に降等級する懲戒処分を受けました。

 これに対し、原告X1は、懲戒処分の効力を争い、教授としての労働契約上の地位にあることの確認等を求める訴えを提起しました。

 裁判所は、次のとおり述べて、懲戒事由への該当性を認めたものの、懲戒処分(降等級)の効力は否定しました。

(裁判所の判断)

「I学生の証言は、原告X1が、平成27年度の指導の際、I学生に対し、『あなたの人生は終わっている。』『あなたのお先は真っ暗だ。』『あなたは奴隷と一緒である。』旨発言した事実、原告X1の研究室の隣の部屋で下級生がいる状況で、下級生にお願いして卒論の書き方を聞いてくるよう発言した事実、I学生がアルバイトを続けていることに関し、『小金を稼いで遊んでいるに違いない。』旨発言した事実について、いずれもこれを信用することができ、これらを事実として認定することができる。」

(中略)

前記・・・の原告X1の言動は、いずれも学生の人格を否定し、不必要な屈辱を与える発言であり、指導の範囲を逸脱している。また、アルバイトに関する発言も、勉学にもっと時間を割くよう指導するといった内容ではなく、遊んでいると決めつけて屈辱を与えるものであるから、指導の範囲を逸脱した発言といえる。

「以上によれば、原告X1のI学生に対する発言は、人格を否定し、指導の範囲を逸脱しているもので、教員規則2条3号に違反し、20条の懲戒事由に該当する。」

(中略)

前記・・・の原告X1のI学生に対する言動はいずれも不適切であり、I学生に与えた精神的苦痛は大きいと認められるが、I学生にも、授業日変更の連絡や予習の程度や報告会欠席などに関し、指導を要する行動があったと認められ・・・、原告X1の前記言動と、I学生の再度の留年との因果関係も必ずしも明らかとはいえない。また、留年した特定の学生に対する指導において不適切な発言があったということはいえるが、そのことから直ちに、原告X1の指導全般に問題があったとまでは認められない。これらのことに加え、指導を要する行動を取る学生に対する指導方法については改善の機会が与えられるべきであること、原告X1にはこれまで懲戒処分歴はないこと(弁論の全趣旨)に照らせば、教授の地位を剥奪して専任講師又は准教授とするのは、重きに失するというべきである。

したがって、本件降等級処分は、主位的な講師への降等級及び予備的な准教授への降等級のいずれについても、社会通念上相当性を欠き、無効である。

3.教授からの降格(降等級)無効例

 大学教授についていうと、解雇の効力を争う裁判例は比較的数がありますが、准教授や講師への降格(降等級)処分の効力を争う公表裁判例は、必ずしも多くはないように思われます。

 今後、アカデミックハラスメントに関する意識の高まりとともに、解雇までは振り切れない軽度~中等度の摘発例が増えて行くことが予想されます。そうした状況下において、本件は降格(降等級)の効力を争えるかどうかを判断するにあたっての目安として参考になります。