弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

有期労働契約者の契約更新後の労働条件を不利益にする就業規則変更の効力はどのように判断されるのか?

1.有期労働契約の更新

 有期労働契約は期間の満了により終了するのが原則です。しかし、有期労働契約は、種々の理由から更新されることも少なくありません。

 それでは、有期労働契約の締結期間中、更新後の労働条件を不利益に変更するような就業規則の変更が行われた場合、その効力は、どのように判断されるのでしょうか?

 考え方としては、二つあります。

 一つは、更新を新たな労働契約の締結と並行的に理解し、更新契約の時点で、変更後の就業規則が労働条件として組み込まれてくるのかを判断する考え方です。その場合、変更後の就業規則で定められている労働条件が契約の内容になるのかは、

「労働者及び使用者が労働契約を締結する場合において、使用者が合理的な労働条件が定められている就業規則を労働者に周知させていた場合には、労働契約の内容は、その就業規則で定める労働条件によるものとする。」

と規定する労働契約法7条に従って判断されます。

  もう一つは、更新の繰り返される有期労働契約を、期限・期間の定めのないものと同視する考え方です。この場合、変更後の就業規則で定められている労働条件が契約の内容になるのかは、

「使用者は、労働者と合意することなく、就業規則を変更することにより、労働者の不利益に労働契約の内容である労働条件を変更することはできない。ただし、次条の場合は、この限りでない。」(労働契約法9条)、

「使用者が就業規則の変更により労働条件を変更する場合において、変更後の就業規則を労働者に周知させ、かつ、就業規則の変更が、労働者の受ける不利益の程度、労働条件の変更の必要性、変更後の就業規則の内容の相当性、労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情に照らして合理的なものであるときは、労働契約の内容である労働条件は、当該変更後の就業規則に定めるところによるものとする。」(労働契約法10条本文)

などと規定する労働契約法9条、10条に従って判断されます。

 当初から不利益な契約を締結するよりも、当初有利であった契約内容を不利益に変更することの方がハードルは高いため、労働者側の代理人弁護士が、こうした就業規則変更の効力を労働者側の代理人弁護士が争って行こうと思った場合、一般的には後者のような考え方を主張することになります。

 近時公刊された判例集に、この問題を考えるうえで参考になる裁判例が掲載されていました。福岡高宮崎支判令4.3.12労働判例1284-78 学校法人宮崎学園事件です。

2.学校法人宮崎学園事件

 本件で被告・被控訴人になったのは、宮崎国際大学(本件大学)ほか複数の学校を設置・運営する学校法人です。

 原告・控訴人になったのは、

満60歳に達するまでの間は、2年間毎に、

満60歳に達いた後は、1年間毎に

期限の定めのある労働契約の更新を繰り返してきた方です。満60歳になったのは、平成27年です。1年毎の契約締結は平成28年4月1日から開始されており、数回の更新のもと元気に生活を送っていました。

 本件では、平成27年中に翌年以降に締結する労働契約を従前より不利益に変更することを内容とする就業規則変更の効力が問題になりました。問題となった就業規則の変更は、次のとおり、60歳到達後の賃金の規定を改めるものでした。

(裁判所の認定した事実)

「平成27年4月1日から適用された本件給与基準・・・は,原判決別紙・・・のとおりであり、被控訴人は、平成21年給与基準で新たに定められ、平成24年給与基準においても維持された契約期間開始日に60歳を超える教員の年俸は昇給しない旨の規定について、60歳に達した日を含む契約期間の年俸の80%とし、昇給はしないものとする(ただし、平成27年3月31日以前の規定適用者については従前のとおりとする。)旨改定した(本件改定)」

 本件の原告は、平成28年4月1日以降、年俸が減少したことを不服とし、就業規則の変更は労働契約法9条及び10条により無効であると主張し、差額未払賃金等の支払いを請求する訴えを提起しました。

 これを原審が棄却したことを受け、原告側が控訴したのが本件です。

 控訴審裁判所は、次のとおり述べて、変更後の就業規則の内容が労働条件に組み入れられるのか否かを労働契約法10条との関係で把握しました。なお、結論としても合理性を否定し、原判決を破棄したうえ、原告の請求を認容する判決を言い渡しています。

(裁判所の判断)

控訴人は、平成12年4月以降、有期雇用契約の更新を繰り返し、その間、准教授、教授へと昇進していることからすれば、控訴人の雇用契約は、本件改定の前後を通じて、実質的には期限の定めのない雇用契約と同一であるということができる。そして、前記前提事実・・・のとおり、本件改定は、60歳を超える教員の年俸は昇給しない旨の平成24年給与基準を変更し、その年俸額を一律に従前の年俸の80%とし、昇給しないとするものであるところ、前記認定事実・・・によれば、平成21年給与基準より前には、『契約期間開始日に60歳を超える教職員を雇用する場合の年俸は、法人本部の査定により理事長が決定する。』との規定の下、60歳を超える教員の給与が減額された例があったが、平成21年給与基準により、『契約期間開始日に60歳を超える教員の年俸は昇給しない』と定められた後、本件改定が行われるまでの6年間にわたり、60歳を超える教員の年俸は据え置かれる状態が続いており・・・の被控訴人作成の書面・・・によれば、被控訴人もその旨の運用を続けてきたことを認めている。)、現に、この間、60歳を超える教員の年俸が減額された例は存在しないから、控訴人においても、60歳を超えた後の自己の年俸について、昇給はないものの、従前のままであり、減額されることはないと期待したことには合理性が認められる。そうすると、本件改定は、60歳を超える教員が支払を受け得る年俸を減額するものであって、実質的には就業規則の不利益変更に当たると認めるのが相当であり、労働契約法10条にいう合理的なものといえる場合に限り、控訴人に対して効力を有すると解するのが相当である。

3.「実質的には期限の定めのない雇用契約と同一」

 上述のとおり、裁判所は、原告被告間の労働契約を「実質的には期限の定めのない雇用契約と同一」であるとし、本件を就業規則による労働条件の不利益変更の場面だと判示しました。

 本件の射程がどこまで及ぶのかは不分明ですが、少なくとも、労働契約の更新が繰り返され、期限の定めのない雇用契約と同一であるような場合、将来発動する可能性のある規定には労働契約法10条の判断枠組みで議論することができそうです。