弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

ハラスメント(セクハラ)に関する第三者委員会の調査報告書の信用性が否定された例

1.使用者側が委託した「第三者」による調査報告書

 ハラスメントを受けた労働者が被害を申告した場合、使用者は事実関係を迅速かつ正確に確認し、適正な対処を行う必要があります(令和2年厚生労働省告示第5号「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」、平成18年厚生労働省告示第615号「事業主が職場における性的な言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」等参照)。

職場におけるハラスメントの防止のために(セクシュアルハラスメント/妊娠・出産・育児休業等に関するハラスメント/パワーハラスメント

 この事実関係の迅速かつ正確な確認をするにあたっては、第三者委員会など、経営者の意向をから独立した第三者的な機関が活用されることがあります。

 しかし、この第三者機関というのが曲者で、労働者側からみると「第三者」的な体を装っていても、結局、任命権者である経営者の意向を忖度し、特定の方向性を持って調査をしているのではないのかが疑われるケースが多々認められます。偏向しているとまではいえなくても、使用者にとって不都合なハラスメントの事実を認定することに対し過度に抑制的になっているケースもあります。

 実際の「第三者」性は疑わしいにも関わらず、形のうえでは「第三者」が作成したことになっているため、第三者委員会の調査報告書は事実認定を誤らせる類型的可能性の高い証拠といえます。しかし、このような危険性が裁判実務において十分に認識されているのかは疑わしく、労働者側が裁判所でハラスメントの存在を立証するにあたっては、ハラスメントの存在を否定する第三者委員会の調査報告書の信用性をどのように否定するのかを考えなければならないことが少なくありません。

 このような問題意識を持っていたところ、近時公刊された判例集に、ハラスメントの存否に係る第三者委員会の調査報告書の信用性を否定した裁判例が掲載されていました。さいたま地判令4.1.13労働判例ジャーナル122-24 損害賠償請求事件です。

2.損害賠償請求事件

 本件は本訴事件と反訴事件とが併合審理されている事件です。

 原告になったのは元市議会議員の方です。

 被告になったのは市職員の方です。被告が二回にわたる記者会見で原告からセクシュアルハラスメント(セクハラ)を受けた事実を公表したことが名誉毀損にあたるとして、損害賠償を請求したのが本訴事件です。

 これに対し、被告が、セクハラを受けたこと等を理由に原告に損害賠償を求める訴えを提起し返したのが反訴事件です。

 本件の原告は、市議会委員による第三者委員会が作成した調査報告書(本件調査報告書)においてセクハラ等の事実の多くが認められていなかったことを根拠に名誉毀損の成立を立証しようとしました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、第三者委員会の調査結果報告書の信用性を否定しました。結論としても、セクハラの事実を認め、本訴請求を棄却する一方、反訴請求を一部認容しています。

(裁判所の判断)

「原告は、前記・・・認定の事実(セクハラを構成する事実 括弧内筆者)を否認し、本件調査結果報告書において、被告の主張するセクハラ等の事実がほとんど認められていないことはその証左であると主張する。」

「しかしながら、本件第三者委員会が本件調査結果報告書を作成した時点では、被告とBのメッセージの内容・・・といった被告の供述の信用性を左右する証拠が提出されていなかったと認められるから・・・、本件第三者委員会の事実認定の結果から、直ちに被告の供述の信用性が否定されるものではない。
 この点について、本件調査結果報告書・・・によれば、本件第三者委員会による聞き取り調査の結果、原告が本件懇親会において被告主張の性的言動に及んだことを記憶している者はいなかったとされているものの、本件第三者委員会による聞き取り調査は、いずれも原告が川越市議会議員を辞職して間もない時期(平成30年10月18日から同年11月8日まで)に行われたものであって、本件調査結果報告書が指摘するように、川越市職員にとって、川越市議会議員が実質的な上司に当たり、川越市職員が川越市議会議員に意見を述べることが相当困難な状況であったことや、川越市議会議員間でも、当選回数による上下関係が存在すること・・・等を踏まえると、本件第三者委員会の聞き取り調査の際に、原告によるセクハラ等の事実を明らかにするのをためらった者がいたとしても不自然とはいえないから、この点も前記判断を左右するものではない。」

3.関係性から調査結果報告書の信用性への疑義が呈されている

 本件は、

本件は元市議会議員(原告)と市役所職員との関係、

調査委員会内部での上下関係

などの作成にあたった人の人間関係に注目すれば、原告によるセクハラ等の事実を第三者委員会に申告することを躊躇った者がいてもおかしくないなどと判示し、調査結果報告書の信用性を否定しました。

 裁判所が用いた論理は、民間事業者において、

退職した幹部社員のハラスメントの存否を現職社員から聴取した結果がまとめられている調査報告書の信用性が問題になる場面、

上司社員のハラスメントの存否を部下社員から聴取した結果がまとめられている調査報告書の信用性が問題になる場面

など、類似した場面で広く応用できる可能性を持っており、今後の実務での活用が期待されます。