弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

アカデミックハラスメントの再発防止は、どこまでの措置を正当化するのか?

1.アカデミックハラスメントと大学教授の就労請求権の衝突

 一般論として、使用者には、ハラスメントを行った労働者を一定の仕事から外すことが認められています。配転命令権の濫用であるといえる場合や、「人間関係からの切り離し」「過小な要求」などのパワーハラスメントに該当する場合を除き、労働者は使用者の業務命令を拒むことはできません。これは、一般の労働者にとって、就労は飽くまでも義務であり、権利性までは認められないと理解されているからです。

 しかし、一般の労働者とは異なり、大学教授には、研究活動を行ったり、学生に対する講義・指導を行ったりすることについて、権利性が認められています(第二東京弁護士会 労働問題検討委員会『2018年 労働事件ハンドブック』〔労働開発研究会、第1版、平30〕9-10頁参照)。

 それでは、アカデミックハラスメント(大学等の教育・研究の場で生じるハラスメント)を行った大学教授に対し、再発防止の観点から業務に制限を課すことは許されるのでしょうか? 許されるとして、その限界はどこに引かれるのでしょうか?

 昨日ご紹介した、佐賀地判令3.12.17労働判例ジャーナル122-34 国立大学法人佐賀大学事件は、この問題についても、参考になる判断を示しています。

2.国立大学法人佐賀大学事件

 本件で被告になったのは、佐賀大学を設置、運営している国立大学法人です。

 原告になったのは、被告の教育学部准教授の地位に在った方です。

 女子学生に対するメールの送信行為等がハラスメント行為にあたるとして、被告は原告を6か月の停職処分にしました。

 また、復職後も、原告に対し、

授業の停止やハラスメント講習会等の参加を義務付けたり(職務上の措置〔1〕)、

予定されていた海外渡航を停止したり(本件渡航停止)、

する措置を行いました。

 本件では、このような措置が、原告の学問の自由を侵害するのではないのかが問題になりました。

 この論点について、裁判所は、次のとおり述べて、授業の停止を適法だとする一方、海外渡航の停止は違法だと判示しました。

(裁判所の判断)

・職務上の措置〔1〕について

「使用者である被告大学は、雇用する教員(原告を含む。)に対し、大学の管理運営上、必要な事項について、人事権、業務命令権の行使として職務上の命令を発する権限を有し、その行使に当たっては、大学の研究、教育方針、講義を担当する教員の専門性や能力、施設の状況等を踏まえた合理的な裁量判断によることが認められると解するのが相当である。被告大学が、職務措置規程2条1号に『懲戒処分終了後に措置を講ずる必要があるとき』に措置を講ずるものとすると定め、これを根拠に職務上の措置〔1〕を講じていることからすれば、職務上の措置〔1〕は、被告大学の前記合理的な裁量判断を前提とする人事権の行使と捉えることができる。」

「もっとも、大学教員が授業を担当して学生に教授したり、研究室において指導したりすることは、自らの研究成果を発表し、学生等との意見交換等によって学問研究を深め、発展させることを意味し、大学教員の権利としての側面を有することは否定できない。そうすると、職務上の措置とはいえ、これらの行為を制限するためには、これを正当とするに足る合理的理由が必要であり、このような合理的理由が認められない場合には、当該職務上の措置は、人事権の濫用として無効となるというべきである。

「原告は、別件学生に対する行為と本件メール送信行為の2度にわたり、女子学生に対するセクハラ行為に及んでいる・・・。これらの行為は、いずれも原告の女子学生に対する恋愛感情を発端にしたものである。」

「原告は、別件停職処分に先立つ調査において、別件学生に対する行為がセクハラであることを認めず、本件停職処分に先立つ調査においても、本件メール送信行為がセクハラに当たることを認めないばかりか、原告は当時30歳の韓国人女性に結婚を迫っていた旨、本件メール送信行為は恋愛感情によるものではない旨、本件侮辱発言は合同結婚式への真正な批判であった旨を述べるなどした・・・。このように、原告は、自らの行為がセクハラであること及びその行為に至るまでの機序を自覚していない状況であるから、原告が学生(公開講座の受講生を含む。以下同じ。)に対する授業を担当すれば、再びセクハラ等のハラスメント行為が行われる危険性があるといわざるを得ない。そして、別件停職処分の原因となった行為及び別件訴訟については、広く報道されており・・・、再び原告についてハラスメント行為が発生した場合、これが報道などされることによって被告に生じ得る不利益は相当に大きいと考えられる。」

「これらの事情を考慮すれば、原告のハラスメント行為の再発を防止し、被告大学の学生に対する適正な教育環境を守るためには、一定期間、原告の教育活動を停止するとともに、原告に対してハラスメントに関する是正措置をとる必要があると認められる。そうすると、被告大学学長が、職務上の措置〔1〕として、6か月間、原告の教育活動の停止及びハラスメント講習会の参加等を義務づける措置を講ずることには合理的な理由があると認められる。

「よって、職務上の措置〔1〕は有効であるから、不法行為は成立しない。」

・本件渡航停止について

「本件渡航停止にかかる原告の海外渡航は研究活動を目的としたものであり・・・、学生に対する教育活動は予定されていなかった。」

「しかし、被告は、原告の海外渡航は職務上の措置〔1〕で停止を義務づけられた行為の一つであり、本件渡航停止は職務上の措置〔1〕の一環として合理的な理由がある旨主張する。これについて検討する。」

「職務上の措置〔1〕では、原告に停止を義務づける事項として『期間中の授業及び研究指導、学生指導及び相談、公開講座講師及び学外非常勤講師を含めた対外活動』と定められた・・・。文面上、教育的な性質を含まない研究活動についても停止を義務づけたものと解することは困難である上、前記・・・のとおり、職務上の措置〔1〕が、主として学生に対するハラスメント行為再発の危険性があるために講じられた措置であることからすれば、職務上の措置〔1〕は、対外的なものを含め、学生等に対する教育活動について停止を義務づけるものと解するのが相当である。」

「これに対し、本件渡航停止にかかる原告の海外渡航は、学生等に対する教育活動を予定しないものであるから、職務上の措置〔1〕を根拠に、これを停止することはできない。また、その他に本件渡航停止を正当とするに足る合理的な理由は認められない。

「以上より、被告による本件渡航停止は、原告の研究活動を過度に制約するものであり、違法と評価される。この被告の行為は、国家賠償法1条1項の『公権力の行使』に当たり、かつ、被告には、本件渡航停止について少なくとも過失が認められるから、被告は、これによって原告に生じた損害について、同条項に基づく損害賠償責任を負う。

3.当然のことながら過剰な措置は正当化されない

 本件は学生に対するハラスメントが問題になったこともあり、教育活動の停止は正当化されました。しかし、教育活動とは関係ない海外渡航の禁止までは許されないと判示されました。

 ハラスメントに対する社会的な意識の高まりを受けて、近時、大学ではアカデミックハラスメントに厳しい対応をとるようになっています。これと共に、就労請求権の存在を考慮せず、過剰な措置を課するケースも増えているように思われます。

 当然のことながら、非があったからといって、どのような措置をとられても甘受しなければならないわけではありません。大学には自治権がありますが、過剰な措置は司法的に是正を図ることが可能です。

 過酷だと思った時には、争える余地がないのかを弁護士に相談してみると良いのではないかと思います。