弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

期間途中で業務委託契約を解除された業務受託者は、残期間に得られたはずの報酬を請求できるのか?

1.期間途中での業務委託契約の解除

 業務委託契約に基づいて働いているフリーランスの方からよく寄せられる相談類型の一つに、取引先から契約を切られたというものがあります。

 業務委託契約の多くは、準委任契約という契約類型に該当します(民法656条)。

 準委任契約は、各当事者がいつでも契約を解除することができるのが原則です(民法651条1項)。ただし、相手方に不利な時期に委任を解除したときは、やむを得ない事由があった場合を除き、損害の賠償をしなければならないとされています(民法651条2項)。

 それでは、有期業務委託契約を途中解約された業務受託者は、「不利な時期」に(準)委任契約を解除されたとして、残期間に得られたはずの報酬相当額を損害賠償請求することができないのでしょうか?

 会社法上、正当な理由なく任期途中で解任された取締役は、残任期分の報酬相当額の損害賠償を請求することができるとされています(会社法339条2項)。取締役と会社の関係は委任契約として規律されます(会社法330条)。

 民法上の(準)委任契約の途中解約の問題も、会社法上の取締役と同様に理解することができるのでしょうか?

 この問題を考えるうえで参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。昨日もご紹介した、東京地判令3.7.14労働判例ジャーナル116-28 米八グループ事件です。

2.米八グループ事件

 本件で被告になったのは、経営コンサルティング業務、経理業務・人事業務などのアウトソーシングサービスを業とする株式会社です。

 原告になったのは、被告の臨時株主総会で常務執行役員社長室長に選任された方です。被告から常務執行役員を解任し、委任契約を解除するとの意思表示を受けたことを受け、原被告間の契約は雇用契約であると主張して、雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認等を請求しました。

 この事件の原告は、被告との契約が雇用契約であると認定されなかった場合に備え、委任契約であったとしても、「不利な時期」に解約されたものであることから、取締役の任期(会社法332条1項)に準じ、2年分の役員報酬相当額の損害賠償請求が認められるべきだと主張しました。

 裁判所は、原告・被告間の契約を雇用契約ではなく委任契約であると理解したうえ、次のとおり述べて、被告に発生する損害賠償責任を契約解除時点までに限定しました。

(裁判所の判断)

「原告は、常務執行役員社長室長に就任して約4か月しか経っていないという原告に『不利な時期』(民法651条2項)に本件委任契約を解除されたから、被告は民法651条2項又は会社法339条2項に基づく損害賠償責任を負うところ、原告の損害額は、通常の取締役の解任の場合と同様に任期終了までの報酬と考えるべきであるから、2年分の役員報酬相当額となると主張する。」

「前提事実・・・のとおり、被告は指名委員会等設置会社ではないから、被告における執行役は会社法の定める必置の役員ではない(会社法402条1項参照)。したがって、原告が就任した常務執行役員は会社法上の規定によらない任意の役員にすぎないから、その任期につき同条7項の適用はないし、被告が本件委任契約の解除について会社法上の責任を負うこともない。また、被告が本件契約を解除したことにより民法651条2項に基づく損害賠償責任を負うとしても、本件委任契約には期間の定めがあったとは認められないから、『不利な時期』(民法651条2項)に解除されたとして2年分の役員報酬相当額の損害賠償を求めることはできず、解除時までの損害賠償を求めることができるにとどまるというべきである。

3.期間の定めがあったら請求できていた?

 本件で目を引かれたのは、期間の定めがあったとは認められないことを理由に残任期分の役員相当額の損害賠償請求が否定されているところです。

 そもそも残期間の逸失利益の賠償が認められないのであれば、こうした判示をする必要はなく、民法651条2項で賠償の対象となる「損害」には残期間の報酬相当額は含まれない(報酬相当額は稼働した期間に対応する部分でしか発生しない)とだけ述べていれば足りたはずです。裁判所の判断を反対解釈すれば、期間の定めがあったと認められる場合、「不利な時期」による解除として残任期に得られたであろう報酬相当額の損害賠償請求の可能性がありそうにも思われます。

 この問題の答えは、実務上、それほど明確ではありません。ただ、私の知る限り、会社法339条2項は会社役員の場合にのみ妥当する特則で、契約解除に伴う損害賠償請求は、残任期分の報酬相当額の逸失利益の填補を目的とするものではないとする理解の方が優勢なのではないかと思います。そうした状況下にあって、本裁判例は、期間の定めがあれば残任期に得られたであろう報酬相当額を請求する余地があるかのような判断をした事案として注目されます。