弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

合理的期待の内容-同一の労働条件で更新されることへの期待でなければならないのか?

1.雇止め法理-合理的期待

 労働契約法上、

「当該労働者において当該有期労働契約の契約期間の満了時に当該有期労働契約が更新されるものと期待することについて合理的な理由があるものであると認められる」(契約更新に向けた合理的期待が認められる)

場合、有期労働契約者からの契約更新の申込みに対し、使用者は、客観的合理的理由・社会通念上の相当性が認められなければ、申込みを拒絶できず、従前の有期労働契約の内容である労働条件と同一の労働条件で当該申込みを承諾したことを擬制されます(労働契約法19条2号)。

 この合理的期待の基準時は、法文に掲げられているとおり「契約期間の満了時」になります。そのため、契約期間中、勤務成績が不良であったり、不祥事を起こしたりしていて、期間満了の時において契約更新を望めるような状態ではなくなってしまっていた場合、合理的期待は否定されることがあります。

 それでは、そこまでは至らない場合、合理的期待を認めることはできるのでしょうか? 具体的に言うと、勤務成績不良、不祥事、経営状態の悪化等、種々の事情により、

従前と同一の条件での労働契約の更新を期待することはできないものの、

切り下げられた条件のもとでの労働条件の更新であれば期待可能な場合、

労働契約法19条2号に規定されている合理的期待は認められるのでしょうか?

 同一の労働条件での契約の更新が擬制される以上、合理的期待の内容も、従前と同一の条件で労働契約が更新されることへの期待でなければならないのでしょうか?

 従前、あまり議論されていなかった論点ですが、近時公刊された判例集に、この問題について判示した裁判例が掲載されていました。東京地判令3.8.5労働判例1250-13 学校法人河井塾(雇止め)事件です。

2.学校法人河井塾(雇止め)事件

 本件で被告になったのは、主として大学受験予備校(被告予備校)を運営する学校法人です。

 原告になったのは、被告予備校の非常勤講師として働いていた方です。平成6年4月1日以降、期間1年の出講契約を毎年締結していました。

 原告・被告間の出講契約は、コマ数(講座数)に応じて賃金が変わる仕組みになっていて、平成28年度(平成28年4月1日~平成29年3月31日)の出講契約の基本賃金は月額33万4650円とされていました。

 しかし、平成29年度(平成29年4月1日~平成30年3月31日)の出講契約の更新にあたり、被告は、

授業アンケートの結果が芳しくなかったこと、

被告の施設内において無断で文書配布を行ったこと、

を理由に浪人生向けのⅠ科のコマ数を2コマ減らし、基本賃金を月額26万1900円とする契約内容を提示しました。

 原告は、これに同意できないとして、労働契約法19条に基づいて、従前と同じ条件による契約の更新を申し込みました。しかし、被告は、これを拒否し、結果、平成29年度の出講契約は、不成立となりました。

 これに対し、労働契約法19条に基づき従前と同一の労働条件のもとで契約が更新されていると主張して、原告が地位確認等を求める訴えを提起したのが本件です。

 本件では、出講契約が更新されるものと期待することについて、合理的な理由があるか否かが問題になりました。

 この問題について、裁判所は次のとおり述べて、契約更新への期待は、同一の契約期間や労働条件による契約の再締結に向けたものでなくても良いと判示しました(ただし、結論として原告の請求は棄却されています)。

(裁判所の判断)

「同号(労働契約法19条2号 括弧内筆者)によって保護される合理的な理由のある期待の対象となる有期労働契約の『更新』に関し、被告は、労契法19条柱書は、同条の要件が認められた場合の効果として『使用者は、従前の有期労働契約の内容である労働条件と同一の労働条件で当該申込みを承諾したものとみなす。』と規定していることから、同条2号は『同一の労働条件』を内容とする労働契約が更新されるものと期待することについて合理的な理由がある場合に限って該当する旨主張する。」

「しかしながら、上記の最高裁判例を通じて形成された雇止め法理は、更新を期待することに合理的な理由がある有期労働契約について、期間の定めがあることで更新を拒絶されることにより労働者が雇用を喪失することを防止するための法理であると解されるところ、労働者が更新を期待することに合理的な理由があるかを判断するに当たっては、有期労働契約が従前から継続して更新されてきた事実がその重要な考慮要素の一つとして挙げられる。有期労働契約の期間中は労働条件が維持され、同契約期間中の労働者の就業状況や更新時の使用者の状況等の事情に応じて労働条件が変更の上で更新されることは通常の事態というべきであるから、更新の差異に同一の労働条件で更新されたか否かは更新期待への合理性を基礎付ける本質的な要素ではないと解すべきである。そうすると、同条2号にいう『更新』は、当該労働者が締結していた当該有期労働契約と接続又は近接した時期に有期労働契約を再度締結することを意味するものであり、同一の契約期間や労働条件による契約の再締結を意味するものではないというべきである。他方、同条柱書は、一定の要件の下に使用者の意思表示を擬制した上で一種の法定更新を認めるものであるから、同条2号にいう『更新』とは場面を異にするものである。この点に関する被告の主張は、採用することができない。」

(中略)

「本件出講契約の契約期間満了時に次年度も出講契約が締結されると期待することについておよそ理由がないということはできない。」

3.同一労働条件での更新までは期待できない場合でも雇止め法理は適用される

 以上のとおり、裁判所は、契約の再締結への期待は、同一の労働条件で更新されることへの期待ではなくても構わないと判示しました。

 同一の労働条件で更新されることへの期待まではなくても足りるとなると、労働契約法19条の適用範囲は広くなります。契約更新のタイミングで労働条件の切り下げが行われることは一定数ありますし、裁判所の判示事項は実務上銘記しておくべき重要なものだと思われます。