弁護士 師子角允彬のブログ

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雇止め-使用者が更新年数上限を一方的に宣言しても、一度抱いた合理的期待は否定されないとされた例Ⅱ

1.雇止めと不更新条項

 労働契約法19条2号は、

「当該労働者において当該有期労働契約の契約期間の満了時に当該有期労働契約が更新されるものと期待することについて合理的な理由があるものであると認められる」

場合(いわゆる「合理的期待」が認められる場合)、

有期労働契約の更新拒絶を行うためには、客観的合理的理由、社会通念上の相当性が必要になると規定しています。

 この規定があるため、契約更新に向けて合理的期待を有している労働者は、さしたる理由もなく契約更新を拒絶されることから保護されています。

 しかし、有期労働契約を締結・更新する際、これ以上は更新しないという趣旨の条項(不更新条項)が予め組み込まれていることがあります。

 この不更新条項付きの契約にサインしてしまった場合、そのことは合理的期待の消長にどのような影響を与えるのでしょうか?

 佐々木宗啓ほか編著『類型別 労働関係訴訟の実務Ⅱ』〔青林書院、改訂版、令3〕447頁は、契約更新時に不更新条項が受諾された場合について、

「契約更新時において労働者が置かれた・・・状況を考慮すれば、不更新条項を含む契約書に署名押印する行為があることをもって、直ちに受諾の効果を認めるべきではなく、前記行為が労働者の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するかを検討する必要があり・・・、これが肯定されて初めて、不更新条項の合意による更新の合理的期待の放棄がされたと認めるべきことになる」

と書かれています。

 近時公刊された判例集に、このような理解に従ったうえ、不更新条項のもとで契約が更新されてきた有期労働契約者について、契約更新に向けた合理的期待は失われていないと判示した裁判例が掲載されていました。徳島地判令3.10.25労働経済判例速報2472-3 A学園事件です。

2.A学園事件

 本件で被告になったのは、乙法(平成14年法律第156号 放送大学学園法 法令名筆者)に基づき、Q1大学を設置して、放送による授業を行うこと等を目的としている学校法人です。

 原告(昭和38年生)になったのは、平成18年3月から被告の徳島県内に置かれている学習センター等の施設(Q2)で働いていた方です。職務内容を図書室・視聴学習室受付等事務とする期間1年の有期労働契約を更新してきました。しかし、平成25年4月1日から通算契約期間が5年間を超える有期労働契約者に無期転換権を付与するルール(労働契約法18条)が施行されることを受け、被告の常勤理事会は、再雇用の取扱いについて定めた基準(本件基準)に、

「施行日(平成25年4月1日)の前日に雇用されている者のうち、施行日において再雇用されるものの契約期間は、施行日から通算して5年を超えることができない」

とする更新限度規定を盛り込みました。

 こうしたルール設定のもと、平成25年度から平成28年度にかけての原告への雇入通知書には、

「雇用の更新の回数については、乙機関業務職員及び時間雇用職員の再雇用の取扱い(本件基準 括弧内筆者)について定めるところによる」

との文言が、平成29年度の雇入れ通知書には、

「雇用の更新の有無 無」

との文言が、それぞれ記載されていました。

 その後、平成30年3月31日をもって雇止めを受けたため、原告は、その効力を争い、地位確認等を求める訴えを提起しました。

 このような事実関係のもと、裁判所は、平成25年3月時点で契約更新に向けた合理的期待が発生していたことを指摘したうえ、次のとおり述べて、不更新条項の挿入後も合理的期待は失われないと判示しました。この事件では、結論としても、雇止めの効力を否定しています。

(裁判所の判断)

「平成25年4月以降同30年3月まで、原告が上記期待をすることにつき合理的な理由があったといえるのかについて検討すると、被告理事会は、同25年3月、本件上限規定を定める本件決定を行い・・・、同年度以降の雇入通知書には、更新回収については本件基準の定めるところによる旨の記載が追加され・・・、本件上限規定が適用される旨明示されるとともに、同29年度の雇入通知書には不更新条項が付されるに至っている・・・など、原告において、同30年4月以降も雇用契約が更新されるものと期待することについて合理的な理由を失わせるような事情も認められる。」

「しかし、有期労働契約におけるる労働者、特に、本件上限規定が定められた時点で、相当回数にわたって契約が更新されてきた原告にとって、今後の更新可能回数を制限することが労働条件の不利益更新にあたることは明らかであるところ、一般に、労働者が使用者に使用されてその指揮命令に服すべき立場に置かれており、自らの意思決定の基礎となる情報を収集する能力にも限界があることに照らせば、更新可能回数を制限する本件上限規定や不更新条項といった不利益な変更は、たとえ、これらが雇入通知書に記載され、これに対して労働者が具体的に異議を述べていなかったとしても、その事実のみで、当該労働者が承諾したとみなされるべきではなく、当該労働者の自由な意思に基づいて承諾したものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するか否かという観点からも判断されるべきものであり・・・そのような事情を踏まえて、雇用契約が更新されることについての合理的な理由が消滅したかを検討すべきである。

「そして、本件においては、被告は、原告に対して本件上限規定が定められたことを告げるにとどまり、相当回数にわたって契約更新がされてきた労働者の取扱いに特に言及することもなく、原告から本件上限規定に係る承諾書の提出を拒絶されたにもかかわらず、本件決定のわずか数週間後に本件基準を一方的に雇入通知書に追加して記載したにすぎず・・・、しかも雇入通知書には、『雇用の更新は、労働者の勤務成績・態度・能力及び業務上の必要性により判断する』などあたかも更新される余地があると読むことができる記載もされている・・・。また、被告は、平成29年4月の本件労働契約締結の際にも、原告に対して、単に、不更新受講が付された雇入通知書を交付して、更新がない旨を伝えるにとどまっており、本件雇止めをする必要があることについて合理的な説明もしていない・・・。これらの事情を考慮すると、本件決定や雇入通知書の記載によってもなお、原告が自由な意思に基づいて、これらを承諾した上で同25年以降の契約更新に及んだと認めるに足りる客観的に合理的な理由があるとはいえず、この点からも雇用契約が更新されることについての合理的な期待が消滅するものとはいえない。」

「さらに、P6教授を中心とする被告職員の一部が、被告に対し、平成25年5月頃から、本件上限規定を定める本件決定につき、抗議を行うとともに、同29年3月からは、本件上限規定を理由とする雇止めにつき、抗議を始めたこと・・・、被告もこれに応じて有期雇用職員の雇用期間に関する説明会や意見交換会を開催したこと・・・、被告の教授会においても本件上限規定を理由とした雇止めの是非が議論されていたこと・・・、原告が、このような本件上限規定を理由とした雇止めに対する一連の反対運動について、P6教授から情報提供を受けていたこと・・・、同年12月の時点で、本件上限規定に例外が定められ、時間雇用職員の一部について通算上限期間5年を超えて雇用されることが可能となったこと・・・、原告は、本件雇止め前の同30年1月頃に、労働組合を通じて、被告に対して団体交渉を行ったこと・・・等の事情もあり、これらの事情も本件雇止めに至るまでの間、契約更新がされると期待することについて合理的な理由があると評価すべき根拠になるといえる。」

「以上によれば、契約更新がされると原告が期待することについての合理的理由は、本件労働契約満了の時点でもなお、継続していたと認めることができる。」

3.自由な意思の法理を適用した合理的期待肯定例

 不更新条項付きの更新契約書の取り交わしについて、自由な意思の法理が適用されることを判示した裁判例は近時も言い渡されています(東京地判令2.10.1労働判例ジャーナル107-34 日本通運事件)

雇止め-不更新条項付きの契約書を示された時の対応(第三の方法) - 弁護士 師子角允彬のブログ

 日本通運事件では雇止めの効力が肯定されましたが、本件・A学園事件では雇止めの効力も否定されています。自由な意思の法理を適用したうえ、合理的期待を肯定し、雇止めの効力を否定した裁判例として、実務上参考になります。