弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

大学における授業等に係る担当外しは、一般企業における配置転換の場合にも増してその当否を厳重に検討する余地があるとされた例

1.大学教員にとっての授業

 大学教員にとって、授業は特別な意味を持ちます。労働契約上の義務であるとともに、研究発表の自由、教授の自由といった価値との関係から、権利としての性質もあります。こうした特殊性は、多くの裁判例でも承認されています。例えば、東京地判令4.4.7労働経済判例速報2491-3 学校法人茶屋四郎次郎記念学園事件は、

「一般に、労働契約における労務の提供は労働者の義務であって、原則として、使用者はこれを受領する義務(労働者を就労させる義務)を負うものではない。もっとも、大学の教員が講義等において学生に教授する行為は、労務提供義務の履行にとどまらず、自らの研究成果を発表し、学生との意見交換等を通じて学問研究を深化・発展させるものであって、当該教員の権利としての側面を有する。」

と判示しています。

 当事務所では大学教員の方の労働事件を扱うことが多く、大学関係の事件は注視しているのですが、近時公刊された判例集に、大学における授業等に係る担当外しについて、一般企業における配置転換の場合にも増してその当否を厳重に検討する余地があると判示された裁判例が掲載されていました。昨日もご紹介した、津地判令5.3.2労働判例ジャーナル136-56頁 学校法人鈴鹿医療科学大学事件です。

2.学校法人鈴鹿医療科学大学事件

 本件で被告になったのは、

三重県鈴鹿市に私立大学(鈴鹿医療科学大学 本件大学)を設置する学校法人(被告法人)、

本件大学の小児看護学科(本件学科)の准教授(被告C)、

本件学科の学部長であった方(被告D)、

本件学科の教授・学科長であった方(被告E)

の1法人3名です。

 原告になったのは、本件学科の助教として採用された方です。

 被告個人らからパワーハラスメントやアカデミックハラスメントを受けたとして、被告らに対し、損害賠償を請求する訴えを提起したのが本件です。

 本件では、

「原告に一部の授業科目等を担当させない措置又は担当回数を減らす措置」(担当外しの措置)

の当否が問題になりました。この措置について、裁判所は、次のとおり述べて、違法性を否定しました。

(裁判所の判断)

「担当外しの措置の発端となったのは、G助手による不安の相談や、被告Cによる辞職の申出という事実であって、上記の相談等があった直後である令和2年5月27日には原告の言い分も聴取されているから、被告D及び被告Eにおいて独断的、一方的に担当外しの措置を決定したということはできない。そして、G助手及び被告Cによる上記相談等の内容は、相当程度の重大性、深刻さを有するものであって、現に被告Cは同年6月に加療を要する診断を受け、同年8月から休職するに至っている。そうすると、本件学部又は本件学科の責任者であった被告D及び被告Eとしては、G助手を含めても3名しかいない体制で行われていた小児看護学の教育等における影響を懸念して、同年度後期の授業が開始される前に何らかの具体策を決定する緊急性及び必要性も高度であったということができる。」

「その上で、原告に授業等を担当させないこととしたのは、小児看護学の教員3名が全員で授業等を連携して担当し続けることには看過しがたい悪影響があると考えられたところ、被告Cが「小児看護援助論」という授業の担当責任者であり、また、全ての実習先で指導をすることができる被告Cに指導を依頼することが適切であるという教育上の判断によるものと認めることができ・・・、原告が授業等を担当する機会を殊更に剥奪しようという不当な動機による措置であったと認めることはできない。また、被告Eは、令和2年9月4日の時点で、業務命令として担当外しの措置を行うことを決定し、原告に対して通知しているが、この時点で業務命令を発したのは、同月11日から同年度後期の授業が開始されるという切迫した事情があることを踏まえたやむを得ない判断だったということができ、実際に、上記業務命令から間がない時点である同月16日に開催された本件学部の臨時教授会において、上記業務命令と同旨の内容が承認されているから、担当外しの措置は、手続的にも相当性が確保されたものであったということができる。」

「令和3年度を迎えるに当たっても、上記のような小児看護学の教員間の人間関係の問題による教育指導への影響が解消していたとはうかがわれず、また、令和2年度後期と同様の扱いをすることについて教授会での承認が得られているのであるから、令和3年度に担当外しの措置を継続したことについて、その必要性と相当性は令和2年度後期と変わりはない。」

「以上のような担当外しの措置に係る経緯、必要性、動機及び手続的相当性を踏まえれば、担当外しの措置が原告の就労上、教育研究上の利益や人格、尊厳を侵害する言動であると認めることはできない。本件で問題となっているのが大学における授業等に係る担当外しの措置であり、学問研究の自由、研究発表の自由等の観点から、一般企業における配置転換の場合にも増してその当否を厳重に検討する余地があることを踏まえても、上記判断は左右されない。また、原告は、担当外しの措置が、原告がハラスメント被害に関する相談や苦情申立を行ったことに対する報復措置であるとも主張するが、被告らにそのような主観的な意図があったことを認めるに足りる的確な証拠はなく、当該主張は採用することができない。」

「そうすると、担当外しの措置に関連する別紙番号・・・の各事実が原告に対するパワハラ又はアカハラに当たると認めることはできず、被告個人らは、上記各事実を理由として原告に対する不法行為責任を負うことはない。」

3.修辞的な判示ではあるが・・・

 本件は結論として、授業等に係る担当外しは適法だと判示されています。

 このような場合、反対当事者に有利な考慮要素の指摘は、上級審から、

考慮すべき事情を考慮していない

と指摘され、判決を破棄されないための修辞的な意味合いを有していることがあります。

 しかし、そうであるにしても、大学での授業等の担当外しを、一般企業における配置転換と区別したことは特筆に値します。授業等の担当外しの可否が問題となる他の事案でも引用できる判示として、記憶しておいて良いように思います。