1.雇用契約と委任契約
雇用契約は、
「当事者の一方が相手方に対して労働に従事することを約し、相手方がこれに対してその報酬を与えることを約することによって、その効力を生ずる」
契約です(民法623条)。
他方、委任契約は、
「当事者の一方が法律行為をすることを相手方に委託し、相手方がこれを承諾することによって、その効力を生ずる」
契約です(民法643条)。
雇用契約は、労働契約として、労働基準法、労働契約法などの労働法の適用を受けます。他方、委任契約は、「原則として」労働法の適用を受けません。そのため、裁判実務上、時として、ある契約が、雇用契約なのか、委任契約なのかが争われることがあります。
しかし、こうした争いは、あまり意味のあるものではありません。労働法の適用範囲は、雇用契約・委任契約といった法形式ではなく、労働者としての実質を有しているのか否かによって画されるからです。
現行実務上、ある人が労働者かどうかの判断に影響力を持っているのは、
昭和60年12月19日の厚生労働省労働基準法研究会報告「労働基準法の『労働者』の判断基準について』
です。
https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000000xgbw-att/2r9852000000xgi8.pdf
これによると、労働者性の判断にあたっては、
「雇用契約、請負契約といった形式的な契約形式のいかんにかかわらず、実質的な使用従属性を、労務提供の形態や報酬の労務対償性及びこれらに関連する諸要素をも勘案して総合的に判断する必要がある」
とされています。つまり、委任契約が原則として労働法の適用を受けないというのは、あくまでも原則であるにすぎず、例外がないわけではありません。委任契約であったとしても、実質的な使用従属性が認められる場合、契約当事者は労働法の適用を受けることになります。
労働法の適用の可否が争われる局面において重要なのは、雇用契約か委任契約かといった法形式上の区別ではありません。労働者としての実質(使用従属性)が認められるかどうかです。労働法の適用を主張したい場合、雇用契約か委任契約かという争点設定をするのではなく、より直接的に労働者性が認められるのかどうかという議論をする必要があります。そうしないと「委任契約だけれども労働法の適用を受けられる」という領域を見落としてしまうからです。
近時公刊された判例集にも、争点設定の適格性に疑問を覚える裁判例が掲載されていました。東京地判令3.7.14労働判例ジャーナル116-28 米八グループ事件 です。
2.米八グループ事件
本件で被告になったのは、経営コンサルティング業務、経理業務・人事業務などのアウトソーシングサービスを業とする株式会社です。
原告になったのは、被告の臨時株主総会で常務執行役員社長室長に選任された方です。被告から常務執行役員を解任し、委任契約を解除するとの意思表示を受けたことを受け、原被告間の契約は雇用契約であると主張して、雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認等を請求しました。
この事件で違和感があるのは、原告と被告との間の契約が、雇用契約なのか委任契約なのかが争点になっていることです。
裁判所は、次のとおり述べて、原告と被告との間の契約が、委任契約であると判示しました。
(裁判所の判断)
「争点(1)(原告と被告との間の契約は雇用契約か委任契約か。委任契約である場合、解除条件が付されていたか)について」
「原告は、被告との間で賃金年間900万円とする期限の定めのない雇用契約を締結したと主張する。」
「しかしながら、原告は平成30年12月20日に被告の臨時株主総会で常務執行役員社長室長に選任されたが、原告と被告との間で雇用契約書や労働条件通知書が作成されたことはなく、原告の主張を裏付ける確たる証拠はない。」
「また、被告の就業規則・・・では、書類選考、健康診断、面接等の選考試験に合格した者を従業員として採用し、被告は採用された者に対して採用時の給与額等を記した書面を交付し、採用された者は、誓約書、身元保証書、入社届等の必要書類を提出することが定められているが(第4条、第5条、第7条)、原告については就業規則に定められた方法で常務執行役員に選任されたわけではないし、選任時点で報酬額も定まっていなかった。」
「このように、原告と被告との間の契約が雇用契約であることを裏付ける確たる証拠がなく、被告の就業規則に定められた手続によらずして被告の臨時株主総会で常務執行役員として選任されており、選任時点で重要な条件である報酬額も定まっていなかったことからすると、原告と被告との間の契約は雇用契約とは認められず、委任契約と認められる。」
3.なぜ雇用契約/委任契約という争点設定をしたのだろうか?
上述のとおり判示した後、裁判所は、原告と被告との間の契約が委任契約として労働法の適用を受けないことを前提に論を進めています。
ここで一つ疑問が浮かびます。なぜ、原告の方が、雇用契約なのか/委任契約なのかという争点設定をしたのかです。
原告の方が本件の契約を雇用契約だと主張したのは、労働契約法上の解雇権濫用法理(労働契約法16条)の適用を受けるためだと思われます。労働契約法16条の適用があれば、滅多なことでは契約関係を解消されない反面、委任契約の場合、当事者はいつでも契約を解除することができるからです(民法651条1項)。
しかし、解雇権濫用法理の適用を受けたいのであれば、雇用契約か/委任契約かよりも、労働者か/労働者でないのかを争点とした方が良かったのではないかと思われます。委任契約であったとしても労働者としての実質を有していることを立証できれば、解雇権濫用法理の適用を受けることは可能だからです。
会社側が委任契約として事務処理をしているところに、雇用契約だという主張の仕方で切り込んで行くのは危険な行為です。法形式で議論する限り、雇用契約であることを指し示す事実が豊富に出てくるとは思えないからです。実際、本件では、働き方の実体に踏み込む以前の問題として、形式的な事務処理が雇用に適合的でないことを理由に、原告の主張が排斥されています。
確かに、労働者性が認められるのかどうかという争点設定をしたとしても、勝訴できていたのかは分かりません。判決文に就労実体が書かれていないため、原告の方が、どのような働き方をしていたのかを確認できないからです。
しかし、働き方の実体で逆転できる含みを持たせるためにも、本件のような事案は、雇用契約なのか/委任契約なのか よりも、労働者なのか/労働者でないのか を争点にした方が良かったのではないかと思われます。