弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

アカデミックハラスメント-卒論のテーマの押し付け

1.アカデミックハラスメント

 大学等の教育・研究の場で生じるハラスメントを、アカデミックハラスメント(アカハラ)といいます。

 多くの大学はアカデミックハラスメントをハラスメント防止規程等で禁止しています。しかし、セクシュアルハラスメントやパワーハラスメントとは異なり法令上の概念ではないことから、どのような行為がアカデミックハラスメントに該当するのかは、必ずしも明確ではありません。

 職務上、大学教員・大学職員の方の労働問題を取り扱うことが多いことから、何がアカデミックハラスメントに該当するのかには関心を有していたところ、近時公刊された判例集に、卒論のテーマの押し付けが問題視された裁判例が掲載されていました。昨日もご紹介した、東京地判令5.2.22労働経済判例速報2530-22 A大学事件です。

2.A大学事件

 本件で被告になったのは、2学部5学科を設置する四年制大学(本件大学)を設置する学校法人です。

 原告になったのは、本件大学の准教授として雇用されている男性大学教員です。自主ゼミ(キャリア研究活動)に所属する学生らに対するハラスメントを理由に停職2か月の懲戒処分を受け、その無効の確認と停職期間中の賃金の支払を求め、被告を提訴したのが本件です。

 本件には複数の懲戒事由がありましたが、その中の一つに、

「原告がCに対し、約1時間にわたり、希望しないテーマで卒論を書くこと、原告が収集したデータを利用すること、データ処理にかかる外注費用をCが負担することを要求した」ことがありました(本件懲戒処分対象行為5)

 本件懲戒処分対象行為5について、被告は、

「原告は強要する気はないなどとも述べてはいるが、原告とCとの間には教員と学生という圧倒的な力関係があること、上級生であるDまでもが原告の意見に同調していること、1時間以上という長時間にわたり、原告の提案にのるか、そうでなければCが苦労する旨を繰り返し、他の方法について模索する態度すら見せていないことなどを考慮すれば、実質的には、Cが拒否しているにも関わらず、Cが希望しないテーマで卒論を書くこと、すでに原告が収集したデータを利用すること、データ処理にかかる外注費用12万円をCが負担することを執拗に要求したといえる。」

「したがって、本件懲戒処分対象行為5は、教員という立場を利用した教育研究上の不適切な言動であり、アカデミックハラスメントに当たる。」

と述べ、非違行為に該当すると主張しました。

 これに対し、裁判所は、次のとおり述べて、本件懲戒処分対象行為5がアカデミックハラスメントに該当することを認めました。

(裁判所の認定事実)

「原告は、令和元年12月26日(木)、Cに対し、スカイプで約1時間にわたって卒論の指導を行い、Dも同席した。」

「その際、原告は、Cが同時並行的な作業をすることができないと認識しており、卒論のほか、授業に出て単位を取得し、キャリア・バームの活動を続け、就職活動を同時に行うことは困難であると考え、Cが卒論に掛ける時間を減少させる目的で、Cに対し、原告の研究の一部を卒業論文のテーマとすること、原告が収集したデータを利用すること、そのデータ処理を業者に外注し、その費用6万円ないし12万円をCが負担することなどを話した。」

Cは、その時点で卒論のテーマは決まっていなかった上、業者に費用を支払って卒論を作成することに対する後ろめたさから乗り気でなかったため、原告に対し、必要な費用も少ないし、費用を支払うとなれば両親に相談しなければならないので、同月30日(月)まで検討の時間がほしいと述べた。」

「これに対し、原告は、Cに対し、『俺が一番わからないのが、俺が逆の立場だったら絶対そっち取るもんね。そこで考える事がよくわからない。』『月曜なら月曜まで時間をくださいっていうのがよく分からないってこと。』『そこまでやってくれてる先生なんて普通いないからね。いろいろ考えて。そこに関して全くなくて、良かれと思って提案しているにもかかわらず、普通そこでパって、チャンスなんてそんな来ないんだから、その時に飛びつくか飛びつかないかってのもあるのに、そこはぼくとは考え方が違うなっていうか、理解できない行動。』などと述べて、時間をおいて検討しようとするCの姿勢に疑問を呈した。」

「これを受けて、Cは、原告に対し、『先生がまず最初の段階で、今日は結論は求めてないっておっしゃってくださったので、私はちょっと考えさせてくださいってお返事させていただいたのですが、先生はやっぱり今日中にお返事が欲しいんですか』と即決を求めているのか確認した。」

「すると、原告は、『違う違う、そこじゃないんだよ俺の中では。わかった、やっと。チャンスというか機会を、チャンスと認識できないんだ。たぶん。』『日本語を分かりやすく言うと、こっちが良かれと思ってやっていても、そっちにとっては良かれじゃないってことよね。(中略)どういうアドバイスを俺は今後すればいいわけ。』と回答すると、Cは、『先生がおっしゃっているのは自分を否定するなら他の考えを出せってことですよね。』『先生のおっしゃりたいことはわかりました。結論としては先生のご提案してくださった方法で進めることで構いません。お願いします。』と返事した。」

「ところが、原告は、『そこは考えていいよ月曜まで』と述べ、Cが同月30日(月)まで検討することになった。

Cは、令和元年12月31日、原告に対し、メールで『卒論についてのご連絡が遅くなってしまい、申し訳ございません。考えた結果、卒論はX1先生のご提示いただいた方法で進めさせて頂けませんでしょうか。』と連絡した。

(中略)

「調査委員会は、・・・Cに対する聞き取り調査も行った。その際、Cは、次のとおり述べた。

(中略)

本件懲戒処分対象行為5に関し、提案された時期は研究テーマが未定で何も進めていない時期であり、好きな研究をやらせてもらえない、取り上げられたと感じている。業者に委託して卒業研究を進めることに難色を示したところ、『Cはチャンスがチャンスとわからない人間』と発言されたが、後日、『好きな研究をやったら良い』と意見が変わった発言があった。」

(裁判所の判断)

原告は、令和元年12月26日、1時間にわたってCに卒論の指導をした際、原告の研究の一部を卒業論文のテーマとすること、原告が収集したデータを利用すること、そのデータ処理を業者に外注し、その費用6万円ないし12万円をCが負担することなどを話したところ、Cは、その時点で卒論のテーマが決まっていなかった上、業者に費用を支払うことへの後ろめたさや費用を支払うとなれば両親に相談しなければならないので、検討の時間がほしいと述べたのに対し、原告は、時間をおいて検討しようとするCの姿勢に疑問を呈した上、自分の提案を否定するのであれば、今後アドバイスはできない旨述べているのであるから、実質的にみれば原告の提案に応じるよう執拗に要求したと認められる。このような不適切な言動の結果、Cは原告の提案に応じざるを得なくなり、好きな研究をやらせてもらえない、取り上げられたと感じたのであるから、本件懲戒処分対象行為5の事実が認められる。また、この行為は、ハラスメント防止・対策に関する規則1条の2第2項2号アカデミックハラスメントに該当するから、就業規則43条9号に該当すると認められる。

「これに対し、原告は、あくまで提案しただけであって、要求したことなどないし、Cは検討の結果、原告の提案した方法を採用したい旨返答しているから、ハラスメントに該当しないと主張する。」

「しかし、認定事実の経緯に照らせば、原告が単に提案したにとどまらず、実質的には原告の提案に応じるよう要求したと認められる。また、Cが原告の提案した方法を採用した旨返答しているとしても、上記のとおり実質的には原告の提案に応じるよう要求されたのであるから、学生である原告は教員である原告の提案に応じざるを得ない立場に置かれているといえるし、納得の上で原告の要求に応じたものではないことは、Cの調査委員会における回答からも明らかであるから、Cが原告の提案した方法を採用した旨返答していることは、前記判断を左右するものではない。

3.確かに、やや強引である気はするが・・・

 確かに、原告の行為はやや強引な印象は受けます。

 しかし、Cが卒論のテーマに腹案を持っていたわけではないこと、結局数日間の考える時間は付与していること、Cが原告の提案を受け入れていることなどを考えると、Cに不利益や損害を与え、いわゆるハラスメントをしたとまで認められるのかには、議論の余地があるように思われます(A大学におけるアカデミックハラスメントの定義は「教育・研究上の権力関係を背景とした不適切な言動により、相手方に不利益や損害を与えるもの」とされています)。

 それでも、裁判所は、アカデミックハラスメントの成立を認めました。

 大学教員の方は、裁判所がハラスメントの成立する範囲を広く捉えていることには注意しておいた方が良さそうです。