弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

有期契約労働者の無期契約に移行してもらうことに向けられた期待と雇止め法理(続)

1.「更新限度条項付き有期契約⇒無期契約」型の人材登用の仕組み

 大学教員が典型ですが、更新限度条項付きの有期契約を何回か更新し、更新限度内に適性や能力を評価されると無期契約を結んでもらえるという人材登用の仕組みがあります。

 昨日の記事でも書いたとおり、この仕組みのもとでは、更新限度に達した労働者の無期契約に移行してもらうことに向けられた期待が、なかなか保護されません。更新限度条項があるため有期契約の更新に向けられた合理的期待が認められにくいうえ(労働契約法19条2号参照)、裁判所が神戸弘陵学園事件(最三小判平2.6.5労働判例564-7)の射程を狭く理解する傾向にあるからです。

 このような状況の中、無期契約に移行してもらうことに向けられた期待を保護するための法律構成として、雇止め法理(労働契約法19条2号)の類推適用により労働者を保護することができないかという問題があります。

 昨日ご紹介した、東京地判令4.3.28労働判例ジャーナル128-30 学校法人目白学園事件は、労働契約法19条2号の類推適用を否定しました。しかし、この裁判例では類推適用が認められない理由を実質的かつ詳細に検討しています。そのため、事案によっては、労働契約法19条2号の類推適用の可能性は否定しきれないように思われます。

 それでは、労働契約法19条2号の類推適用が肯定され、同条の合理的期待に無期契約に移行してもらうことに向けられた期待まで含まれるとした場合、その効果はどのように理解されるのでしょうか? 学校法人目白学園事件は、この問題を考えるうえでも参考になる判断を示しています。

2.学校法人目白学園事件

 本件で被告になったのは、目白学園等を設置する学校法人です。

 原告になったのは、被告との間で有期労働契約を締結していた韓国語学科専任講師の方です。平成26年4月1日を始期とする有期労働契約を締結し、その後、2回に渡り有期労働契約を更新したものの、更新上限に達したとして、平成31年3月31日に雇止めにされました。こうした扱いを受けて、

「専任教員については、当初数年間を有期契約とし、概ね2年から3年後には無期契約に移行する運用となていた」

などとして、労働契約法19条2号の雇止め法理の適用を主張し、労働契約上の地位にあることの確認等を請求する訴訟を提起したのが本件です。

 本件では無期契約への移行を期待するような場面にも、労働契約法19条2号の適用ないし類推適用が認められるのかが問題になりました。

 裁判所は類推適用を否定しましたが、その中で次のような判断を示しています。

(裁判所の判断)

仮に本件雇用契約について、労働契約法19条2号の類推適用ないし解雇権濫用法理の類推適用が認められると解するとしても、前記・・・で検討した事情を踏まえて客観的にみて法的保護に値する合理性という観点でみると、原告が主張する期待の程度が高いものとはいえない。また、前記・・・のとおり、有期雇用教員から任用の転換を請求して審査を受けて審査に通れば転換されるような規定がなく、本人の同意を得て任用の転換審査を実施するか否かの決定は被告の判断に委ねられているといわざるを得ない。そうすると、法的保護に値する合理性のある期待の内容は、有期雇用教員任用規則5条で規定する審査、判断等に当たり不当目的に基づく恣意的な運用等が行われないという限度に止まるというべきであり、本件雇止めが客観的に合理的な理由を欠き社会通念上相当であると認められない場合というのは、被告が有期雇用教員任用規則5条で規定する審査、判断等に当たり不当目的に基づく恣意的な運用を行うなどその権限を濫用した場合に限られるというべきである。

「そして、被告は、前記・・・のとおり、大学設置基準上、教員の定員を充たすかどうかが専任教員の数で定まり、他大学に移籍した場合に人数が減少して定員を充たさないことになる可能性が高まることから一定数の無期専任教員を置く必要がある反面、一定数を有期雇用にして学生数の増減に対応できるようにしておく必要があることを前提に、被告目白大学の外国語学部の各学科における教員構成の検討は各学科の専任教員の年齢構成(定年退職等により補充の必要性が出てくるか否か)、学生数の増減、予算等で決定するものの韓国語学科は原告在籍当時から無期雇用教員の割合が高く近い将来定年退職又は自己都合退職する予定のある者が存在しなかったことなどを踏まえ、無期専任教員を増員しないと決定した旨主張している。証拠・・・及び弁論の全趣旨によれば、被告目白大学外国語学部韓国語学科の教員の雇用状況は別紙5「韓国語学科雇用状況確認表」のとおりで,平成30年度において教員(教育専担、留学生別科担当、所属だけの者を除く。)6名中5名が無期労働契約であったと認められ、被告の上記主張は、韓国語学科の当時の構成に整合的で内容自体に不自然不合理な点はなく、不当目的に基づく恣意的な運用を行うなどその権限を濫用したと評価する根拠となる事実を認める証拠は存しないというべきであり、被告が審査を実施したと仮定しても原告の無期労働契約への転換を認めなかった事情に係る事実・・・の存否を検討するまでもなく、本件雇止めが、客観的に合理的な理由を欠くとは認められず、社会通念上相当であると認められないとはいえない。」

「これに対し、原告は、前記・・・のとおり、本件雇止めが無期転換申込権阻止を目的としていて労働契約法17条2項や同法18条に違反して違法かつ無効であると主張するが、そもそも前記・・・のとおり、大学の教員の雇用については一般に流動性のあることが想定されているのであり、有期雇用教職員の雇用期間の上限を5年とし(有期雇用教職員就業規則2条2項)、有期雇用教員任用規則5条が規定する他の職位又は期限を付さない雇用に任用が転換されない限り5年を超えて有期雇用契約が継続しない制度とした上で、教員の一定数を無期とすべき必要性と教員の一定数を有期とすべき必要性を踏まえて人事権限を行使することが、労働契約法17条2項や同法18条に違反するとは考えられないから、原告の上記主張は採用できない。」

「また、原告は、前記・・・のとおり、韓国語学科が他学科と比べて教員が不足していて無期雇用教員の割合も平成30年時点において他学科と異なる状況になかった、被告が平成30年5月30日に無期雇用教員を増員しない決定をした事実がないなどと主張するが、平成30年時点において原告の主張するとおりの状況であったとしても、学生数が将来減少するリスクについて他学科と対比し韓国語学科について厳しく予測して無期雇用教員を増員しない旨決定したからといって、被告がその権限を濫用したとみることなど困難であるし、被告の上記決定の事実の存在に関する証人D・・・の供述に不自然不合理な点はなく議事録・・・の記載内容とも合致していて信用できるというべきであるから、原告の上記主張は採用できない。」

3.移行規定が不当目的に基づき恣意的に運用された場合

 有期雇用教員任用規則5条とは、次の規定をいいます。

(他の職位又は他の雇用形態への転換)

 優秀な人材の確保等の観点から、有期雇用教員のうち特に必要と認めた者については、雇用期間中に、本人の同意を得た上で、各教員選考手続規則による所定の審査を経て他の職位又は期限を付さない雇用に任用を転換することがある。ただし、理事長が承認した場合を除き、定数規則に定める定数の範囲内とする。

 学校法人目白学園事件は、移行規定が不当目的に基づき恣意的に運用された場合について、雇止めが許されない(無期契約に移行する)余地を認めているようにも読めます。

 労働者敗訴事案ではありますが、こうした判示は、今後、労働契約法19条2号の類推適用を主張して行くにあたり参考になります。