1.雇止め法理-合理的期待
労働契約法上、
「当該労働者において当該有期労働契約の契約期間の満了時に当該有期労働契約が更新されるものと期待することについて合理的な理由があるものであると認められる」(契約更新に向けた合理的期待が認められる)
場合、有期労働契約者からの契約更新の申込みに対し、使用者は、客観的合理的理由・社会通念上の相当性が認められなければ、申込みを拒絶できず、従前の有期労働契約の内容である労働条件と同一の労働条件で当該申込みを承諾したことを擬制されます(労働契約法19条2号)。
それでは、ここで言う「契約更新」に向けられた「期待」は、同一の労働条件で更新されていることへの期待でなければならないのでしょうか?
この問題は、「期待」の基準時が「契約期間の満了時」であることと関係します。
有期労働契約が締結されてから、契約期間の満了時に至るまでの間には、様々なことが生じます。例えば、勤務成績が振るわなかったり、不祥事を起こしたりして、従前と同一条件での契約の更新を望めなくなることがあります。また、労働者自身に帰責性がなかったとしても、経営環境の変化や、会社合併などの外部的要因によって、同一条件での契約の更新が難しくなることもあります。
こうした場合、
従前と同一の条件での労働契約の更新を期待することはできないものの、
切り下げられた条件のもとでの労働条件の更新であれば期待可能
という場合が生じます。
このような場合、労働契約法19条2号に規定されている合理的期待は認められるのでしょうか?
以前、この問題を扱った裁判例として、東京地判令3.8.5労働判例1250-13 学校法人河合塾(雇止め)事件をご紹介しました。
合理的期待の内容-同一の労働条件で更新されることへの期待でなければならないのか? - 弁護士 師子角允彬のブログ
この裁判例は、
「労働者が更新を期待することに合理的な理由があるかを判断するに当たっては、有期労働契約が従前から継続して更新されてきた事実がその重要な考慮要素の一つとして挙げられる。有期労働契約の期間中は労働条件が維持され、同契約期間中の労働者の就業状況や更新時の使用者の状況等の事情に応じて労働条件が変更の上で更新されることは通常の事態というべきであるから、更新の差異に同一の労働条件で更新されたか否かは更新期待への合理性を基礎付ける本質的な要素ではないと解すべきである。そうすると、同条2号にいう『更新』は、当該労働者が締結していた当該有期労働契約と接続又は近接した時期に有期労働契約を再度締結することを意味するものであり、同一の契約期間や労働条件による契約の再締結を意味するものではないというべきである。」
と述べ、契約の再締結への期待は、同一の労働条件で更新されることへの期待ではなくても構わないと判示しました。
しかし、近時公刊された判例集に、これとは真逆の判断を示した裁判例が掲載されていました。東京地判令6.4.25労働判例1318-27 東光高岳事件です。
2.東光高岳事件
本件で原告になったのは、「ユーククエスト株式会社」(ユークエスト)という会社で勤務していた方です。定年後再雇用契約として、
期間 令和2年10月1日~令和3年9月30日
勤務日 週4日
賃金月額 基本賃金30万3600円
の有期労働契約を締結しました(本件契約1)。
契約期間の満了が迫ってきた令和3年7月1日、原告は、ユークエストに対し、本件契約1と同一の労働条件で労働契約を更新する申込みをしました。
しかし、令和3年7月30日、ユークレストと被告との間で、被告がユークレストを吸収合併する合意が成立しました。
吸収合併に伴い定年後再雇用契約の内容を被告に合わせる必要が生じたことから、ユークレストは、
期間 令和3年10月1日~令和4年4月30日
勤務日 週5日
基本賃金 月額25万6000円
とする契約か(本件提案1)、
期間 令和3年10月1日~令和7年4月30日
勤務日 週4日
基本賃金 時間額1200円
とする契約(本件提案2)
のいずれかを選択することを提案しました。
その後、原告とユークレスト・被告との間で労働条件の調整が行われたのですが、結局、合意に至らず、
本件契約1と同一内容での労働契約の更新を主張する原告と、
更新拒絶により労働契約が解消されるに至ったと主張する被告
との間で紛争が生じ、原告は地位確認等を求める訴えを提起しました。
本件では労働契約法19条の適用のために必要な合理的期待が、
同一の労働条件で更新されることへの期待でなければならないのか、
同一の労働条件ではなくても、ただ契約が更新されることへの期待があれば十分なのか
が問題になりました。
この問題について、裁判所は、次のとおり述べたうえ、
「同じ労働条件で労働契約が締結されると期待することについて、合理的理由があるとは認められない」
と判示し、原告の請求を棄却しました。
(裁判所の判断)
「労契法19条2号の『更新』とは、従前の労働契約、すなわち直近に締結された労働契約と同一の労働条件で契約を締結することをいうと解される。」
「なぜならば、労契法19条2号は、期間満了により終了するのが原則である有期労働契約において、雇止めに客観的合理的理由を欠き、社会通念上相当と認められない場合、従前の有期労働契約の内容である労働条件と同一の労働条件で労働契約を成立させるという法的効果を生じさせるものであるから(同条柱書)、その要件としての『更新』の合理的期待は、法的効果に見合う内容であることを要すると解されるからである。」
「また、労契法19条2号は、最高裁判所昭和61年12月4日第一小法廷判決・裁判集民事149号209頁(以下『日立メディコ最高裁判決』という。)の判例法理を実定法としたものであるところ、同判決は、雇用関係の継続が期待されていた場合には、雇止めに解雇権濫用法理が類推され、解雇無効となるような事実関係の下に雇止めがされたときは、『期間満了後における使用者と労働者間の法律関係は従前の労働契約が更新されたのと同様の法律関係となる。』としており、これが条文化されたものであるから、ここでいう『更新』は、従前の契約の労働条件と同一の契約を締結することをいうと解しているものと理解できる。」
「さらに、更新は、民法の概念としては、契約当事者間において従前の契約と同一の条件で新たな契約を締結することをいうと解されるところ(雇用契約につき民法629条1項、賃貸借契約につき同法603条、604条、619条1項、ただし、期間については従前の契約と同一ではないと解されている。)、労働契約(労契法6条)と雇用契約(民法623条)とは同義のものと解されるから、労働契約において民法の概念と異なる解釈をとる理由はない。」
「日立メディコ最高裁判決が、更新の期待の合理的な理由を肯定するに当たり、有期労働契約が従前の契約に至るまで継続して締結されてきたことを考慮要素とする一方、これが同一の労働条件によるものであったかは重視していないこと、有期労働契約が継続して締結される場合の実態として、労働条件について順次の微修正が行われることは通常の事態であって、これが期待の合理性に大きな影響を与えるものとは解されないことから、過去の契約関係において賃金などの労働条件に若干の変動がある場合であっても従前(直近)の労働契約と同一の労働条件で更新されると期待することに合理的な理由があるといえる場合があると考えられる。そして、ここで検討している労契法19条2号の『更新』とは何かという問題は、期待の合理的理由の考慮要素としての過去の労働条件変動を伴う契約締結が『更新』に当たるかという問題ではなく、雇止めに解雇権濫用法理を類推適用し、雇止めに客観的合理的な理由がなく社会通念上相当性がない場合には従前と同一の労働条件で契約の成立を認めるという法的効果を生じさせるための要件として、どのような労働条件の契約締結について合理的期待を要求するかという問題である。したがって、日立メディコ最高裁判決が、『更新』の期待の合理的な理由を肯定するに当たり過去の有期労働契約が同一の労働条件によるものであったことを重視しておらず、有期労働契約が継続して締結される場合の実態として、労働条件について順次の微修正が行われることは通常の事態であって、これが期待の合理性に大きな影響を与えるものとは解されないからといって、労働者が解雇権濫用法理を類推適用されるための要件としての期待の合理性の対象となる『更新』について、従前の(直近の)労働契約と同一の労働条件ではなくてよいという帰結に直ちになるものではない。」
「そして、仮に、労契法19条2号の『更新』を同一の当事者間の労働契約の締結と解し、労働条件を問わず同一の当事者間において労働契約が締結されると期待することについて合理的理由があれば解雇権濫用法理の類推適用がされるとした場合、使用者が、従前(直近)と同一の労働条件による労働契約の締結を拒否し、従前の労働契約より不利な労働条件での労働契約を提案し、労働者がこれを承知しなかった場合には、使用者の労働条件変更の提案に合理性があったとしても、雇止めの客観的合理的な理由、社会通念上相当性があるといえない限り、従前(直近)の労働契約と同じ労働条件による労働契約が成立する結果となり、有期労働契約の期間満了の都度、就業の実態に応じて均衡を考慮して労働条件について交渉すること(労契法3条1項、2項)は困難となるから、労働契約における契約自由の原則(労契法1条、3条1項、2項)に反する帰結となる。そして、このような場合において、原告主張のように、労契法19条柱書の雇止めの客観的合理的な理由、社会通念上相当性の審査において、使用者の労働条件の変更提案の合理性が斟酌され、使用者の労働条件の変更提案の合理性が肯定されるときには雇止めに客観的合理的な理由、社会通念上相当性があることが肯定され、雇止めが有効となるといった解釈をとる場合、雇止めについての解雇権濫用法理の類推適用を法制化した労契法19条柱書の適用において、その由来及び文言とは異なって、使用者による労働条件の変更提案の合理性といった考慮要素を新たに取入れる結果となるが、そうすべき根拠は必ずしも明らかではない。無期労働契約においては、使用者が労働者に対し労働条件の変更提案を行い労働者がこれを拒否した場合に解雇するという変更解約告知について、解雇権濫用法理(労契法16条)の下、使用者による労働条件の変更提案に合理性があれば解雇を有効とするという解釈は未だ定着しておらず、使用者による労働条件の変更提案の合理性審査基準が確立していない今日において、有期労働契約において使用者による労働条件の変更提案に合理性があれば雇止めを有効とするという解釈を採用することは、有期労働契約における当事者の予測可能性を著しく害する結果となる。」
「以上から、労契法19条2号にいう『更新』は、従前の労働契約と同一の労働条件で有期労働契約が締結されることをいうと解するのが相当である。」
3.従前の通説的な理解から大きく逸脱してるのではないか?
判決でも指摘されていますが、労働契約法19条の前身となった日立メディコ事件では、雇止め法理の適用にあたり、労働条件の同一性を重視しているとは理解されていません。裁判所の判断は、最高裁判例に違背しているのではないかという疑問があります。
学説上も、通説的な考え方は、保護されるべき更新の期待は、同一の労働条件のものか否かを問わないと理解しています。例えば、菅野和夫・山川隆一『労働法』〔弘文堂、第13版、令6〕821頁には、
「本条によって保護される有期労働契約の『更新』とは同契約の再締結のことであり、それが同一の労働条件でなされたな否かを問わないと解される。また、上記・・・の要件が満たされている労働者に対して、使用者が労働条件の変更を承諾することを条件として更新を申入れ、労働者がそれを拒否したため更新がなされなかった場合(変更解約告知的雇止め)でも、労働者が従前の条件等で更新を望んでいたときには、本条の適用がある。」
と記述されています。
東京地判令3.8.5労働判例1250-13 学校法人河合塾(雇止め)事件は、こうした普通の考え方と軌を一にするものです。
しかし、東光高岳事件は、標準的な理解から大きく逸脱した考え方を示しました。
東光高岳事件のような考え方が通用するのであれば、会社合併のスキームを通じて定年後再雇用者の労働条件を幾らでも不利益に変更することが可能になります。不利益変更に応じられないとする労働者は排除することさえできるようになります。本裁判例は労働者側からは、かなり警戒しなければならない裁判例だといえます。
本件は控訴されているようですが、この判断が控訴審で是正されるのかどうかが注目されます。