弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

無期転換ルールの例外 大学教職員に対する説明の欠如をどう考えるか?

1.無期転換ルールの例外(大学教職員)

 労働契約法18条1項本文は、

「同一の使用者との間で締結された二以上の有期労働契約・・・の契約期間を通算した期間・・・が五年を超える労働者が、当該使用者に対し、現に締結している有期労働契約の契約期間が満了する日までの間に、当該満了する日の翌日から労務が提供される期間の定めのない労働契約の締結の申込みをしたときは、使用者は当該申込みを承諾したものとみなす。」

と規定しています。

 これは、簡単に言うと、有期労働契約が反復更新されて、通算期間が5年以上になった場合、労働者には有期労働契約を無期労働契約に転換する権利(無期転換権)が生じるというルールです(無期転換ルール)。

 このルールには特例があり、大学の教職員の方に関しては、無期転換権を行使するまでに必要な通算期間が10年とされていることがあります(科学技術・イノベーション創出の活性化に関する法律15条の2、大学の教員等の任期に関する法律7条1項、5条1項、4条参照)。

 しかし、無期転換ルールの特例の存在は、それほど一般に知られているわけではありません。科学技術・イノベーション創出の活性化に関する法律、大学の教員等の任期に関する法律と言われても、そのような名前の法律の存在自体、始めて聞いたという方も少なくないのではないかと思います。そのため、有期労働契約を締結している当の大学教職員の方でさえ、自分の無期転換権の発生に必要な通算期間を5年だと誤解しているケースもあります。

 もちろん、法はこのような事態を好ましいと思っているわけではありません。大学教職員の方が自分の無期転換権の発生に必要な通算期間を10年だと認識できるよう、一定の手当をしています。例えば、

「研究開発システムの改革の推進等による研究開発能力の強化及び研究開発等の効率的推進等に関する法律及び大学の教員等の任期に関する法律の一部を改正する法律の公布について(平成25年12月13日 25文科科第399号 平成31年3月29日一部改正)」

は、留意事項として、

「労働契約法の特例の対象者と有期労働契約を締結する場合には、相手方が同条に基づく特例の対象者となる旨等を書面により明示し、その内容を説明すること等により、相手方がその旨を予め適切に了知できるようにするなど、適切に運用する必要があること」

に言及しています。

 それでは、こうした行政通達の趣旨に反し、労働契約の開始にあたり特例の対象になることについての説明が行われていなかったことは、法律上、どのように評価されるのでしょうか?

 昨日ご紹介した、大阪地判令4.1.31労働経済判例速報2476-3 学校法人乙事件は、この問題を考えるにあたっても参考になる判断を示しています。

2.学校法人乙事件

 本件で被告になったのは、私立学校法に基づいて設立されたA大学を設置する学校法人です。

 原告になったのは、被告との間で有期労働契約を締結し、被告大学で専任教員を務めていた方です。期間3年の有期労働契約を締結し、1回の更新(更新期間3年)の後、契約期間満了による雇止めを受けました。これに対し、大学の教員等の任期に関する法律(大学教員任期法)の適用を争い、無期転換権を行使したことなどを理由に、地位確認等を求める訴えを提起したのが本件です。

 特例の説明の欠如との関係において、本件の原告は、

大学教員任期法ないし10年特例が適用されるためには、10年特例の適用に関する書面を交付した上で説明することが必要になる、

説明がなかったことにより、労働契約の締結時に大学教員任期法の存在を認識しておらず、本件労働契約は恣意的ないし濫用的な運用がされている、

といった主張を展開しました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、原告の主張を排斥しました。結論としても原告の請求を棄却しています。

(裁判所の判断)

-書面交付との関係について-

「原告は、改正公布通知等を指摘するなどして、大学教員の労働契約に大学教員任期法ないし10年特例が適用されるためには、労働契約の締結時ないし更新時、大学側から当該労働契約が大学教員任期法4条1項各号に該当することなど大学教員任期法の適用に関して十分に説明し、その上で労働者の同意を得ること、10年特例の適用に関する書面を交付した上で説明することや労働者の了知が必要となる旨主張する・・・。」

「しかし、大学教員任期法は、『大学等において多様な知識又は経験を有する教員等相互の学問的交流が不断に行われる状況を創出することが大学等における教育研究の活性化にとって重要であることにかんがみ、任期を定めることができる場合その他教員等の任期について必要な事項を定めることにより、大学等への多様な人材の受入れを図り、もって大学等における教育研究の進展に寄与することを目的とする。』(大学教員任期法1条)と規定しており、同法所定の要件を充足した場合に大学の教員に関する雇用の流動性を予定していると解される。」

「しかるところ、同法は、一定の場合にあらかじめ教員の任期に関する規則を定めることにより教員の任期を定めることができること(大学教員任期法4条、5条)や同法5条1項の規定による任期の定めのある労働契約を締結した教員に10年特例の適用がある旨定めている(大学教員任期法7条)ものの、労働契約の締結時ないし更新時、原告主張に係る特別な説明や同意等が大学教員任期法ないし10年特例を適用するための要件となる旨の規定を置いていない。

原告指摘に係る行政庁が発出した改正公布通知等・・・は、制度の円滑な運用の実施及び恣意的な運用の防止の観点から望ましい事項や留意事項を例示的に掲げたものと理解されるものの、法規範ではなく、これらの通知があることによって同通知に記載された事項そのものが直ちに大学教員任期法ないし10年特例の適用要件になるものと解することはできない。大学教員任期法や10年特例に関する立法経緯(附帯決議のあること等)は、上記認定判断を左右するものではない。原告の主張は独自の見解であり、採用の限りでない。

-大学教員任期法の存在の認識について-

「原告は、本件労働契約につき、被告から大学教員任期法が適用されるとの説明がなかったなどと主張し、自身が大学教員任期法の存在を知ったのは、本件労働組合の執行委員に就任した頃(平成26年5月ないし6月ころ)であったなどと供述する。」

「前記・・・認定のとおり、本件労働契約の締結に際し、C事務局長は、任期は3年であり、契約書の内容として再任はないものとする旨、再任がされる場合であってもそれは1回限りである旨の説明をするなどしたものの、大学教員任期法の名称を使用することはなく、大学教員任期法4条1項各号に関する説明等は含まれていなかった。」

「しかし、そもそも原告主張に係る『説明』等のあることが大学教員任期法適用のための要件とはいえないことは既に説示したとおりである。

また、原告が、仮に大学教員任期法の存在等を十分認識していなかったとしても、大学教員任期法にいう『任期』の定義に合致する事実を認識した上で、本件労働契約を締結したものであることは上述のとおりであり、原告に対して就業規則の配付等がされていたこと・・・等、本件に表れた前記認定の事実関係に照らすと大学教員任期法の趣旨を没却するような事情があるとはいえない。

「よって、原告の上記主張は採用の限りでない。」

3.説明の欠如にそれほどの意味付けがなされなかった

 上述のとおり、裁判所は書面による説明を10年特例の適用要件とは位置付けませんでした。また、労働契約の締結時に大学教員任期法の存在を十分に認識していなかったとしても、それだけでは法の趣旨を没却するとはいえないと判示しました。

 文言解釈という観点から原告の主張に難しい面があったことは否定できませんが、大学教職員の方の身分の安定が図られなかったことは大変残念に思われます。