弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

雇止め-問題行動が契約更新に向けた合理的期待を失わせる理論的根拠

1.雇止め法理の適用における問題行動の位置付け

 労働契約法19条2号は、

「当該労働者において当該有期労働契約の契約期間の満了時に当該有期労働契約が更新されるものと期待することについて合理的な理由があるものであると認められる」

場合(いわゆる「合理的期待」が認められる場合)、

有期労働契約の更新拒絶を行うためには、客観的合理的理由、社会通念上の相当性が必要になると規定しています。

 この規定があるため、契約更新に向けて合理的期待を有している労働者は、さしたる理由もなく契約更新を拒絶されることから保護されています。

2.二段階審査

 この規定の適用を受けるにあたっては、労働者は二つのハードルを乗り越える必要があります。

 一つは合理的期待が認められることです。契約更新に向けた合理的期待が認められない場合、大した理由があろうがなかろうが、期間満了により労働契約は終了することになります。

 もう一つは、客観的合理的理由・社会通念上の相当性です。契約の更新が認められるためには、使用者側が主張する雇止めの事由が、客観的合理的理由・社会通念上の相当性に欠けているといえる必要があります。要するに、大した理由もないのに、契約の更新を拒絶することは許されないということです。

 雇止めの可否を検討するにあたっては、このように司法審査の構造が二段階に分かれていることを意識しておく必要があります。

3.問題行動の位置付けは?

 それでは、雇止め法理の適用の可否を判断するにあたり、労働者側に問題行動があったことは、どこに位置付けられるのでしょうか?

 更新に向けた期待を減殺する事情として、合理的期待が認められるのかどうかの考慮要素として位置付けられるのでしょうか?

 それとも、合理的期待とはあまり関係がなく、客観的合理的理由・社会通念上の相当性が認められるか否かを判断する段階で検討されるのでしょうか?

 この問題は、あまりはっきりとは分かっていません。合理的期待の有無を審査する段階での考慮要素として位置付けた裁判例もあれば、客観的合理的理由・社会通念上の相当性の有無を判断する段階で検討した裁判例もあります。

 しかし、個人的には合理的期待の有無の段階での考慮要素として位置付けることには疑問を持っていました。その理由は理論的根拠が良く分からないことです。問題行動を起こして、使用者側から「次の契約の更新はなくなりますよ。」と注意指導を受けていた場合に、注意指導を受けていたことと、注意指導にも関わらず問題行動が改まらなかったことがセットで合理的期待を減殺するという理屈であれば分からなくもありません。しかし、契約の更新に向けた注意指導と紐づけられていない問題行動それ自体に合理的期待を減殺する効力があるとする理論的根拠は良く分かりません。

 立法者意思にしても、問題行動を合理的期待と直接結びつく事情として評価いていたのかは疑問があります。具体的に言うと、平成24年8月10日 基発0810第2号 厚生労働省労働基準局長「労働契約法の施行について」は、合理的期待の考慮要素について、次のとおり記述しています。

法第19条第1号又は第2号の要件に該当するか否かは、これまでの裁判例と同様、当該雇用の臨時性・常用性、更新の回数、雇用の通算期間、契約期間管理の状況、雇用継続の期待をもたせる使用者の言動の有無などを総合考慮して、個々の事案ごとに判断されるものであること。 なお、法第19条第2号の『満了時に』は、雇止めに関する裁判例における判断と同様、『満了時』における合理的期待の有無は、最初の有期労働契約の締結時から雇止めされた有期労働契約の満了時までの間におけるあらゆる事情が総合的に勘案されることを明らかにするために規定したものであること。したがって、いったん、労働者が雇用継続への合理的な期待を抱いていたにもかかわらず、当該有期労働契約の契約期間の満了前に使用者が更新年数や更新回数の上限などを一方的に宣言したとしても、そのことのみをもって直ちに同号の該当性が否定されることにはならないと解されるものであること。

 上記文書では合理的期待の存否を判断するための考慮要素として労働者の問題行動は明示されていませんし、一旦生じた合理的期待を事後的な事情によって消滅させることには否定的な考えが持たれているようにも見えます。

 このように問題行動を二段階審査のどの段階に位置付けるのかは、不分明なところが多いのですが、近時公刊された判例集に、問題行動が合理的期待を減殺する理由が説明された裁判例が掲載されていました。横浜地川崎支判令3.12.21労働判例ジャーナル122-30 アクイティオ事件です。

4.アクイティオ事件

 本件で被告になったのは、川崎市市民ミュージアムの指定管理者とされていた株式会社です。

 原告になったのは、被告との間で有期労働契約(平成29年4月1日~平成30年3月31日)を締結し、副館長として働いていた方です。問題行動があるなどとして、平成30年3月31日付けで被告から雇止めにされました。これを受けて、雇止めの無効を主張し、地位確認等を求める訴えを提起したのが本件です。

 裁判所は、次のとおり述べて、雇止めは有効であると判示し、原告の請求を棄却しました。

(裁判所の判断)

「市民ミュージアムにおいては、土日祝日に館長、副館長及び学芸部門長の責任者が不在とならないよう調整した上で各従業員の出勤日を記載したシフト表が作成され、前月下旬までには確定し、事務室内に貼り出されて周知されていたこと、確定後に出勤日に変更が生じた場合には、振替出勤表を決裁者に事前に提出して許可を得てからシフト変更を行い、壁に貼ってあるシフト表を差し替えるという運用がなされていたこと、それにもかかわらず、原告は、シフト表どおりに出勤せず、シフト表によれば出勤日であるにもかかわらず勤務開始時刻になっても出勤しないことや、シフト表で出勤日とされている当日朝の勤務開始時刻直前になって電話やメールで午後から出勤する旨の連絡をして午前中は出勤しないこと、そのため出席を予定していた会議に遅刻したり出席しなかったりということがしばしばあったこと、このような原告の勤務態度について不満を抱いている従業員が複数おり、そのため、b次長は、平成29年6月頃から原告が午前中出社してこないという遅刻を繰り返しているとの苦情が市民ミュージアムの従業員から出ているという報告を受けるようになったこと、a統括館長も、シフト表を作成していたmから、『原告が毎回シフトを確定した後に出勤日や休みを頻繁に変更するので、シフトの意味がなくなっている。』、『原告と個別に直に話して、メール送信も確認版と確定版と2回行っているが・・・「直前に変えるから」と言われたこともある。』などとして原告への対応を依頼するメールが届いたこと、これにより、b次長及びa統括館長がc館長に対し、原告に厳重注意することを求め、c館長において、原告に対し、勤怠状況を改善するよう度々注意していたことが認められる。」

「そして、前記認定事実・・・のとおり、本件雇用契約において、雇用期間の更新可否の判断基準として、『〔2〕勤務成績、態度』が明記されているのであるから、これについて問題がある場合には雇用契約が更新されない可能性があることは原告において十分認識可能だったといえるところ、上記のとおり、c館長から勤怠状況を改善するよう度々注意を受けていたことを踏まえると、原告が、本件雇用契約は当然に更新されるといった強い期待を抱く状況にはなかったというべきである。

(中略)

「さらに、前記認定事実・・・のとおり、原告が副代表理事を務める本件NPO法人と映像作家故fの遺族との間において、故fの資料及び著作権の管理をめぐってトラブルが発生していたにもかかわらず、原告が市民ミュージアム副館長という肩書で、別の美術館において故fに関する本件講演を行おうとしていたことに関し、故fの遺族が川崎市に説明を求め、これを受けた川崎市が市民ミュージアムに状況説明を求める事態となり、これを知ったa統括館長が、平成30年1月に原告と面談を行い、その際、原告に対し、〔1〕館長に事前に報告もなく他で講演をすることは問題である旨、〔2〕市民ミュージアム及び川崎市も巻き込んで市民ミュージアムに対する信頼を失墜させる大変な問題になっている旨を伝えた。」 

「a統括館長による上記〔1〕の指摘は、前記認定事実・・・のとおり、被告の就業規則に服務心得として、『会社の命令または許可を受けないで、在籍のまま他の事業の経営に参加したり、またはその労務、公職一般、もしくは営業を営むこと』を禁止する旨が定められていることを前提としたものであるところ、原告は、平成29年4月か同年5月にb次長からも兼業をするなら届出を出すように指示を受けていたこと、a統括館長の認識によれば、原告以外にも大学の臨時講師や他の場所で講演をしている学芸員はいたが事前に届出をしていたということにも照らせば、学芸部門長以下従業員を管理する副館長という立場にある原告が上記のような届出を怠っていたことは(仮に上記定めに該当するか疑義があったのであれば、原告において事前に被告に問い合わせて届出の要否を確認すべきであった。)、副館長としての資質や態度に問題があると判断されても致し方ないといわざるを得ない。」

「そして、前記認定事実・・・のとおり、本件雇用契約において、雇用期間の更新可否の判断基準として、『勤務成績、態度』、『能力』が明記されているのであるから、これについて問題がある場合には雇用契約が更新されない可能性があることは原告において十分認識可能だったといえるところ、上記のとおり、原告は、c館長から上記〔1〕の問題を指摘され、また、上記〔2〕のように市民ミュージアムに対する信頼を失墜させる大変な問題であるといった強い非難を受けたのであるから、原告が本件雇用契約は当然に更新されるといった期待を抱く状況にはなかったというべきである。

「以上のとおり、上記・・・に認定判示した各事情を総合すると、原告において本件雇用契約が更新されることを期待していたとしても、その期待には合理的な理由があるものとは認められず、労働契約法19条2号の要件に該当しない。」

5.契約更新基準との整合性

 本件の裁判所は『勤務成績、態度』『能力』といった事情が契約更新の可否の判断基準が明示されていたことをもって、問題行動を合理的期待を失わせる事情として位置付けました。このような説明は、問題行動を一段階目の考慮要素として位置付けるにあたっての一つの理論的根拠になり得るものだと思われます。

 労働者側にとって有利な裁判例ではありませんが、裁判所が合理的期待の有無を判断するにあたっての着想のポイントとして、本件の判示には留意しておく必要があります。