1.雇止め法理
労働契約法上、
「当該労働者において当該有期労働契約の契約期間の満了時に当該有期労働契約が更新されるものと期待することについて合理的な理由があるものであると認められる」(契約更新に向けた合理的期待が認められる)
場合、有期労働契約者からの契約更新の申込みがあると、使用者は、
「客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められないときは」
申込みを拒絶できず、従前の有期労働契約の内容である労働条件と同一の労働条件で当該申込みを承諾したことになると規定されています(労働契約法19条2号)。
昨日ご紹介した東京地判令3.8.5労働判例1250-13 学校法人河井塾(雇止め)事件は、この合理的期待の内容について、必ずしも同一の労働条件による契約の再締結に向けたものである必要はなく、単に有期労働契約を再締結することで足りると判示しました。
それでは、契約更新自体は期待できたとしても、成績不良や不祥事等により、同一の労働条件による契約更新を期待することに合理性が認められず、切り下げられた労働条件のもとでの契約更新の話し合いが成立しなかった場合、客観的合理的理由・社会通念上の相当性はどのように判断されるのでしょうか? この時に問われるのは、契約を打ち切ることについての客観的合理性・社会通念上の相当性なのでしょうか? それとも、労働条件を切り下げたことについての客観的合理性・社会通念上の相当性なのでしょうか?
東京地判令3.8.5労働判例1250-13 学校法人河合塾(雇止め)事件は、この問題にも重要な判断を示しています。
2.学校法人河井塾(雇止め)事件
本件で被告になったのは、主として大学受験予備校(被告予備校)を運営する学校法人です。
原告になったのは、被告予備校の非常勤講師として働いていた方です。平成6年4月1日以降、期間1年の出講契約を毎年締結していました。
原告・被告間の出講契約は、コマ数(講座数)に応じて賃金が変わる仕組みになっていて、平成28年度(平成28年4月1日~平成29年3月31日)の出講契約の基本賃金は月額33万4650円とされていました。
しかし、平成29年度(平成29年4月1日~平成30年3月31日)の出講契約の更新にあたり、被告は、
授業アンケートの結果が芳しくなかったこと、
被告の施設内において無断で文書配布を行ったこと、
を理由に浪人生向けのⅠ科のコマ数を2コマ減らし、基本賃金を月額26万1900円とする契約内容を提示しました。
原告は、これに同意できないとして、労働契約法19条に基づいて、従前と同じ条件による契約の更新を申し込みました。しかし、被告は、これを拒否し、結果、平成29年度の出講契約は、不成立となりました。
これに対し、労働契約法19条に基づき従前と同一の労働条件のもとで契約が更新されていると主張して、原告が地位確認等を求める訴えを提起したのが本件です。
本件の裁判所は、
「本件出講契約の契約期間満了の時に次年度も出講契約が締結されると期待することについておよそ理由がないということはできない。」
としながらも、
「原告において、平成29年度の出講契約の締結の際に、平成28年度の出講契約と同一の労働条件により出講契約の更新を期待することについて合理的な理由があるということはできない。」
と認定しました。
この認定を前提としたうえ、裁判所は、客観的合理的理由・社会通念上の相当性について、次のような判断枠組を示しました。
「労契法19条柱書前段に該当する雇止めの中には、労働者が従前と同一の労働条件の更新を求める場合において、使用者が従前とは異なる(通常は従前よりも低下した内容。)労働条件を提示し、労働者が同条件に合意しないことを理由として使用者が更新を拒絶する場合がある。労働者がその従前よりも低下した労働条件に合意する場合には、労働契約が更新されることになるが、有期労働契約の更新に対する合理的な理由があるという労契法19条2号の要件を具備する場合において(前判示のとおり、労働契約更新に対する合理的期待の存在であり、『同一の労働条件』に対する合理的期待の存在ではない。)、労働者がその条件に合意しないときには上記・・・において判示したとおり雇止めの問題となり、当該雇止めについて、客観的に合理的な理由及び社会通念上の相当性という同条柱書後段の要件を具備するときは、従前の労働契約と同一の労働条件で労働契約が更新されたものとみなされる。この場合に雇止めに至った根本的な原因は、使用者が更新に際して従前と異なる労働者が承諾できない内容の労働条件を提示したことにあるから、労契法19条柱書後段の該当性は、使用者が提示した当該労働条件の客観的合理性及び社会的相当性を中心に検討すべきである。具体的な判断に当たっては、従前の労働条件と同一の労働条件で労働契約が更新されたものとみなされるという法的効果を踏まえ、使用者が従来の労働条件を維持することなく新たに提示した労働条件が合理的であることを基礎付ける理由の有無及び内容、使用者が提示する労働条件の変更が当該労働者に与える不利益の程度、同種の有期契約労働者における更新等の状況、当該労働条件提示に係る具体的な経緯等の諸般の事情を総合考慮し、使用者が提示した当該労働条件の客観的合理性及び社会的相当性を中核として労契法柱書後段該当性を判断すべきである。」
3.打ち切ることのではなく変更の客観的合理性・社会通念上の相当性が問われる
以上のとおり、裁判所は、
「使用者が提示した当該労働条件の客観的合理性及び社会的相当性を中心に検討すべきである」
との判断を示しました。これは要するに変更の客観的合理性・社会的相当性を問題にするとの趣旨であるように思われます。労働条件の不利益変更の打診を伴う雇止めにおける客観的合理性・社会通念上の相当性に関する判断基準を示した裁判例として、本件の判示は実務上参考になります。