1.非典型的なパワーハラスメント
職場におけるパワーハラスメント(パワハラ)は、職場において行われる
① 優越的な関係を背景とした言動であって、
② 業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、
③ 労働者の就業環境が害されるもの
を言います。
そして、典型的なパワハラは、
身体的な攻撃
精神的な攻撃
人間関係からの切り離し
過大な要求
過小な要求
個の侵害
の六類型に整理されています。
しかし、パワーハラスメントは、この六類型に限られるわけではありません。非典型的な行為に関しても、パワーハラスメントの成立を認める裁判例は少なくありません。近時公刊された判例集に掲載されていた、東京地判令4.11.4労働判例ジャーナル136-54 データサービス事件も、そうした裁判例の一つです。
2.データサービス事件
本件で被告になったのは、
業務システムの構築、システム導入コンサルティング等を業とする株式会社(被告会社)、
被告会社の経営企画室の課長代理(被告c)、
被告会社のシステム事業本部の部長(被告d)
の三名です。
原告になったのは、被告会社との間で雇用契約を締結し、経営企画室に配属され、人材採用に関する業務に従事していた方です。
被告cからパワハラを受けたこと、
被告dからセクハラ(懇親会終了後に抱きつく)を受けたこと、
被告会社の職場環境調整義務違反(原告からの申告にもかかわらず、適切な調査やそれに基づく関係者の処分、異動といった具体的な措置をとらなかったこと)
を理由に被告らに対して損害賠償の支払いを求める訴えを提起したのが本件です。
被告cとの関係で問題とされた言動は多岐に渡るのですが、その中の一つとして、原告は、以下の前提事実のもと、次のような主張を展開しました。
(裁判所で認定された前提事実)
「被告は、令和元年10月1日、新入予定社員の内定式(以下『本件内定式』という。)を開催した。その際、
内定者の名札にフリガナ等の間違いがあること(以下『本件ミス1』という。)
が判明したが、被告cは、原告に対し、当該内定者及び社長に謝罪するように指示した(以下、これを『本件発言2』という。)・・・」
「また、当該内定者とは別の内定者から、同月6日、
内定証書と名刺の名前の漢字に誤りがある(以下、これを「本件ミス2」という。)
との連絡があったため、原告は、被告cに対し、同月7日、
〔1〕内定者の名前の漢字を間違ってしまったので、名刺と内定証書を出しなおす、
〔2〕名刺代は自分で支払う、
〔3〕迷惑ばかりをかけて申し訳ない気持ちでいっぱいである
旨のメッセージを送った。被告cは、これに対し、
〔1〕速やかに内定証書を出しなおすとともに、名刺を手配するように伝え、その際、新たに生じる費用は原告が負担することになるかもしれない旨を伝えた。結果として、原告は、名刺の印刷費用及び内定証書及び名刺の郵送費用を負担した。・・・」
(原告の主張)
「被告cは、本件発言2(令和元年10月1日)の際、本件ミス1の原因は、いずれも被告cの作成した内定者リストの名前の誤記であったにもかかわらず、大声で『こんなミスはあり得ない』と怒鳴った上、原告のミスとして内定者及び社長に謝罪をするように指示した。」
「また、被告cは、本件ミス2により生じた費用について、原告に支払わせた。たしかに原告自身から名刺の印刷費用を負担する旨申し出たことはあるが、これは被告cの怒りを収めるために申し出たにすぎない。」
「その後、被告cは、原告に対し『どのリストを見たのかは知らないが、誰のことも信じてはいけない。』などと発言した。」
これに対し、裁判所は、次のとおり述べて、パワハラ(不法行為)の成立を認めました。
(裁判所の判断)
・争点(1)ア(被告cによるパワーハラスメントに該当する行為の有無)
(中略)
「掲記の証拠によれば、
〔1〕本件内定式の際に判明した本件ミス1は、被告cが作成したリストに誤りがあったことが原因であったこと・・・、
〔2〕それにもかかわらず、被告cは、これを原告の責任であるとして、原告を叱責し、内定者及び社長に謝罪するように指示したこと・・・、
〔3〕被告cは、本件ミス2により生じた追加費用について、原告から原告自身が負担する旨の申し出を受けた際、原告の負担になるかもしれないとのメッセージを送付し、結果として原告が負担していること・・・、
〔4〕その後、被告cは、上司とはいえ間違うことはあるので、自分の目でも確認してほしいという趣旨で誰も信じてはだめである旨を発言した・・・こと
が認められる。
「このようなcの言動は、本件ミス1の原因は被告にあるにも関わらず、原告に原因があると判断して、不必要に原告を叱責し、謝罪するように指示した点・・・で故意又は過失により原告の人格的利益を害するとともに、
本来は会社が負担するはずの本件ミス2による追加費用を原告が負担することを示唆し、これをそのまま原告が負担することを容認した・・・点で故意又は過失により原告の人格的利益及び財産的利益を侵害するものであって不法行為を構成する
というべきである。他方で、
〔4〕の被告cの発言は、受け手によっては、上司とはいえ間違うことはあるので、自分の目でも確認してほしいという趣旨ではなく、単に上司のミスについても部下が責任を負うべきであるとも誤解されかねない発言ではあるものの、これが不法行為を構成するとまではいえない。」
3.労働者が負担を申し出ていても、本来会社が負担する費用を転嫁してはダメ
自分のミスを部下に転嫁して叱責することがダメなのは当然ですが、本件は、
「本来は会社が負担するはずの本件ミス2による追加費用を原告が負担することを示唆し、これをそのまま原告が負担することを容認した」
ことに不法行為該当性を認めているところに特徴があります。
これは二つの点で示唆的です。
一つは、比較的軽めの過失によって会社に生じた損害について、
「本来は会社が負担するはず」
と判示しているところです。もちろん程度にもよるのでしょうが、ミスをして会社に損害が生じたとしても、
「本来は会社が負担するはず」
と評価される損害があり得るということです。
もう一つは、労働者側から負担を申し出ていても、パワハラになることが在り得るというところです。下地にcの普段の態度があったとは思われますが、労働者側から弁償を申し出ても、会社側で鵜呑みにして容認してはダメだと述べているは、画期的な判断ではないかと思います。自由な意思の法理のハラスメント版と言えるかも知れません。
労働者のミスに仮託して会社が労働者に負担を強いる例は少なくありません。
そうした会社側の措置に対抗して行くにあたり、本裁判例は活用して行ける可能性があります。