弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

アカデミックハラスメント-指導教授からセクハラを受けた大学院生に対する事後措置

1.ハラスメントに対する事後措置

 職場におけるセクシュアルハラスメント(セクハラ)の場合、事業主には「事後の迅速かつ適切な対応」を行うことが義務付けられています(事業主が職場における性的な言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針(平成18年厚生労働省告示第615号)。

 ここでいう事後措置には、被害者と行為者の間の関係改善に向けての援助、被害者と行為者を引き離すための配置転換、行為者の謝罪、被害者の労働条件上の不利益の回復、管理監督者又は事業場内産業保健スタッフ等による被害者のメンタルヘルス不調への相談対応等、被害者に対する配慮のための措置を適正に行うことが含まれています。

 それでは、大学内で指導教授から学生・大学院生に対してセクハラが行われた場合、被害者は大学当局に対してどのような配慮を求めることができるのでしょうか? 職場におけるセクハラのように明確な法令上の根拠がない中、この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。一昨日、昨日とご紹介させて頂いている、宮崎地判令3.10.13労働判例ジャーナル120-40 学校法人順正学園事件です。

2.学校法人順正学園事件

 本件で被告になったのは、宮城県内に大学(本件大学)を設置・運営している学校法人(被告学園)と、本件大学の薬学部教授(被告q2 昭和36年生まれ・男性)です。

 原告になったのは、昭和55年生まれの女性で、平成28年4月に本件大学の大学院に入学し、平成29年4月に本件大学の助手として採用された方です。平成28年9月から平成29年3月にかけて指導教授であった被告q2から身体に触れる・隣に座らせる・抱き着いてキスをするなどのセクハラ行為を受けたこと等を理由として、被告q2と被告学園に損害賠償を請求する訴えを提起したのが本件です。

 原告は被告学園の責任原因として、セクハラの使用者原因だけではなく、事後に適切な措置を講じなかったことも主張しました。

 この事後的対応の適否に関し、裁判所は、次のとおり述べて、被告学園の事後的対応に問題はないと判示し、原告の請求棄却しました(ただし、使用者責任に関しては責任を肯定)。

(裁判所の判断)

-事実関係の調査について-

「原告は、平成29年4月から同年6月まで、q10准教授やq4教授に対し、被告q2のハラスメントを相談していたのに、被告学園は、速やかに、十分な事実関係の調査を実施しなかったと主張する。」

「そこで検討するに、前記認定事実のとおり、この間、q10准教授及びq6事務局長は、原告に対し、本件規程について説明し、事実関係の調査のためにハラスメント申立てをするよう促していた。しかし、原告は、一貫して、これを求めない姿勢に終始し、同年6月27日の面談後ですら、申立てに躊躇する状況であった。そして、原告は、同年8月8日の面談後、ようやく、事実関係の調査や被告q2の処分を求めることを決意し、q10准教授にその旨を伝えている。このように、原告は、同日まで、被告q2のハラスメントに関する事実関係の調査を望んでいなかったのであるから、それ以前の段階において、被告学園が、加害者や第三者の事情聴取を含む事実関係の調査を実施することは極めて困難な状況であったし、むしろ、原告の意向を無視して調査を実施すれば、被害者への配慮に悖る事態を招きかねない状況であったのである。そうすると、被告学園が、原告のハラスメント申立てまで事実関係の調査を実施しなかったことをもって、被告学園に環境整備義務違反があったということはできない。」

-被害者への配慮について-

「原告は、被告学園が、原告のために、被害者配慮のための措置を積極的に講じなかったと主張する。」

「しかし、前記認定事実のとおり、q4教授は、大学院の研究科長として、原告が大学院生を続けられるようにするため、被告q2について、指導教授から外し、他学科に異動させるなど、ハラスメントの加害者と被害者の分離を図る措置を講じている。さらに、原告の申出を受け、被告q2に対し、その言動を二度にわたって注意し、研究資料等を返却しており、これらの対応は、原告の意向や心情に配慮したものであった。
 ところで、原告は、新たな配属先(指導教授)の選定に当たって、被告学園が積極的に行動しなかったことを問題視する。しかし、大学院生の配属先(指導教授)は研究テーマと密接に関連することからすれば、原告が今後の研究テーマを明らかにせず、次の指導教授について相談を持ちかけることがなかった状況の下で、被告学園が格別の措置を講じなかったとしても、このことが不法行為や債務不履行になるということはできない。

「原告は、q4教授が、平成29年6月7日の電話のやり取りにおいて、被害者への配慮に欠いた言動をしたと主張する。」

「しかし、q4教授は、原告に対し、自らの心情や意向を表明するよう助言したが、その際、被告q2との面談の時期や方法まで具体的に指示していたとは認められない。むしろ、直後にq10准教授に送信したメールからは、原告が、q4教授の支援を得て奮起し、被告q2と対峙することを決意している様子が窺えるのである。原告が、被告q2との面談の前後を通じて、このことに不満を述べていた形跡もない(別表第2参照)。」

「ところで、q4教授は、同日の電話のやり取りの中で、原告の心情や状況への配慮に欠いた発言をし、原告に嫌悪感を抱かせたことが窺える。しかし、q4教授は、前日まで入院し翌日に再入院するような状態の下、わずか10分程の電話でのやり取りの中で、原告のハラスメント被害の詳細を理解せずに、上記の発言に及んだものである。このような当時の状況に照らせば、この一事をもって、被告学園の責任の根拠となる環境整備義務違反があったということはできない。」

「原告は、q6事務局長が、同月27日の面談において、被害者への配慮に欠いた言動をしたと主張する。」

「しかし、q6事務局長が、本件規程に基づき、原告のハラスメント申立てがあれば、調査委員会が事実関係を調査し、被告q2の処分を決定することができる旨を説明したことは前記認定のとおりである。その際、原告が、q6事務局長の説明に心を痛めたとしても、このことから、被告学園の不法行為又は債務不履行があったということはできない。

-調査結果の報告について-

「原告は、被告学園が、ハラスメント申立て後、速やかに調査の結果等を報告せず、環境整備義務に違反したと主張する。」

「しかし、被告学園は、前記認定事実のとおり、ハラスメント申立て後、速やかに調査委員会を開催し、その報告を受け、懲罰委員会を開催し、被告q2の処分を決定しており、この間、原告の問合せに対し、その都度、調査委員会の経過や進捗状況、被告q2に対する懲戒処分の内容や経過について報告した。その報告の時期や内容をみても、被告学園の環境整備義務違反を根拠付ける事情は見出せない。」

-小括-

 原告は、被告学園の事後的な対応について縷々主張するが、いずれも被告学園の環境整備義務違反を根拠付ける事情と認めることはできない。

3.調査、従前の指導教授の解任と新たな指導教授の選任、結果報告

 被告学園による事後措置との関係では、原告の請求は認められませんでした。

 しかし、認められない原因を考察して、なぜ認められなかったのかを考えてみると、裁判所が大学当局にどのような義務があると考えているのかが浮かび上がっています。

 対応に関しては職場のセクハラと大差なく、① 被害者の意思を前提としたうえでの速やかな調査、②指導教授の変更などの不利益の回復措置、③ 調査結果の報告などが違法性の有無を判断するにあたってのポイントになっていることが分かります。

 アカデミックハラスメントの事後対応の適否は、これを直接規制する立法がない中、大学当局が何をどこまでやれば違法ではなくなるのか/被害者が何をどこまで求めることができるのかが不明確な領域であり、今後の裁判例の集積が期待されます。