弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

大学教授の授業担当外しが違法とされた例

1.大学教授の特殊性

 一般論として、労働者には特定の仕事をさせるように請求する権利(就労請求権)までが認められているわけではありません(東京高決昭33.8.2判例タイムズ83-74参照)。

 しかし、これには幾つかの例外があります。その一つが大学教授です。大学教授には就労請求権が認められる傾向にあります(第二東京弁護士会労働問題検討委員会『2018年 労働事件ハンドブック』〔労働開発研究会、第1版、平30〕10頁参照)。

 この就労請求権との関係で、授業担当をすることの権利性が問題になった裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。昨日、一昨日とご紹介させて頂いている東京地判令2.10.15労働判例1252-56 学校法人国士舘ほか事件です。

2.学校法人国士舘ほか事件

 本件は大学教授に対する懲戒解雇・降級処分の効力が問題になった事件です。

 被告になったのは、

7学部及び大学院10研究科を有する大学(本件大学)を設置・運営している学校法人(被告法人)、

本件大学の教授・学長(被告Y1)、

本件大学の教授・学部長(被告Y2)

の三名です。

 原告になったのは、教授職にある2名です(原告X2、原告X1)。

 授業担当を外されたのは、原告X1です。

 原告X1は、被告から、

経理規程等への違反(処分理由①)、

原告X2の聴聞会における虚偽陳述(処分理由②)、

成績評価に関する権限逸脱(処分理由③)、

学生に対するハラスメント(処分理由④)

を理由に、平成29年度、平成30年度、令和元年度の授業担当を外されました(ただし、平成29年度の授業担当外しは処分理由①~③が理由)。

 これに対し、原告X1は、授業担当には合理性、正当性がないとして、被告法人らに対し、超コマ手当(5コマ以上の授業を担当する場合に支給される手当)や慰謝料を請求する訴えを提起しました。

 被告らは、

「大学教員が授業を担当することは、労働契約上の義務であって、権利としての性格はないから、教員には個別具体的な特定の授業を行うことを求める権利はない。」

などと原告X1の主張を争いました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、原告の請求を認めました。

(裁判所の判断)

・超コマ手当の請求について

「学校教育法は、学長は校務をつかさどり(92条3項)、教授会は、教育研究に関する重要な事項で、教授会の意見を聴くことが必要なものとして学長が定めるものについて、意見を述べるものと定める(93条3項)。そして、本件大学の学則は、学校教育法の前記規定と同旨の定めを置き・・・、本件大学の学長は、要綱において『教育課程の編成に関する事項』を教授会の意見を聴くことが必要なものとして定めている・・・。」

「したがって、本件大学においては、学長が教育課程の編成について決定する権限を有し、授業担当の決定もこれに含まれるから、学長が授業担当を決定する権限を有すると認められる。」

「もっとも、大学は、学術の中心として広く知識を授け、深く専門の学芸を教授研究し、知的道徳的及び応用的能力を展開するため教育研究を行い、その成果を広く社会に提供するのが目的であり(教育基本法7条、学校教育法83条)、大学の専任教員にとって、授業を担当することは、広く知識を授け、深く専門の学問を教授研究するために不可欠であるといえるから、大学の専任教員にとっての授業担当は、労働契約上の義務にとどまらず、権利でもあると解するのが相当である。

したがって、学長が、教育課程の編成を決定するに際し、大学の専任教員の授業担当の権利を制限するためには、これを正当とするだけの合理的理由が必要であり、このような合理的理由が認められない場合には、当該授業担当の権利の制限は、権利濫用として無効となるというべきである。

「前記・・・のとおり、大学の専任教員が学生に教授することは、義務であるとともに権利でもあると解されるが、具体的にどの授業をどの教員が担当するかは、教育課程(カリキュラム)編成の決定によって初めて定まることからすれば、大学教員が特定の授業を担当する具体的権利は、教育課程の編成が決定して初めて発生するというべきである。」

「平成29年度は、原告X1が別紙2「授業目録」の6.5コマの授業を担当することが決定していたから・・・、原告X1は、平成29年度に当該授業を担当する具体的権利を有していたと認められる。一方、平成30年度以降については、原告X1が授業を担当する旨の教育課程の編成は決定していないから、原告X1が授業を担当する具体的権利は発生していない。したがって、平成30年度以降の授業担当外しが無効であるか否かにかかわらず、同年度以降の超コマ手当の支払を請求することはできない。」

「以下、平成29年度の授業担当外しの有効性について検討する。」

被告法人は、処分理由①~③を理由として、平成29年度授業担当外しをした旨主張するが、処分理由①~③が、事実として認められず、教員規則20条の懲戒事由にならないことは、前記5で判断したとおりである。したがって、平成29年度授業担当外しには、合理的理由はなく、原告X1の大学教員としての授業担当の権利を不当に制約するものであり、権利の濫用として無効である。

「以上によれば、原告X1は、被告法人に対し、平成29年5月から平成30年3月までの超コマ手当として月額8000円の支払請求権を有する。他方、同年4月以降の超コマ手当の支払請求権は認められない。」

・不法行為(慰謝料の発生原因)の成立について

平成29年度授業担当外しは、合理的理由はなく、原告X1の大学教員として授業する権利を不当に制約するものであるから、不法行為上も違法であり、このような措置をとったことにつき過失もあると認められ、不法行為が成立する。

平成30年度から令和2年度までの授業担当外しについては、処分理由④につき、前記・・・のとおり一部の懲戒事由が認められるものの、その事実は、前記・・・のとおり、留年した特定の学生に対する卒論指導において、人格否定的な不適切な言動があったということであり、対象となった学生に与えた精神的苦痛は大きいものであるが、対象となった学生においても指導を要する行動があったものであり、原告X1の学生に対する指導一般に問題があったとまでは直ちにいえないこと、学生に対する指導方法については改善の機会を与えることが相当であり、全ての授業担当から外す必要はないことからすれば、大学の教員として授業を担当する権利の過度な制約であって、合理的理由があったとは認められない。学長としてこのような判断を行ったことは、不法行為上も違法なものであり、過度な制約を選択したことについて過失もあると認められ、不法行為が成立する。

3.授業担当外しの相談

 その地位の特殊性について過去何度か記事を書いてきたこともあり、大学教員の方から法律相談の申込みを受けることは少なくありません。

 そうした個人的経験の範疇で言うと、不正行為やハラスメントの疑惑をかけられて授業担当を外されたという相談は、定期的に寄せられています。大学当局による一方的な授業担当外しに理不尽さを感じている大学教員の方は、少なくないのではないかと推測しています。

 具体的権利性が認められるかどうかには議論がありますが、合理的理由のない授業担当外しは、損害賠償請求等の形をとって法的に争うことが可能です。授業担当を外されたことに納得のできない方は、裁判所で争うことを検討してみてもいいのではないかと思います。