弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

勤務時間区分等が就業規則にない1か月単位の変形労働時間制について、争うことに合理的な理由がないとされた例

1.賃金の支払の確保等に関する法律

 退職後に残業代を請求する場合、14.6%の遅延利息を請求するのが通例です。

 民法上の法定利率が年3%とされていること(民法404条2項)と対比すると、かなり高い利率であることが分かると思います。

 こうした高い遅延利息を請求できる根拠は、

賃金の支払の確保等に関する法律

という名前の法律にあります。

 この法律の第6条1項は、

「事業主は、その事業を退職した労働者に係る賃金(退職手当を除く。以下この条において同じ。)の全部又は一部をその退職の日(退職の日後に支払期日が到来する賃金にあつては、当該支払期日。以下この条において同じ。)までに支払わなかつた場合には、当該労働者に対し、当該退職の日の翌日からその支払をする日までの期間について、その日数に応じ、当該退職の日の経過後まだ支払われていない賃金の額に年十四・六パーセントを超えない範囲内で政令で定める率を乗じて得た金額を遅延利息として支払わなければならない。

と規定しています。

 そして、賃金の支払の確保等に関する法律施行令第1条は、

賃金の支払の確保等に関する法律(以下『法』という。)第六条第一項の政令で定める率は、年十四・六パーセントとする。

と規定しています。

 これに基づいて、退職した労働者が残業代を請求する時には、14.6%の遅延利息を請求するのです。

 しかし、この遅延利息の適用には一定の例外があります。賃金の支払の確保等に関する法律第6条2項は、

「前項の規定は、賃金の支払の遅滞が天災地変その他のやむを得ない事由で厚生労働省令で定めるものによるものである場合には、その事由の存する期間について適用しない。」

と規定しています。

 そして、賃金の支払の確保等に関する法律施行規則第6条は、「厚生労働省令で定めるもの」として、

一 天災地変

二 事業主が破産手続開始の決定を受け、又は賃金の支払の確保等に関する法律施行令(以下「令」という。)第二条第一項各号に掲げる事由のいずれかに該当することとなつたこと。

三 法令の制約により賃金の支払に充てるべき資金の確保が困難であること。

四 支払が遅滞している賃金の全部又は一部の存否に係る事項に関し、合理的な理由により、裁判所又は労働委員会で争つていること。

五 その他前各号に掲げる事由に準ずる事由

の五類型を掲げています。

 このうち実務的に重要なのが、第4号の

「支払が遅滞している賃金の全部又は一部の存否に係る事項に関し、合理的な理由により、裁判所又は労働委員会で争っていること」

です。

 残業代を請求する訴訟で、何等かの論点らしい論点がある場合、一定程度の経験のある使用者側の代理人は、4号該当性を主張して、14.6%の遅延利息の適用を免れようとしてきます。

 この四号要件との関係で、近時公刊された判例集に興味深い裁判例が掲載されていました。東京高判令6.4.24労働判例1318-45 大成事件です。

 これは、以前、

1か月単位の変形労働時間制-就業規則上に完全なシフトを記載することは困難・シフトパターンを変更する都度就業規則を変更するのは非現実的との主張が排斥された例 - 弁護士 師子角允彬のブログ

という記事で紹介した地裁事件(東京地判令5.4.14労働判例ジャーナル146-50 大成事件)の控訴審です。

 何が興味深いのかというと、勤務遺憾区分等が就業規則にない1か月単位の変形労働時間制の適用を争ったことについて、賃金の支払の確保等に関する法律施行規則6条4号の「合理的な理由」を否定したことです。

2.大成事件

 本件で被告(控訴人兼附帯被控訴人)になったのは、ビルメンテナンス、設備管理、警備などの業務を行っている株式会社です。

 原告(被控訴人兼附帯控訴人)になったのは、被告との間で無期労働契約を締結し、ビルの設備機器を運転操作し、点検・整備などの保守作業を行う設備員(エンジニアリングスタッフ)として勤務していた方3名です(原告P1、原告P2、原告P3)。原告になったのは、被告との間で無期労働契約を締結し、ビルの設備機器を運転操作し、点検・整備などの保守作業を行う設備員(エンジニアリングスタッフ)として勤務していた方3名です(原告P1、原告P2、原告P3)。労働基準法所定の割増賃金が支払われていないとして、その支払いを求める訴えを提起したのが本件です。

 原審が1か月単位の変形労働時間制の効力を否定し、原告らの請求を一部認めたことに対し、被告側が控訴したのが本件です。

 控訴審において、被告(控訴人)は、次のとおり主張しました。

(控訴人の主張)

「賃確法は、賃金支払の遅滞が、一定のやむを得ない事由によるものである場合には適用されないとし(賃確法6条2項)、『合理的な理由により、裁判所又は労働委員会で争っているとき』は明示的な適用除外事由となっている(同法施行規則6条4号)。」

「したがって、被控訴人X2及び同X3の遅延損害金について、賃確法の適用はない。」

 これに対し、裁判所は、次のとおり述べて、控訴人の主張を排斥しました。

(裁判所の判断)

※ 黒字は原審判示の引用部分、赤字は控訴審での改め、加え部分

(1)変形労働時間制の適用要件について

 労働基準法32条の2の定める1箇月単位の変形労働時間制は、使用者が、就業規則その他これに準ずるものにより、一箇月以内の一定の期間(単位期間)を平均し、一週間当たりの労働時間が週の法定労働時間を超えない定めをした場合においては、法定労働時間の規定にかかわらず、その定めにより、特定された週において一週の法定労働時間を、又は特定された日において一日の法定労働時間を超えて労働させることができるというものであり,この規定が適用されるためには、単位期間内の各週、各日の所定労働時間を就業規則において特定する必要があるものと解される。また、具体的勤務割である勤務シフトによって変形労働時間制を適用する要件が具備されていたというためには、作成される各書面の内容、作成時期や作成手続等に関する就業規則等の定めなどを明らかにした上で、就業規則等による各週、各日の所定労働時間の特定がされていると評価し得るか否かを判断する必要があると解される(前記最高裁平成14年2月28日第一小法廷判決参照)。

(2)本件での事情について

ア 本件において、被告就業規則には、変形労働時間制における具体的な所定労働時間につき、日直勤務が午前9時から翌朝9時までの勤務で休憩は仮眠を含み8時間(労働時間は休憩を除き16時間)であること、日勤勤務が午前8時から午後5時までの勤務で休憩は1時間であることが規定され、他には、「その他」として、「本条の勤務時間の範囲で、始業・終業・休憩時間を決める。」との規定があるのみ(23条)であり、本件タワーでの勤務表における日勤勤務の始業時刻(午前9時)及び終業時刻(午後6時)並びに日直勤務の労働時間(休憩・仮眠を除き17時間。被告体制表参照。)は、そもそも就業規則の規定と一致していない。森アーツセンター現業所では、認定事実・・・のとおり、時期によって変わる、多数のシフトパターンの組み合わせにより勤務表が作成されており、就業規則とは全く一致していない。 

 また、被告就業規則において、本件タワー及び森アーツセンター現業所のいずれについても、勤務割に関して作成される書面の内容、作成時期や作成手続等について定めた規定は見当たらず、勤務表の作成によって、就業規則等による各週、各日の所定労働時間の特定がされていると評価することもできない。

イ さらに、認定事実・・・のとおり、原告らに係る平成29年及び平成30年の各勤務表には、完成時から、単位期間(1箇月)の週平均労働時間が40時間を超えていた月が相当数あったことをも踏まえれば、原告らに対しては、変形労働時間制が適用されるということはできない。

(3)被告の主張について

ア 被告は、当初から就業規則上に完全な勤務シフトを記載することはおよそ困難であり、シフトパターンを変更することになった場合に、その都度就業規則を変更する手続を経ることは、現実的でないなどと主張する。

 しかし、具体的な勤務シフトを当初から就業規則に記載することは確かに困難であるとはいえるものの、少なくとも本件タワーにおいては、勤務表上のシフトパターンが、日勤勤務及び宿直勤務(宿直明番)並びに一回の勤務でその双方を行う宿直明日勤の勤務シフトがあるのみで比較的単純であり、当該シフトパターンのほか、勤務表の具体的な作成時期や作成手続等も含めて就業規則に規定することは困難とはいい難いにもかかわらず、被告はそれすら行っていない。

イ また、被告は、勤務表における週平均労働時間が40時間を超えている理由として、勤務表を作成する上で人員不足が生じた際に、原告らないし組合から、他の現場から人員を補充することなく、日宿勤務明けに日勤勤務をするかたちで残業をさせてほしい旨の強い要望があり、被告が、この要望を受入れたためであることを指摘して、勤務表における週平均労働時間が40時間を超えていることをもって、労働基準法における変形労働時間制の要件を満たしていないとするのは相当でないと主張する。

 しかし、認定事実・・・の団体交渉時のやり取り及び弁論の全趣旨によれば、原告らないし組合から、上記の要望があったこと自体は認めることができるものの、勤務表において、完成時から、単位期間(1箇月)の労働時間が40時間を超えていた月が相当数あった理由が、全て上記要因に帰することを認めるに足りる証拠はない上に、労働者の労働時間の管理が、本来使用者の責務であることからすれば、上記事情をもって、原告らに対して変形労働時間制を適用すべきということはできない。

ウ 控訴人は、1か月単位の変形労働時間制(労働基準法32条の2第1項)の適用要件である変形期間(単位期間)における各日、各週の労働時間の特定の程度(就業規則等における記載の程度)について、労働基準局長の昭和63年3月14日付け通達(昭63.3.14基発第150号)を前提に検討すべきであり、控訴人において実際に勤務表を用いて開始前に労働者に明らかにされる手段が実際に確立している以上、就業規則において、勤務表の作成方法や作成過程についてまでの記載を要求することは過剰であると主張する。

 しかし、同通達でも『就業規則において各直勤務の始業終業時刻、各直勤務の組合せの考え方、勤務割表の作成手続及びその周知方法等を定めてお』くことを求めているところ、控訴人の就業規則には勤務表の作成方法や作成過程についての記載もない(甲A2)から、同通達によるとしても変形期間(単位期間)における各日、各週の労働時間の特定(就業規則等における記載)を満たしているとはいえない。

したがって、控訴人の前記主張は失当である。

(中略)

2 当審における当事者の主張に対する判断

(中略)

控訴人は、被控訴人X2及び同X3について、賃確法6条2項の除外事由(賃金の支払の遅滞が天災地変その他のやむを得ない事由で厚生労働省令で定めるものによるものである場合)がある旨主張するけれども、本件において変形労働時間制の適用がないことは明らかであり、控訴人が割増賃金の遅滞を変形労働時間制の適用があることを理由として争っている状態をもって「合理的な理由により、裁判所又は労働委員会で争つている」(賃確法施行規則6条4号)とはいえないから、採用できない。

2.合理的理由否定

 就業規則にないシフトパターン、勤務時間区分を用いた変形労働時間制の効力に関しては、消極に理解する裁判例が相次いでいます。

名古屋地判令4.10.26労働経済判例速報2506ー3 日本マクドナルド事件

東京地判令5.4.14労働判例ジャーナル146-50労働経済判例速報2549-24 大成事件

大阪地判令5.12.25労働判例ジャーナル147-26 医療法人みどり会事件

といったように、大規模地裁の労働集中部、労働専門部での判断が出されています。

就業規則に記載されていない勤務シフトを用いている変形労働時間制は有効か? - 弁護士 師子角允彬のブログ

就業規則にない勤務時間区分を使って1か月単位変形労働時間制の効力が否定された例 - 弁護士 師子角允彬のブログ

 日本マクドナルド事件、大成事件では高裁でも判断が維持されており(日本マクドナルド事件について名古屋高判令5.6.22労働判例1317-48、大成事件について本件)、この流れは定着したといっても良いように思います。

 次の関心事は、就業規則にないシフトパターン、勤務時間区分を用いている変形労働時間制について、

当時は有効だと思っていたのだ、

争うことには合理的理由があるのだ、

という賃金の支払の確保等に関する法律の適用を免れるための使用者側の主張がどのように扱われるかですが、本件東京高裁は、合理的理由を否定する判断をしました。

 今後、使用者側から似たような主張が出される例が増えてくるように思われるところ、裁判所の判断は、実務上参考になります。