弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

雇止め-合理的期待は雇い主の変更と共に引き継がれるか?

1.雇止め法理(合理的期待)

 労働契約法上、

「当該労働者において当該有期労働契約の契約期間の満了時に当該有期労働契約が更新されるものと期待することについて合理的な理由があるものであると認められる」(契約更新に向けた合理的期待が認められる)

場合、有期労働契約者からの契約更新の申込みがあると、使用者は、

「客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められないときは」

申込みを拒絶できず、従前の有期労働契約の内容である労働条件と同一の労働条件で当該申込みを承諾したことになると規定されています(労働契約法19条2号)。

 それでは、この契約更新に向けた合理的期待は、同じ仕事に従事している限り、雇い主が変わった場合にも引き継がれるのでしょうか?

 公的施設の管理受託者の変更に伴い実際に管理業務を担っていた労働者の雇用契約が新規受託者に引き継がれる場合、事業譲渡と共に当該事業に従事していた労働者の雇用契約が譲受人に引き継がれる場合など、従事する仕事の存在・内容自体には特段の変化がないまま、雇い主のみが変わることがあります。

 こうした場合、既に生じていた契約更新に向けた合理的期待は、新たな雇い主にも主張することがでいるのでしょうか?

 この問題を考えるうえで参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。東京地判令3.7.8労働判例ジャーナル116-32 ビソー工業事件です。

2.ビソー工業事件

 本件の被告は、総合ビル管理及び警備事業等を目的とする株式会社です。

 原告は、東京住宅供給公社(本件公社)からa住宅(本件住宅)ほか2住宅の総合管理及び清掃業務を受託した株式会社アクト・ツーワンとの間で労働契約を締結し、本件住宅で管理員として勤務していた方です。

 本件住宅の管理受託会社が、株式会社アクト・ツーワンから高橋工業株式会社(高橋工業)に引き継がれると、今度は高橋工業との間で労働契約を締結し、引き続き本件住宅の管理員として勤務していました。

 被告は本件公社から管理業務を受託するにあたり、高橋工業から管理員の雇用の継続を依頼され、管理員全員を継続して雇用することにしました。こうした経緯のもと、原告は被告との間で、期間1年の有期労働契約を締結しました。

 被告は本件公社から3年単位で本件住宅等の管理業務を受託していましたが、勤務態度不良等を理由に、1期1年で原告を雇止めにしました。

 これを受けて、原告が、被告に対し、雇止めの無効を理由に地位確認等を求める訴えを提起したのが本件です。

 本件では被告のもとにおいて一回も有期労働契約が更新されていなかったことから、原告に契約更新に向けた合理的期待が認められるのかどうかが問題になりました。

 この問題について、裁判所は、次のとおり述べて、合理的期待は認められないと判示しました。

(裁判所の判断)

「有期労働契約の雇止めについて、労働契約法19条2号所定の契約更新の合理的期待の有無を判断するに当たっては、雇用の臨時性・常用性、更新の回数・雇用の通算期間、契約期間管理の状況、雇用継続に係る制度の有無、雇用継続の期待を持たせる言動等を総合考慮して判断すべきと解される。」

「本件雇止めにおける契約更新の合理的期待の有無について検討すると、前記前提事実のとおり、本件雇止めは、本件労働契約の初回の更新時にされたものであり、また、原告の雇用の通算期間は1年にすぎないことからすれば、本件雇止めの時点において、雇用継続に対する合理的期待を生じさせる程度の反復更新がされていたとは認められない。この点、原告は、本件労働契約の締結前から約5年にわたり本件住宅の管理員として勤務し、契約が更新され続けてきたことから、契約更新に対する合理的期待が生じていた旨主張する。しかしながら、前記認定のとおり、原告は、本件業務の受託会社の変更に伴い、異なる受託会社との間で労働契約を締結している・・・のであり、本件業務の受託会社が株式会社アクト・ツーワンから高橋工業に変更されるに際しては採用面接が行われ、少なくとも2名の管理員が不採用とされる・・・など、従前の受託会社と管理員との雇用関係が当然に新たな受託会社に引き継がれるものではないことからすれば、原告が、本件労働契約の締結以前に本件住宅の管理員としての勤務を継続していたとしても、そのことが契約更新に対する合理的期待を生じさせるものということはできない。原告は、本件業務の受託会社が高橋工業から被告に変更された際には、同僚の管理員全員が採用面接を受けることなく被告に採用されたことを指摘するが、仮にかかる事実が認められるとしても、被告が管理員らに対して契約が更新されることについてまで保証したというべき事情は認められないことからすれば、やはり契約更新に対する合理的期待が生じていたということはできない。

「また、原告は、被告が本件公社から本件業務を3年間の契約期間で受託しており、本件雇止めの時点において2年の契約期間が残されていた旨主張する。しかしながら、被告と本件公社との委託契約の契約期間が3年間であるのに対し、本件労働契約の契約期間は1年間とされていることからすれば、本件労働契約において、被告が受託した全期間について雇用の継続を保証したものと解することはできない。」

「さらに、原告は、原告が従事していた業務内容は恒常的なものであり、原告を除く管理員は全員が契約を更新されている旨主張する。しかしながら、原告は、本件住宅の管理員として管理業務に従事していたところ、被告における同業務は、委託契約の終了により消滅する可能性があるもので、また、勤務形態も、複数の管理員が勤務表に基づき交代して担当するものであったことからすれば、同業務の性質が恒常的なものということはできない。また、本件住宅の管理員の更新の状況は明らかではなく、F所長やDは既に退職していることが窺われる・・・ことに加え、本件雇止めは、被告が本件業務を受託してから最初の更新時にされたものであることからすれば、管理員の契約が原則として更新される実態にあったとまでは認め難い。そうすると、原告の上記主張は、契約更新に対する合理的期待を基礎づけるものということはできない。」

「以上の事情を考慮すれば、本件雇止めの時点において、契約更新に対する合理的期待が生じていたと認めることはできない。」

3.一概に合理的期待がリセットされるというわけではないだろうが・・・

 裁判所は、アクト・ツーワンから高橋工業への労働契約の承継の際に面接が実施されるなど、労働関係が当然に新たな会社に引き継がれる形になっていなかったことを指摘し、原告の契約更新に向けた合理的期待を否定しました。

 有期のプロジェクトについて契約の存続期間内における合理的期待を認めた例もあるため、雇い主の変更に伴って仮に一回も契約が更新されていない労働者として扱われたとしても、一概に合理的期待が否定されるわけでないのだろうとは思われます。

 しかし、本件のように比較的あっさりと合理的期待の承継・発生を否定してしまう裁判例もあることには、留意しておく必要がありそうです。