1.学生からの授業評価アンケート
大学生の時、単位の認定が厳しいことで評判の教授がいました。難解な法律科目を難しい言葉で話すうえ、単位認定も厳しいということで、学生からの評判が頗る悪かったことを記憶しています。
しかし、法解釈学に関していうと、難解なものを正確に話そうと思えば、どう頑張っても難解な表現にしかなりません。私にとって当該教授の授業は学問的な緻密さを追求したもので、知的な意味で面白いものだったのですが、周囲からは蛇蝎のように嫌われていて、学生からの授業評価アンケートも悪く、大変気の毒に思いました。
これはもう20年近く前のことですが、近時公刊された判例集に、学生からの授業アンケートの評価結果が悪かったとして大学教員を雇止めにすることができるのかが争われた裁判例が掲載されていました。京都地判令5.5.19労働判例ジャーナル139-28学校法人玉手山学園事件です。
2.学校法人玉手川学園事件
本件で被告になったのは、関西福祉科学大学(本件大学)等を運営する学校法人です。
原告になったのは、平成28年4月に被告との間で期間1年の有期労働契約を締結し、非常勤講師として働いていた方です。「英語コミュニケーション〈1〉ないし〈4〉」と科目を担当し、授業をしていたほか、試験や成績評価も行っていました。
原告と被告との間の労働契約は、平成29年4月、平成30年4月、平成31年4月、令和2年4月と4回に渡って更新されてきました。
しかし、
原告が担当した科目の不合格率が著しく高い、
授業アンケート(本件アンケート)の評価結果が他の教員に比べて悪い、
などとして、雇止めを受けました。
これに対し、このような雇止めは違法無効ではないかとして、原告が被告を相手取り、地位確認等を求める訴えを提起したのが本件です。
本件では他にも興味深い判断が幾つも示されているのですが、授業アンケート評価結果が悪いことを理由とする雇止めに関しては、次のとおり述べて、これを消極に理解しました。結論としても、裁判所は、雇止めは無効だと判示しています。
(裁判所の判断)
・本件アンケートの評価結果について
「被告は、本件雇止めの理由として、本件アンケートのうち教員評価の設問についての原告に対する評価結果が、いずれの項目においても、原告を除く他の教員と比べて大きく下回っていること、本件アンケートの原告に対する評価結果が、令和元年度春・秋学期と令和2年度春学期を比べた場合に、いずれの項目についても大きく悪化していることを挙げる。」
「しかしながら、本件アンケートの評価結果は、そもそも、どこまで学生の真摯な意見が反映されているのかという点や、それにより教員の指導能力や勤務態度の良し悪しを判定することができるのかという点が、それらを担保する仕組みが設けられていないこともあって、必ずしも明らかでないことを指摘せざるを得ない。」
「また、別紙2の上の表によれば、本件アンケートのうち教員評価の設問についての原告に対する評価結果が、いずれの項目においても、原告を除く他の教員と比べて0.43ポイントから0.96ポイント下回っていることは認められるものの、全ての項目について『大きく』下回っているとまでいうことはできず、また、原告に対する評価結果だけを見れば、全ての項目について中間の評価である3ポイント・・・は超えているのであるから、これをもって、原告に対して不利益な評価をすることの妥当性も疑問である。」
「さらに、別紙2の下の表によれば、令和2年度春学期における本件アンケートの原告に対する評価結果が、いずれの項目ついても、令和元年度春・秋学期と比べて0.35ポイントから0.62ポイント悪化していることは認められるものの、全ての項目について『大きく』悪化しているとまでいうことはできず、また、令和2年度春学期における原告に対する評価結果だけをみれば、1つの項目を除いて、中間の評価である3ポイント・・・は超えているのであるから、これをもって、原告に対して不利益な評価をすることの妥当性も疑問である。」
「よって、この点に関する被告の主張を採用することはできない。」
3.単なる印象論で授業の価値を決めるのは不適切だろう
本件アンケートの評価結果について、被告は、次のような主張をしていました。
(被告の主張)
「本件アンケートのうち教員評価の設問についての原告に対する評価結果は、甲第30号証・・・に記載のとおり、『あなたはこの授業をどの程度理解できていると思いますか。』、『教員の話し方はわかりやすい。』、『教員の板書はわかりやすい。』、『この授業を受講してよかった。』のいずれの項目においても原告を除く他の教員と比べて大きく下回っている。また、本件アンケートの原告に対する評価結果は、令和元年度春・秋学期と令和2年度春学期を比べてもいずれの項目についても大きく悪化しており・・・、原告が本件アンケートを踏まえた授業改善を一切行っていない結果として、学生の授業満足度が著しく低下しており、適切な授業が実施されていないこと、ひいては原告が被告の非常勤講師として適任ではないことを示している。」
他の学問領域のことは良く分かりませんが、法学に関していうと、大学以降の授業は正解が良く分からないうえ、言っていることの抽象度も高く、はっきりと言って難解です。弁護士として実務経験を積んだ今、大学生・大学院生の時に受けた授業のことを思い出してみても、分かりやすい授業をすることは不可能だと思います。高等教育を担う教員の評価を行うにあたり『教員の話し方はわかりやすい。』『この授業を受講してよかった。』といった印象論的アンケートでクビになるのかどうかを決められたのでは、教員としてはたまったものではないだろうし、そんなことをしていると、学生に迎合して果てしなく授業のレベルが下がっていくことが危惧されます。
もちろん、大学にとっての生徒の重要性は理解できますし、簡単なことまで難しくしゃべる力量に疑問符の付く教員もいないわけではないでしょうが、授業の内容を理由にクビ(解雇や雇止め)にするのであれば、最低限、問題点を具体的に指摘できることが必要であって、『話し方がわかりやすいと言っている生徒が少ないから』といった人気投票的なアンケート結果を理由にすることには重大な疑義があります。
アンケート結果を雇止めを肯定する根拠とすることに裁判所が疑問符をつけたことは、適切な判断だと思います。裁判所の判断は、学生からの印象論的なアンケート結果を過度に重視する風潮に対する戒めとして参考になります。