弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

雇止め-懲戒処分(譴責処分)・厳重注意を受けた事実が合理的期待の減殺要素とはされなかった例

1.雇止め法理の二段階審査

 有期労働契約は期間の満了とともに終了するのが原則です。

 しかし、

「当該労働者において当該有期労働契約の契約期間の満了時に当該有期労働契約が更新されるものと期待することについて合理的な理由があるものであると認められる」

場合(いわゆる「合理的期待」が認められる場合)、

有期労働契約者は、使用者による一方的な雇止めから法的に保護されています。

 具体的にいうと、客観的合理的理由・社会通念上の相当性が認められない場合、労働者からの契約更新の申込みに対し、使用者の承諾が擬制されます(労働契約法19条2号参照)。

 このルールの適用を受けるにあたっては、規定の構造上、労働者は二つのハードルを乗り越える必要があります。

 一つは合理的期待が認められることです。契約更新に向けた合理的期待が認められない場合、大した理由があろうがなかろうが、期間満了により労働契約は終了することになります。

 もう一つは、客観的合理的理由・社会通念上の相当性です。契約の更新が認められるためには、使用者側が主張する雇止めの事由が、客観的合理的理由・社会通念上の相当性に欠けているといえる必要があります。要するに、大した理由もないのに、契約の更新を拒絶することは許されないということです。

 それでは、契約期間中に懲戒処分や厳重注意処分を受けた事実は、どの段階で検討の対象となるのでしょうか? 契約更新に向けた合理的期待を減殺させる事情として考慮されるのでしょうか? それとも、更新を拒絶するための事情(客観的合理的理由の有無等)として考慮されるのでしょうか?

 この問題はそれほど明確に分かっているわけではありません。

以前書いた記事

雇止め-問題行動が契約更新に向けた合理的期待を失わせる理論的根拠 - 弁護士 師子角允彬のブログ

では合理的期待の減殺要素として考慮された裁判例を紹介させて頂きましたが、近時公刊された判例集に、合理的期待の減殺要素としての位置付けが否定された裁判例が掲載されていました。東京地判令4.1.27労働判例ジャーナル123-12 学校法人茶屋四郎次郎記念学園事件です。

2.学校法人茶屋四郎次郎記念学園事件

 本件で被告になったのは、東京福祉大学及び東京福祉大学大学院を設置・運営する学校法人です。

 原告になったのは、平成25年4月1日に被告と期間1年の有期労働契約を締結して以来、1年刻みで契約の更新を繰り返してきた方です。平成31年3月31日付けで雇止めにされたことを受け、労働契約法19条による契約更新を主張し、地位の確認等を求める訴えを提起しました。

 原告は、教務課職員と口論になった際、ゴミ箱を蹴りつけたとの理由で、平成30年2月に譴責処分を受けていました(本件けん責処分)。また、留学生に対する言動が理由で、平成30年4月には厳重注意を受けました(本件厳重注意)。

 被告は、

「原告は、これらの事実が再雇用の可否の審査において原告に不利に斟酌されるであろうことを認識していたはずである」

などと述べて、契約更新に向けられた合理的期待は認められないと主張しました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、本件けん責処分や本件厳重注意が合理的期待を減殺することを否定しました。

(裁判所の判断)

「原告は、主に伊勢崎キャンパスにおいて、社会福祉学部社会福祉学科経営福祉専攻の専任講師として勤務していたところ、原告の担当していた学部・学科における授業時間は週4日6コマ(1コマ90分授業)であり、本件雇止め後も、原告が担当していた科目については、他の教員が授業を実施しているのであって、原告の従事していた職務は、東京福祉大学において恒常的なものであったことが認められる。」

「また、前記前提事実・・・のとおり、被告の教員任期規程3条においては、教員の任期が2年以内とされる(同条1項)一方で、任期が満了した教員は、有期労働契約が通算して5年を超えない範囲内で再任することができるとされ、教育研究上特に優れた業績を残した教員には更に例外的な取扱いをする旨が定められており(同条2項)、被告の教員任期規程では、有期雇用契約の更新が想定されているということができる。そして、前記前提事実・・・によれば、原告は、被告との間で、平成25年4月1日に契約期間を1年間とする有期労働契約を締結した後、本件労働契約を締結するまで、5回にわたって有期労働契約を更新し、その都度、『原告は、その任用が7年間継続された場合、就業規則に定めるとおり、終身雇用制(テニヤ)の審査対象となるものとする』旨を合意していたことを認めることができるのであって、原告及び被告は、本件労働契約の締結時を含めて各更新の都度、有期労働契約が更新され得ることを前提としていたものということができる。」

「そして、前記前提事実・・・のとおり、原告は、被告との間で、更新の都度、雇用契約書を取り交わして有期労働契約を締結し、各雇用契約書では、労働契約の更新(各雇用契約書上は『再契約』と記載されている。)については、原告から契約終了の6か月前までに所定の様式及び手続により申し出るものと定められていたが、証拠・・・によると、被告は、有期労働契約を更新することが好ましいと判断した教員に対しては、毎年9月から11月頃までの間にメールを送信して更新の希望の有無についての意向確認を行い、毎年12月頃に更新するかどうかについての最終決定を伝えることによって労働契約の更新を行っており、事後に雇用契約書を取り交わすという、雇用契約書記載の条項よりも手続的な厳格さを欠く態様による更新が繰り返されていたことが認められる。」

「さらに、被告は、平成30年11月頃、原告が、平成31年度も被告の教員であることを前提として、文部科学省による平成31年度科学研究費助成事業に対して所属研究機関を東京福祉大学として応募する研究計画の内容を承認していたことが認められる・・・。」

「原告と被告の間の有期労働契約の更新に関する以上の事情に照らすと、原告において本件労働契約が更新されるものと期待することについて合理的な理由があったものと認められるから、本件労働契約は、労働契約法19条2号に該当するということができる。」

「この点、被告は、原告において、本件けん責処分及び本件厳重注意が行われた事実が再雇用の可否の審査において原告に不利に斟酌されるであろうことを認識していたはずであると主張する。しかしながら、前記前提事実・・・によれば、被告は、本件けん責処分及び本件厳重注意の対象となった原告の言動を認識した上で、平成30年3月31日に原告との間で本件労働契約を締結したものであり、その後に被告から原告に交付された同年4月23日付け『厳重注意通知書』には『今回の指導を省みることなく、同様の行為を繰り返した場合には、本学との契約を解除することもあります』との警告が記載されている(前記前提事実・・・)が、原告が本件労働契約の契約期間中に『同様の行為』を繰り返した事実は認められない。以上に加えて、上記・・・のとおり、被告が原告に対して平成31年度も雇用が継続されるものと期待させる行動をとっていたことが認められることも考慮すると、被告の上記主張は採用することができない。

3.水に流されていないか、警告はあるか、警告に対応する非違行為があるか

 一段階目の審査で合理的期待なしとされてしまった場合、些細な事情しかなかったとしても労働契約は終了してしまいます。

 そのため、労働者側で事件に取り組むにあたっては、一段階目の審査の考慮要素の幅をどのように削ぎ落として行くのかが重要なテーマになります。

 本件の裁判所は、

問題行動の後も契約が更新されていること、

警告に対応する行為が繰り返されているわけではないこと、

などを根拠に、本件けん責処分・本件厳重注意が一段階目(合理的期待の有無の段階)の考慮要素になることを否定しました。

 一段階目と二段階目で考慮要素の切り分けを行うにあたり、有益な着目点を示した裁判例として参考になります。